一番技術習得上やりたかった部分が出来ず
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
秋山は総理から言われた残念な報告を皆にした。
日程的な問題から、さ来年に回さざるを得ないコアモジュールの打ち上げと、その半年後になるドッキングポート兼エアロックの打ち上げを、今年末か来年早々にも行う為、開発と打ち上げをアメリカが行うという「事後報告」だった。
「秋山さんは知ってたんですか?」
「自分も昨日初めて知らされた」
「総理は知っていた?」
「総理も知らなかったようだ」
「じゃあ、アメリカが勝手に決めた」
「最終的にはそうなんだが、総理があっさり丸呑みしたから揉める事も無かった」
「なんとか言って下さいよ!
ドッキングポート関係、生活を支えるメインの生命維持装置、安全なエアロック、全部日本が独自にやって技術を習得したい部分じゃないですか!」
「……なあ、この部門、一番最初は何から始まった?」
「えーと、アメリカから宇宙船買って、それを打ち上げるように、っていうアメリカからの要求を総理が受けた事でしたね」
正確には総理が提案し、赤字削減の為にアメリカがGOを出したものだが。
「分かってるなら良い。
総理に言って、どうにか出来ると思うかい?」
「……いえ、無理ですね。
無理な事言って申し訳ありません」
「さて、皆の大大大好きな書類書きのお時間だ」
技官系のウンザリした感情がもろに伝わって来る。
技術資料を書くのは好きだが、官公庁関係はそれだけでは済まないのだ。
アメリカに発注って事は、見積もりを作らなければならない。
もしも日本で作成し、打ち上げた方が安ければ
「時間的余裕が全く無いわけじゃなし、ISSは通常稼働しているのだから、再来年以降の打ち上げまで待って貰おう。
これは日本のプロジェクトで、アメリカに勝手な事言われる必要は無い!」
と「与党」の方から反論が来る。
そこで、日本で開発した場合「高くなる」必要がある。
そこ! いくら事実とは違うからって「やってらんねー」って態度を出すな!
要は「日本では高くなるし、時間もかかるから、生命に関わる根幹のモジュールはアメリカに発注する」という大義名分が必要なのだ。
だが、開発に当たる重工、電機系企業に実際にインタビューすれば、その数値が出鱈目な事は分かってしまう。
……マスコミも野党もそんな裏は取らない可能性の方が高いが、念には念を入れる必要がある。
そこで、アメリカやロシアが特許を持っている部分、税関を通す必要がある部分、新規開発が必要な部分を過大に見積もる事になる。
米露に関しては、相手も巻き込んで。
「という予算案を、今週中に出せ、と」
「今週? 今日は何曜日だと思ってるんですか?」
「木曜日だが、それが何か?」
「土日はOKなのですか?」
「官庁は閉まってるよ」
「じゃあ、明日までじゃないですか!!」
「その通り」
「無茶です! そんなの情報収集だけでタイムアップです」
「おいおい、俺は総理じゃないし、全部任せたりはしないよ。
もうここに叩き台はあるよ」
秋山は「却下」と朱印の押された書類の束を見せる。
「大体の数値はでっち上げた。
アメリカのよりちょい高めに出た」
「ではそれが却下されたのは?」
「もっと高く設定しろ、これだとまだ日本でやれと言われかねない」
「うへーー……」
だが、正直秋山がまとめた資料まで揃っているなら、技官全員が関わる仕事ではない。
書類班で作業すれば良い。
……徹夜で……。
残る宇宙ステーション部門設計チームの仕事は、
「1号機の改修が必要になった。
実験専用機がペンディングになった以上、やれる実験は今ある1号機で行う。
最大のネックは狭い事で、これを根本解決する事は出来ない。
だから、急遽増設モジュールを打ち上げ、居住区を拡げる。
その予算については出してくれるそうだが……」
「その書類も我々書類チームに書けっていうんですね、分かります」
「物分かりが良くて助かる」
「でっち上げ予算をまとめるより、そっちの方が有意義ですんでね!」
「……すまん、本当にすまん……」
「あー、それで設計チームとしては何するんですか?」
「『こうのとり改』1号機は現在直接『ジェミニ改』とドッキングするが、
改修案として間に一個拡張モジュールを挟む事になる。
これは既にアメリカの審査通っている『こうのとり改』をベースに、
前後にドッキングモジュールを持ち、実験設備用の独立した太陽電池パネルと、実験用のパネルを搭載する。
居住用のトイレや風呂は不要だ。
暴露モジュールも不要。
居住区を倍に出来たら、それで出来る実験も増えるだろう」
「ですが、今まで出ていた自由な実験までは無理ですよね」
「うん、あそこまで破天荒なのは無理だ。
風呂とか卵かけご飯とか、やりたかったけどなあ……」
「いつかやりましょうよ」
「ああ、皆の協力が必要だ。
上の気まぐれでこんな感じに苦労かけるが、くじけずによろしく頼む」
小野は秋山を見ていて思う。
(チーム纏めるのって面倒臭いよなあ。
だけど、アメリカのチームはもっとざっくばらんだった。
ああ、上の問題か。
上が一回OK出して、動き始めてから変わるのが良くないのか。
この辺日本の問題だよなあ……)
だが、小野は若く、まだ世界を知らない。
当のアメリカでもこんな感じだった……。
「スケジュールは何時に組み込む?
こっちもこっちで衛星打ち上げの日程は埋まってるって言うのに……」
「大統領の案件だ、文句を言うな!」
「うるせー、俺はあの大統領の党の支持者じゃねーよ!」
「分かった分かった、で、ロケットはどれにする?」
「サイズ的にはアトラスV551になるが……」
「いや、大統領が折角調達費取って来るのだから、最大のを使えと言ってる」
「デルタIV Heavyかよ!
今からアレ作れと指示出さんと」
「あー、もー、思い付きで仕事入れるなよな!!」