風呂問答
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「軌道上のカプセルホテル」たる「こうのとり改」から、中型宇宙ステーション「こうのす」に拡張する計画で、朝倉研究員が大体の事はまとめてくれた。
現在の「こうのとり改」は、内径4.2メートル、奥行き3メートルの与圧部内に、宇宙での生活空間が作られている。
トイレ、簡易シャワー室、冷蔵庫、電子レンジ等がラックとして設置されている。
その為、純粋な空間としての大きさは、横幅・高さは2.2メートル、奥行3メートルである。
奥に進むと、エアロックと観測機器用の操作卓があり、暴露部を改良した収納式の観測装置や太陽電池パネルを動かす事が出来る。
その暴露部より先に機械モジュールがあり、水や空気の循環、姿勢制御用のロケットがある。
宇宙ステーション輸送機「こうのとり」との違いは、「こうのとり」がISSに任せている生命維持装置を搭載し、酸素や水の循環利用をしている事と、エアロックの有無である。
「こうのとり」は基本、与圧部には宇宙服無しで出入り出来るだけで、部屋として利用は出来るが、独立して生活する機能は無い。
その為、「こうのとり改」のアメリカでの審査は、生命維持装置関連とエアロック関係に集中し、そこが安全かどうかを確認した後は早かった。
既に「こうのとり」は現在運用中の機体で、他の部分はとっくに審査済みなのだから。
朝倉研究員が示した、中央のコアステーションは、基本この「こうのとり改」を大きく逸脱はしない。
与圧部にドッキングポートを縦横4ヶ所設置する。
暴露部にカナダが開発したアームを収納し、単独ではドッキング機能の無い「こうのとり」型を把持して連結する。
機械モジュール中央にロシア式ドッキングポートを設け、軌道押上や燃料・酸素補給に利用する。
よって、コアステーションのアメリカでの審査項目は、変更部分に限定される。
審査時間もそう長くはかからないだろう。
第三のモジュールも、朝倉研究員は上手い事まとめてくれた。
居住区として利用する現「こうのとり改」の対面に設置されるこのモジュールは、与圧部を2つ連結し、外側の与圧室にはロシア式ドッキングポートと、船外活動用の大型エアロックを作る。
外部与圧室は、船外活動を行う場合は減圧したりして、出入りする際の空気の流れによる事故を極力防ぐ。
その為、内部与圧室は外部与圧室の空気を入れたり抜いたり、ハッチを開放したり、非常時には船外活動服に付けている命綱を巻き取って飛行士を収容する操作卓を置く。
それ以外は倉庫としても利用する。
潜水艦と宇宙船は、空間が有ればそこを倉庫として利用するもの。
ISSでもエアロックのあるモジュールは倉庫として利用しているし、突飛な考えではない。
ここをメインのエアロックとして利用し、「こうのとり改」のエアロックは予備用として普段は使わない事とする。
何せ、間に合わせで作ったエアロックの為、宇宙服の着脱や減圧与圧が多少面倒である。
初期のロシアの宇宙船「ボスホート」の拡張型エアロックに近い為、ちゃんとしたエアロックが出来たならあえて使う必要もない。
という事で、ここも既存品を多く使う為、審査にそれ程時間はかからないだろう。
残りは左右のドッキングポートに接続するモジュールである。
どちらか一方は、「こうのとり」輸送機が接続される。
食糧も水も生活物資も大量に補給される。
このモジュールを取り換えながら使用すれば、相当長期間の宇宙滞在が可能となる。
場合によっては両側にドッキングさせても良いが、基本最後の1つは汎用として
「面倒臭い実験とかは、こっちでやって本体には影響出ないようにしよう」
という通称「隔離モジュール」として使用する。
ここに様々なモジュールを交換接続し、多用途に利用する。
では、どんなものを接続しようか?
案としてあっさり通ったのは「ホテルの宿泊室」であった。
「こうのとり」をアメリカとか関係無く宇宙ステーションに改造して有人飛行に利用しようとしていた時期に、与圧部を現在の3メートルの短い型ではなく、6.6メートル程に延長した長い型を開発しようというのがあった。
当初は「与圧部(短)」「与圧部(長)」「暴露部」「大気圏再突入部」を組み合わせて、柔軟に運用しようとしていた。
だが開発費が高騰した為、「与圧部(短)」と「暴露部」の1種類の組み合わせだけになった経緯がある。
現在は総理案件で、予算については問題をクリアしたので、「与圧部(長)」を開発し、そこに飛行士が寝るような簡易ベッドとか、パックになっている水とかでなく、宇宙飛行希望富豪が満足いく調度にしてみよう。
この「ホテルモジュール」の先にもドッキングポートを設け、「ジェミニ改」もしくはアメリカの「シグナス」「ドラゴン」「オリオン」らがドッキング可能とする。
こうすればISSに奇特な観光客を滞在させる必要が無くなり、ISSに余計なスケジュールを組み込まず、かつ富豪からの寄進も得られ、一挙両得となろう。
「与圧部(長)」は「与圧部(短)」の拡張型だから、それ程審査に時間はかからない。
問題は、調度品だ。
可燃物ではいけない、太陽光等で化学変化したり、熱を溜めてしまうのはいけない、生物汚染するようなものであってはいけない、と都度審査する必要が出る。
朝倉研究員は
「NASAがOKリストを先に提出して貰い、それを積めば良いかと」
と言ったが、一個どうしても揉めたものがあった。
「風呂、どうするよ?」
「折りたたみ式の筒の中でシャワーは味気ないよな」
「やっぱ湯舟っしょ!」
「だが、どうやって水を張るんだ?」
「蓋をしよう、水漏れしないような、日焼けサロンみたいな」
「蓋をしたら、蒸されてしまうではないか!
それに、のぼせたり酸欠になったら、自力脱出出来なくなるぞ」
「首だけ出したらどうだ?
タンクベッド方式で」
「操作しづらいのは変わり無いな」
「お湯に粘性を足せば、開放湯舟でもなんとかなるぞ」
「お前の性癖押し付けるな!
世界の誰もがローション風呂が好きだと思うな!」
「そこまでは言ってない。
死海の塩とかそんなのでとろみをつけて……」
「その程度では飛沫が飛び散る!」
「だから、それと蓋式をミックスしてだな……」
「なあ、そこ、そんなに熱く議論すべき箇所なのか?」
そうアメリカから派遣された職員が質問した。
「風呂は大事に決まっとるだろが!!!!!!」
アメリカ人は沈黙した。
最終的に
「相手がどんな風呂を望むか、人種、性別、肌の具合、香りの好み等を調査。
然る後に誰からも文句を言わせぬ、日本の業を使い切った『これぞ風呂!』というのを作ろう!」
「異議なし!!」
「宇宙に風呂を!!」
そんな結論となった……。