第五次隊前期隊と共に
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「こうのす」の長期滞在隊は、そろそろ交代の時期である。
昨年の第二次隊も12月中に着任した。
長期隊は3ヶ月だったり4ヶ月だったりで宇宙滞在期間にバラつきがあるが、今回も12月中の交代となる。
本来の宇宙ステーション運用期間は2年。
単年計画を繰り越して2期目のような感じに、予算的にはしているが、そもそもの機体の寿命はもっと長い為、ISS程ではないが5年程度は使用可能である。
2年というのは、それで計画を終了して再加速して高度を押し上げずにいると、「こうのす」の周回する低軌道にはまだある微小な大気との衝突で速度が低下し、徐々に高度を下げてやがて大気圏に再突入する、そうする運転に切り替える時間であった。
NASA、ESA、更にはロシアからの要望もあって「こうのす」の運用は延長される事となった。
なので、第七次隊以降は滞在期間の見直しも行われる。
今回宇宙に来た第五次長期隊と、次の第六次隊までが当初の計画に沿って宇宙滞在すべく、訓練をされ選抜をされた飛行士たちという事になる。
滞在期間が3ヶ月程度から、半年以上1年以下に延長されたとする。
その場合、職場での出張期間の扱いも変わる。
研究職等は「訓練期間も入れて1年程度なら良いが、それ以上となると行く事は出来ない」ともなり得る。
半年以上の期間を少数しか接触する者が居ない環境で過ごす精神の強さも、訓練課程からもっと確認しなければならない。
飛行士の交代方式も変わって来る。
様々な計画を練り直す為、来年秋からの実現に向けて今から地上では会議が行われていた。
今回の飛行士交代は、やや不正規的であった。
普段なら3人ずつの交代となる。
長期滞在は定員6人だから、半数ずつの交代であった。
しかし、今回に限ってはジェミニ2改の最大搭乗人数4人でやって来た。
当然帰還も4人が先になる。
どうしてこうなったかというと、実験で使いまくった宇宙スクーターを持ち帰る為であった。
ジェミニ2改は基本的に訓練機である。
大量の荷物を運ぶようには出来ていない。
来る時は、かつての宇宙ステーション輸送機「こうのとり」の与圧室だけを使用して改修した多目的輸送船「のすり」に物を積めれば良い。
だが「のすり」には持ち帰り機能は無い。
大気圏再突入して物を持ち帰るには、ジェミニ2を使う他無い。
宇宙スクーターは燃料を全て捨て、分解して持ち帰る事になるが、それでも2人分の場所を使ってしまう。
その為、最大4人乗り、宇宙ステーション往復時は3人で使用というジェミニ2の帰還時の割り当てを、前半4人、後半2人とした。
人の方が大事だから、先に人を多く返す。
そして2人乗りの後半機に、宇宙スクーターを積んで帰る。
帰還が4人なので、交代要員も先に4人来た、というわけだ。
第四次隊で先に帰還するのは、岸田副船長、農場モジュール担当の久保田飛行士、水系モジュール担当の米沢飛行士、そして牧田料理長である。
交代要員も宇宙ステーションの運用担当、農場担当、水系担当、料理・生活系であった。
農場担当のミッションスペシャリスト、本広飛行士は農学部というより理学部生物学科の学者と言った方が良いかもしれない。
いや、所属は確かに農学部なのだが。
遺伝子レベルで作物を調べ、解析装置を使って土壌を分析する。
野菜を擂り潰して栄養価を数値として算出し、種子は切断して皮の厚さや胚に含まれる水分量等を統計化する。
科学者側の人である。
ではあるが、趣味として農場に行って野良仕事もする。
人間関係を重視する宇宙ステーション滞在において、コミュニケーション能力に難がある人は選ばれない。
生真面目な性格ではあるが、雑事もこなすし、周囲とも柔らかく接する事が出来る、私生活では標準的な人物であった。
同じく水系のミッションスペシャリスト江畑飛行士も研究者肌の人物である。
米沢飛行士が生物、自然学者側だったのに対し、こちらは化学者側だ。
物事を一面からでなく、多角的に見る為、生物系から化学の方の人員が選出されたのだ。
多角的というと、料理人もそうだ。
南原料理長の得意分野は中華料理である。
これまでベルティエ氏が高級フレンチ、石田さんが和食総菜系、アントーニオ氏がイタリアン主体の多国籍料理、現在の牧田料理長がフレンチ寄りの何でも料理だった為、新たに中華の料理人にも宇宙での可能性を試して貰う。
「中華って言っても、どこの中華?」
「台湾です。
台湾に修行に行って、そこで色んな種類の料理を学びました。
湖北料理とか客家料理とか。
普通の広東料理や四川料理もいけます。
北の方の料理はちょっと馴染みが無いですね」
台湾の方だった為、中国本土とは距離を置いているアメリカも異を唱えなかった。
この3人と、第一次長期隊で副船長を勤めた井之頭飛行士が、第五次隊では船長をなるべくやって来た。
そして窮屈なジェミニから、今回唯一の贅沢品を持ち込む。
「メリークリスマス!」
ケーキであった。
昨年は宇宙で作るように言われ、石田船務長が困っていた為、今回は地上で作ったものを持ち込んだのだ。
「えーっと、打ち上げの加速度とかで潰れてませんか?」
「大丈夫です!
ザッハトルテです!」
表面が生クリームで柔らかいスポンジを覆ったホールケーキや、フルーツをゼラチンで軽く固めたタルトより、チョコケーキ、ベイクドチーズケーキといったものの方が打ち上げで持って来るには良いようだ。
それに加え、ザッハトルテの中のスポンジと表面のチョコの間には、緩衝材の役割も果たすアプリコットソースが入っていた。
(だが、こんなに硬かったか?)
表面がえらく硬い!
チョコレートが厚く、硬く、まるで装甲板だ。
加速度に耐えるべく魔改造されたザッハトルテにしてザッハトルテではないものだから、ザッハトルテと名乗るのはオリジナルであるウィーンのザッハホテルまたはデメル本店には失礼なのかもしれない代物であった。
※ザッハトルテの召し上がり方:
「召し上がる1時間程前から常温で置いて下さい。
少々熱いお湯で温めたナイフを使って切って下さい。」
だそうで。
ウィーンのデメルで買うと、販売員から食べ方の講習を受けるケーキでした。




