案の定アメリカでペンディング案件になった
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「大統領、日本からの報告です」
「かいつまんで説明し給え。
手短かにな」
ビジネスマン出身の大統領は、長ったらしい説明を嫌う。
NASA長官からの報告にも、短くまとめる事を求めた。
「では手短かに。
日本で我が国も使用権を持つ中型宇宙ステーションの仕様を決めています。
ほとんどの部分で問題が有りませんが、1つのモジュールについて大問題です」
「どう問題なのか?」
「口ではちょっと……」
「では報告書を読もう」
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4機目のモジュール、それは用途によって「ホテル」「浴場」「食堂」「撮影スタジオ」「養鶏場」「ビオトープ」「醸造所」「手術室」等様々な用途のものを接続して使う。
個々の宇宙船の仕様については問題無い。
だが、そこに持ち込む物のチェックが細かくなって来た。
「ホテル」の場合、調度品に加工した木製の物や、陶磁器が有った。
木製の物は菌がつく可能性がある。
陶磁器は割れて細かい破片となる。
しかしそこは日本製、そういうのを克服したものを出す。
「浴場」の場合、大量の水である。
水は湯として使う。
隔離モジュールだから、本体に影響無いとは言え、蒸気となっている水が本当に本体に行かないか疑問である。
水を本体に送らない、脱衣場兼脱水場があるというが、そんなのはNASAでは実験した事は無い。
現物を送ってもらい、計測しながらの可否判断になるが、そんな事の為に割く人的資源等無い。
これらのように、日本人は不要不急詳細に拘る。
その4機目のモジュールは、我が国でもよくやる「啓蒙の為の実験」「宇宙開発に興味を引くパフォーマンス」に特化したものなのだが、それに余りにも拘り過ぎている。
職員が口を挟めないくらいに細かく書いている。
そしてその使用に耐えうる民生品が、巷に溢れかえっている。
「ホテル」に使用する調度品に関しては、「ホワイトリストをよこせ」なんて言って来ている。
日本の民生品全部を宇宙で使えるかどうか、一個一個テストしている時間は無い!
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「日本人は水分とか生物持ち込みとか、NASAが嫌うようなのをあえてやろうと言ってるのだな」
「はい、左様です」
「何故か?」
「それが我が国との違いになるからです。
通常の実験や研究は、高い金を出してISSで行いますから、自然と独自ステーションでやる実験等はチープでISSでするには危険なものになります」
「やらせてやればいいだろう」
「ですが大統領、そんな事にかけている時間は有りません」
「これは何時打ち上げられるんだ?」
「さて?
まだ仕様を決めていると言ってますので」
「まだまだずっと先の話だろ。
時間は十分過ぎる程ある。
じっくり時間をかけて、OKかNOかを出してやれ」
「はあ……」
「あと、OKでも我が国の企業が参入できるよう条件を付けるのを忘れるな」
「分かりました」
日本の秋山に
”要件は分かった。
これから審査に入るから、それまでは一旦中止するように。
先走って製造とかしないように。
ただし、実際に作ってみないと分からない部分もある為、それは連絡有り次第試作品を提出するように。
中型宇宙ステーションの、コアモジュールやその他については、早々に開発を進めて欲しい。
こちらは部品の審査はオールクリアだ。
あとは実物チェックになるだろう”
という回答がもたらされた。
「まあ、そうだろうなあ。
アメリカとしたらバックアップステーションとしての機能の方が大事で、
日本独自の実験とかなんて後回しにしろってとこだろう」
諦観する秋山に、NASAからの派遣職員たちは
「いや、てっきりオールNGかと思った。
NASAも随分と思い切った事をしている」
「君たちの提案に対し、ちゃんと応答している。
この内容に対してだぞ。
凄い事だよ」
と驚いていた。
返答の書類を読みながら、小野はアメリカの思惑に気付く。
B社で宇宙船の仕様決めの段階から立ち合い、B社に月行きの宇宙船や着陸船、さらには火星往復機なんて打診が来ているのを見て来た小野にしたら、
・現物の他に、無菌処理の方法について送るように
・使用の結果について報告するように
・民生品の使用については米国製の代替品も試験評価対象に含め、結果を送るように
等が有るのは
「いつかは自分たちも同じ事をする」
意図が見える。
それこそ宇宙産業の国アメリカでは、もっと本格的な宇宙ホテルの計画だってある。
その室内について、機能重視で余りにも殺風景だったが、日本に言われて「民生品持ち込みと、それによる設備充実」に思い至り、自分のとこにも適用すべく、全品検査なんて時間がかかる事をやり始めたのかもしれない。
場合によっては、日本用の検査と言いながら、それを自国用の基準に適用し、日本より先に宇宙ホテルをホテル専用機として打ち上げる事も有り得る。
(まあ、そうなった所で大きな問題は無いだろう)
アメリカ人は浴場とか納豆とか卵のふんわり焼き加減とかに拘らないので、規格を握られようが、先をこされようが、日本独自のって部分は失われない。
ともかく、一時中断案件となった為、議論はともかく先には進めなくなった。
差し当たり4機目のモジュールは、「こうのとり」サイズの一般的な実験棟か、大型観測機器とする事が決まった。
ロシア式ドッキングポートについては、輸入する事に決まり、その旨をロシアからの派遣職員であるミハエル・ノヴィコフ氏に伝えた。
ノヴィコフ氏はロシア式ドッキングポート、ソユーズやプログレスが結合する箇所が2ヶ所になった事に安堵していた。
あれから外国人だけの議論となり、収拾がつかなくなり、日本の結果を見てそれから調整しようという事になったようだ。
(まあ、ロシアとフランスとインドじゃそうなりかねない)
露仏印と日本の共同開発宇宙ステーションは、コアモジュールをロシア製とし、全後をロシア式ドッキングポートとし、コアモジュールにも機能を割り振り、それで大型化するからバイコヌール宇宙基地から打ち上げてロシア有利の軌道とする、内部の電子機器等は日本が協力する、上下左右4機のモジュールはフランスやインドの仕様要求を貰ってから日本が製造する、という事に大体決まったそうだ。
アイディアを纏める仕事が片付いた。
さあ、実務の時間だ。
やっと、本当に「ジェミニ改」13号機が、「軌道上のカプセルホテル」こと「こうのとり改」と初ドッキングする為に打ち上げられる日が来た。
「ホテル拡張の前に、カプセルホテルが本当に使えるかどうか、しっかり見ておかんとな」