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軌道上の大統領執務室

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

アメリカ大統領専用軌道上モジュール「スペースフォース1」は、単なる見世物として作られ、使用する予定は無かった。

「来るべき宇宙時代に備え、合衆国大統領という要人が宇宙で執務を出来るもの」として、ISSに接続可能な仕様で製作された。

NASAによる政治家のご機嫌伺いと予算確保の為の玩具、他国に対しアメリカの先進性を見せつける為の広告、日本のお台場を始めとする各所にある等身大「白い悪魔」と同じように「実際には使わないけど、作ってみたから見ていって」とする「夢を形にしました」的なものとして、いずれは博物館の展示室送りとなる筈だった。


それが……。


「実際に使えって言うなら使えるけど、本気で使う気は無いよ」というこのモジュールが、本当に宇宙に行く羽目に陥ったのは、世界情勢の色々な綾からであった。

現大統領の指導力不足から、前大統領にして次期大統領候補は強いアメリカというパフォーマンスを欲した。

現大統領他政権関係者は

「あの気が短い老人が訓練に耐えられる筈がない。

 失敗すれば良い笑いものだ。

 墜落でもしてくれれば、弔辞は読んでやろう。

 成功したって、その成果は現政権のものにする事は容易だ」

と、半分失敗を期待してそれを認める。

アメリカ経済界は、ここのところ色々あり過ぎているから、何らかのカンフル剤を欲していた。

観光の契機づけにでもなれば良い。

そして、自分が宇宙に行きたい日本の前総理大臣が、強いアメリカをアピールする方法として宇宙行きを水面下で打診して来た。

そして全てをアメリカのアイデアとして公表し、ついでに日本にも

「宇宙で首脳会談をしよう」

と言ってくれれば、なおカッコ良いとおだてた。

前大統領は一筋縄ではいかぬ人物だ。

自身のポケットマネーを使い

「NASAが消極的なら、それで良い。

 私は〇〇社に打ち上げて貰うまでだ」

と話す。

民間宇宙企業に前大統領の打ち上げを任せてしまうのは、政府機関であるアメリカ航空宇宙局の名折れである。

また、民間宇宙企業がそれだけの事が出来るとアピールされたら、NASAは何をしている? NASAは莫大な予算を得ていながら自分たちで要人の打ち上げも出来なかった、民間宇宙企業が安く宇宙に行けるのならばNASAの予算は減らしても良いのでは、と言われかねない。

そこでNASAとしては、政府機関の責任を持って、前大統領をしっかりと宇宙に届け、地球に帰還させる事となったのだ。


「スペースフォース1」はサイズの割に容積は小さい。

通常のモジュールよりも、対宇宙ゴミ対策でシールドが分厚い。

次いで、万が一の時に救命ボートになれるよう、単独でも72時間生命維持が可能である。

更に、通常は宇宙ステーション側にのみ在るドッキングポートが、反対側にも設置された2ポート構成である。

何か有った際に、反対側に自国の宇宙船をドッキングさせる仕様だ。

単なる接続モジュールならば基幹モジュールに依存する機能まで、有事に備えて取り付けている為、見かけよりも内部はずっと狭い。

しかし実験用ラックは搭載しておらず、VIP用の寝室、執務室、操縦室も兼ねた随員控室という3室構成でそれなりに主賓には狭くないようになっていた。

外径は通常モジュールよりも大きく、一方で内部の居住区は、ISSの中で最大の「きぼう」に実験用ラックを積んでいないくらいのものである。

軌道を回る執務室の機能を満たすものは、それこそ「きぼう」と同じように外部増設部に置かれていた。

「きぼう」は増設室に様々な物資を置いているが、「スペースフォース1」の増設室にはコンピューターや通信機器がびっしりと置かれている。

電源もここに置かれているが、それはコンピューター用で、本体の電源とは別である。

電気を食うコンピューター用に、非常時には生命維持を行う本体の電気を使用しないようにしているのだが、一方で本体の電源が故障した際は、こちらの電気を本体に回して急を凌ぐようになっていた。


「こんな重たいモジュール、『こうのす』には常時接続なんか出来ません」

日本側からそう言われている。

「ISSとしても、こんなデッドウェイトを繋げる気はない」

という訳で、NASAとしては打ち上げも通常より大きい為厄介ながら、打ち上げた後も軌道上で独立飛行させながら維持するという、中々面倒な運用を強いられる羽目になっていた。

「作ってはみたよ、実際使用出来るよ、でも本当に打ち上げるなんて考えてなかったよ」という代物だった事が、この事からも明白だ。

大統領専用機「エアフォース1」と違って、着陸させて基地でメンテナンスなんて出来ない。

一回打ち上げた後は、どこかに接続されているにせよ、単独飛行しているにせよ、定期的に宇宙飛行を送ってメンテナンスし続けなければならなくなった。


「諸君、それよりも先にやらねばならない事がある。

 それは打ち上げだ。

 モジュール自体はデルタIVヘビーで出来る。

 問題は人の方だ。

 早くオリオンを実用化しないと、民間の宇宙船をチャーターせざるを得なくなるぞ!」

いまだに人間を乗せての飛行を経験していない、新世代型有人宇宙船オリオン。

まさか人体実験代わりの、初搭乗飛行士に前大統領を使うわけにはいかない。

(政権内部では密かにそれを望んでいるかもしれないが)

少なくとも3回は、正規の飛行士を使った飛行テストを行わねばなるまい。

「中間選挙までは忙しいから、前大統領は訓練とか無理のようだ。

 しかし、それを過ぎて次の大統領選挙の運動前には、宇宙に行かねばならない。

 11月まで猶予期間はあるが、そこから先はタイトなものと思うように」


NASAも中々のブラック勤務モードに突入する事になる。

しかし彼等はそれでも、結構嬉しそうだった。

確かにやらなくても良い飛行計画である。

降って湧いた面倒事だ。

しかし、久々に注目を浴びる飛行であり、これをきっかけに停滞していたオリオンやら次期ロケットの開発に着手出来る。

ジャパニーズ・ビジネスマンもびっくり、24時間以上戦ってます、という勢いでNASAの該当各部門は活気づいていた。

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