宇宙でボヤこう
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2022年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
テレビ番組チームを乗せた有人宇宙船の旅程は以下の通りである。
打ち上げ日はしばらく地球を単独で周回する。
2日目にドッキングし、調整時間を経て「こうのす」に移乗。
3日目は予備日。
初日からこの日までが、統計上最も宇宙酔いが酷く出るからだ。
4日目と5日目は各種撮影をする。
6日目は船外活動を体験し、「こうのす」での日程を終える。
船外活動は状況次第で行わない。
7日目に分離し、そのまま大気圏再突入して地球に帰還する。
地球帰還後は、回収から48時間は経過観察を行う。
その後間髪入れずに日本への帰国便に乗る。
日付変更線を超え、翌々日に帰国。
そのまま記者会見、全国放送という運びだ。
なお北海道チームは、もう一方が大々的に記者会見を行う中、裏からこそっと国内線に乗り換え、新千歳空港に移動する。
そしてこちらで記者会見をするのだが、これは生放送はされず、番組告知の後に初めてオンエアとなる。
日本での訓練、最終リハーサルと顔を合わせ、両番組スタッフは仲良くなっていた。
本来東京キー局は威張ってしまうものだが、こちらは若手、北海道側が五十歳を超えていた事もあり、変な上下関係も出来なかった。
芸能人同士は、当然だが喧嘩なんかしない。
お互いの番組のファンだと言い合い、和気あいあいとしたものだった。
それだけに、打ち上げ初日も気楽に撮影されていた。
東京キー局の方は、企画とかはなく、ただの記録映像としてカメラを回している。
使われるのは一瞬、
「あれ、意外と加速度来いへんね」
「飛行機の離陸みたいなものですね」
「あ、もう無重力や!」
「おおー、スゲー!」
てな部分だけだ。
アイドルなのだ、宇宙酔いして吐いている現場はカットされる。
もう一方の番組は、赤裸々である。
出演者の一人は、かつてヘリコプターに乗って吐いた。
自動車にも酔う。
当然宇宙船なんか乗った日には、具合が悪くならない道理がない。
吐きまくる。
その様子をゲラゲラ笑いながら撮影していた。
「君ねえ、僕がこんなに苦しんでいるのにだよ、それを『美味しいねえ』と言ってゲラゲラゲラゲラ笑ってるその神経が信じられないよ。
いつか絶対罰が当たるからな」
その呪いのボヤきは実現される。
翌日には、カメラを回していたスタッフも、出演者兼事務所社長も、共に宇宙酔いに苦しみ出した。
東京キー局側のアイドル2人が宇宙酔いで気持ち悪くなったのもこの日である。
船内に酸っぱい臭いが漂う。
船長は眉をひそめながら、換気扇の出力を最大にする。
だが、酸っぱい臭いがあっという間に消える訳ではない。
その臭いが更に嘔吐を呼ぶ。
「失敗だよ。
なにが宇宙だ。
こんな放送出来ないような場面ばっかりでどうするんだよ」
この日も乗り物酔いで具合が悪い出演者のボヤきが止まらない。
「いや、全くその通りだ。
こんな場面、放送出来ねえと俺も思う」
そう言いながら、決してカメラを止めないのも凄い。
「この企画、ある意味人体実験ですから」
「だったら僕を使う必要無いじゃないですか!
おめえら、自分だけでやってればいいだろ!
なんだよ!
急に連れ出したかと思ったら、キツイ訓練をさせてさ。
宇宙だ?
どうすんだよ、もう逃げられないんだぞ。
窓開けて外に出たら気持ち良いとか無いんだぞ。
風に当たるどころか、外に放りだされて死ぬんだぞ。
帰れねえんだぞ」
「帰りますよ」
「どうやって」
「一週間経ったら、ちゃんと帰れますから」
「一週間もこのフワフワフワフワして、気持ちが悪い空間に居続けるのかよ。
これだったらまだジャングルで動物観察していた方がマシだったよ」
「じゃあ、次はそれにしますか?」
「どっちもやりたくねーっつてんだろ!
分かんねーのか?」
という一連のやり取りを、もう一方の番組チームは口を抑えながらも、腹を抱えて笑って見ていた。
番組を見た事はある。
演出ではないとは知っていたが、生で見られるのも良かった。
声を出して笑うと、相手の撮影に入ってしまう為、必死で声を殺していた。
一方の醜態を見て、笑っている内に、次第に宇宙酔いも収まって来たようである。
お互い声が入ったり、映り込んだりしないよう、話し合って交互に撮影をしている。
東京キー局の方は、シナリオを予め作っていて、それに沿った撮影をする。
打ち上げ時、無重力体験時に加え、軌道上から地球を見て驚く様子や食事風景等、スケジュールがしっかりしていた。
そしてアイドルだけに、スチール撮影も。
指先だけで倒立した相方を持ち上げている写真や、球形となった浮いた水滴を飲もうとしているシーンなど、流石に「見て楽しい」「見てカッコイイ」「見て凄いと思う」ものを撮っていた。
その様子を見ながら、北海道チームではまた口喧嘩をしている。
「君はあの撮影を見て勉強した方がいい。
見てみなさい、どの写真も見て憧れるものじゃないですか。
それがこっちは何だよ。
やれリバースしている画だ、やれ気持ち悪くて寝ている画だ、やれボヤいている画だ」
「ボヤいてるのはおめえだろうが」
「ちょっとは出演者の事も敬いなさいよって言ってんの!」
「敬う?
君も随分と偉くなったものですねえ。
ちょっと売れるとこうだ」
「関係ねえだろ!
もっと他人に敬意を持った番組を撮れって言ってんだよ!」
「まあまあ2人とも。
宇宙に来てまで喧嘩はやめましょうよ」
こんな感じで、宇宙に来てもやっている事は地球と一緒であった。




