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この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
秋山が総理に呼び出されるよりちょっと前の話。
クレムリンにて:
「これが日本の計画か」
大統領は報告を読んで、そしてこう言った。
「金さえ日本が出してくれたら、我が国でやった方が手っ取り早いな」
同じくホワイトハウスにて:
「日本から計画書は上がって来てるのかね?」
それを読んでいた大統領も、こう言った。
「ここまで仕様が固まっているなら、米国の企業に発注してくれないかなあ」
さらに続けて
「日本は打ち上げ予定が詰まっているから、数年後の打ち上げと書いてる。
ISSもいい加減老朽化して来たし、万が一のシェルターは明日にでも欲しいのだが」
と呟く。
ISS、国際宇宙ステーションは1998年11月20日から一部が先行して稼働し、本来は2016年に運用終了の予定だった。
それが、次期計画の未確定から運用継続となったが、それでもあと数年を一区切りとしている。
「確か、ロシアも一枚噛んでいるのだったな」
補佐官に確認すると、返事も待たずに電話をかけ始めた。
米露二大宇宙大国の大統領同士の会話、本来ホットラインを使うような案件でもないが、表向きは対立している事になっている為、直通電話で話す。
「なあ、日本と共同開発って事にして、うちが使う宇宙ステーションと君のとこで使う宇宙ステーションを、アメリカとロシアでさっさと打ち上げないか?
日本には金を出して貰って」
「それは良い考えだが、日本と共同開発ってどういう事だ?
宇宙ステーションならロシアだけでも作れるのだが」
「ドッキングポートはアメリカの規格かロシアの規格だ。
そこに接続する機体のうち、ロシア型はそのままで良いが、日本のは基本的にアームが必要だ。
その位置制御システムは、うちもライセンスで買ったものだが、君のとこだって必要だぞ。
そしてカナダのロボットアームをつけて、把持ドッキングをさせる。
これで日米露加4ヶ国の共同計画になる」
「なるほどな。
だが、日本は納得するかな?」
「問題無い。
元々日本も必要があってやってる事業じゃない。
基本は経済問題だったからね」
「……道理でビジネス以外興味の無い君が動いているわけだ。
よろしい、そういう事であれば遠慮なく日本から金を貰って、我々で打ち上げよう」
日本・総理官邸:
アメリカ大統領から電話がかかって来た。
この2人は仲が良いので、話はざっくばらんである。
「おい、思ったより赤字減ってないぞ」
「宇宙船の事か?」
「そうだ。
いや、君のとこは上手くやってるんだが、それでも思ったよりはなあ……」
「愚痴を零す気は無いんだろ?
私は何をすればいい?」
「もうちょっと単価の高い、人が多く乗れて豪華な宇宙船の発注と、
宇宙ステーションの開発を依頼し、うちで打ち上げさせてくれ」
「大丈夫なのかい?
宇宙事業に金をかけ過ぎると議会で叩かれないか?」
「だから日本からの発注って事にして欲しい。
国家予算を使うのでなければ、連中は特に何も言わない。
それより君の方は大丈夫なのか?」
「ああ、私のスキャンダルの事か?」
「え? 何かスキャンダル有ったの?」
「え?」
「え?」
・・・・・・・・・・・・・・・
「いや、なんか花見の客の件とかで野党がね……」
「それのどこがスキャンダルだ?」
「え?」
「まあ、いい、この金の件はクリア出来るんだろうな?」
「だからそのスキャンダルに野党はかかりっきりで、宇宙の方は見てないよ」
「ふーーーん…………。
まあ、君の国の野党について語るのはやめておこう。
この件、ロシアも同意見だそうだ。
金払って、発注して、ロシアから打ち上げたいと」
「軌道の関係でロシアから打ち上げるのは聞いていたが、
それ以上となると説明が面倒だな」
「おいおい、さっき野党はスキャンダルに夢中だから問題無いって言っただろ?」
「そうだよ、問題は与党だよ」
「あーーー……」
「そうなんですよねえー」
「報告書によると、日本は漁業との調整の関係で、打ち上げ可能な日に制限があるんだろ?」
「そうです」
「その中で、本当に必要な衛星や探査機の打ち上げスケジュールが組まれているから、
こういう趣味の機体は中々割り込めないとも聞いた」
「全くもってその通り」
「だから、ISS老朽化もあって、早く打ち上げる必要があったって説明にしてくれないか?」
「分かった、そうする。
それで一個質問だ」
「何だ?」
「あっさりその答えが出たという事は、本来議会で反対が出た時用に私に知恵を授けて、恩を売るつもりじゃなかったかい?」
「流石だ。
その通り。
だが、議会ではこんな”高等な”回答は不要だと言うのには驚いたよ」
「有難く与党の内部調整用に使わせてもらうさ」
この後、総理はロシア大統領に電話する。
「もしもし、金の件はOKだよ」
「……挨拶くらいしてくれないか。
いくら私が実務一辺倒とは言え、マナーってのがある」
「そいつは悪かった。
でも、今は省略していいな?」
「良かろう。
で、金の件は宇宙ステーションの件だろう。
まさかクリル諸島買い戻す金じゃないだろうし」
「金払ったら売ってくれるのかい?」
「返事を聞きたいのか?」
「いや、分かってるから聞く必要は無いな。
いくら必要だ?」
「それは日本に派遣している露国の職員を通じて詳細を出す。
アキヤマとミハエル・ノヴィコフを折衝担当にしよう」
「それで良いよ」
「うん、ではまた」
一通り電話を終えた総理は、国内に使うと円高で企業を潰しかねない、政府が自由に使える枠の外貨準備高を眺めながら呟いた。
「また増えている。
為替介入にも使えないから、貯まる一方だなあ。
貯めておけって言われるけど、使った方が世界経済を動かし、ひいては我が国の利益になるからなあ。
ま、今は私が使える金だから、どれくらい使うか考えておくか」
かくして、秋山が料亭に呼ばれた時は、大体の事は決まってしまっていたのであった。
おまけ:
カナダ「うちだけ蚊帳の外はやめてくれ!!!!」