ロシア単独じゃなかったよ……
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
バイコヌール宇宙センターじゃなく、モスクワの方で会議となった。
秋山はシェレメチェヴォ空港から、宇宙機関の建物に案内される。
(どうしてこうなった??)
(別にテレビ会議で良いじゃないか?)
(しかも、何で俺をピンポイントで呼び出すんだ?)
秋山が呼ばれたのは、ロシアからの名指しである。
アメリカ主導とは言え、有人計画の責任者であったからかもしれないが、
(普通、上長を呼ばないか??)
と大いに疑問であった。
謎は到着してから分かった。
「初めまして、秋山サン。
大統領から名前はちょくちょく聞いていましたよ」
「??????」
何故、あの元情報部の大統領とは言え、そんな上の方から自分の名が出るのだろう?
「うちの大統領と、日本の総理大臣は個人的に仲が良いので、
『実質的に全部決めてる課長級は、このアキヤマで良いのか?』
『ああ、彼だよ。
中々優秀な職員だ』
ってやり取りがあったそうだ」
心の内を読んだのか、そう教えてくれた。
やはり、色々話が外国に伝わっていたのは、官邸からか!!!!!
ロシア宇宙機関の、やはり課長級のカウンターパートが首をすくめながら
「うちの大統領もね、優秀イコール『無茶な事を言っても、ちゃんとこなす奴』って認識だからね。
君も『優秀』って言われた以上、覚悟しておこうね」
と肩を叩かれた。
あの人、やっぱりそうなのか!
会議室に入ると、大量の職員から挨拶を受けた。
「ウクライナの宇宙機構の者です」
「カザフスタンの者です」
「モルドヴァの者です」
この辺は何となく理解は出来る、納得は出来んが……。
バイコヌール宇宙基地はカザフスタンに在るし、ゼニットロケットはウクライナとの共同開発だ。
管制センターの場所とか、この辺まだ「ソビエト連邦」は生きている。
だが……
「インドです」
「スウェーデンです」
「ブラジルです」
「アルゼンチンです」
ロシアめ、自国と宇宙協力関係にある国に招待かけまくったな……。
近隣の2ヶ国が来てないのが、疑問というか、不安というか、後になって何か言って来そうで嫌だが。
そして会議が始まった。
秋山とNASAの職員は、「ジェミニ改」は低軌道で運用する、ISSの軌道に到達するには、軌道投入推進装置を大型化しなければならず、現在その計画は無いし、既存の中型ロケットで運用するという方針とも矛盾するからしない、と説明した。
ロシア側は、では到達は可能か?と質問する。
NASAの職員が秋山に振る。
「無人で、時間をかけて良いなら、徐々に高度を上げる事で可能である」
とはっきり答えた。
ロシア側は
「では、日本の宇宙ステーションに避難する時は、ジェミニ改を無人で打ち上げ、それに乗って低軌道の日本ステーションまで来いというのか?」
と突っ込んで来る。
「自分は可能かどうかを聞かれたから答えた。
運用については、全く考えていない。
しかし、自分の考えを述べるなら、そのやり方では非常時に全く間に合わない。
既に脱出装置を兼ねて接続されているソユーズ宇宙船を使って下りて来て貰う」
(それだったら、直接地球に帰還した方が良いけどね)
と心の中で別な事を考える。
ロシア側は、いよいよ本音を出した。
「無人機がISSに到達するのは、今まで欧州や日本やアメリカ民間宇宙船がやっていた事だ。
問題無い。
問題は、日本の宇宙ステーションに我がソユーズとのドッキング機能が無い事だ。
秋山サンは低軌道まで来たソユーズから、宇宙遊泳でステーションに乗り移れと言うのか?」
ははーん、言いたい事が理解出来た。
……言えば面倒事はこっちに降りかかるが、答えないと、それはそれで向こうから要求するだろうな……。
秋山は諦めた感じで
「ソユーズドッキング用のポートを用意すれば良いのだな?
大体の事は分かっているが、詳しい仕様書を送って貰いたい」
スペースシャトル以降のアメリカ及び日本のドッキングポート仕様は、110cm四方の四角形ハッチである。
リング状の部分がフックで結合され、それから方形の通路を通じて移動する。
一方のロシア式は90cmの円形ハッチである。
別名雄雌式ドッキングで、凸と凹が嵌まる事でドッキングする。
そしてしっかり結合されたところで、内部ハッチを開ける。
アメリカ式の長所は、口が大きい為に物の運搬がしやすい事だ。
ロシア式は別名「デブは通れぬ通路」とも呼ばれる。
そのロシア式の長所は、結合がアメリカ式より強固な為、再点火して軌道を押し上げる事が出来る事だ。
その為、リブースト用のロシア式ドッキングポートを、重心の軸上に一個設置しておけば何かと使い勝手が良い。
ロシア側はニコリと笑い、
「流石は大統領が指名した人材だ。
話が早くて助かる。
実はもう仕様書なら持って来ているから、紙版とデータ版を後で渡そう」
と言って来た。
……ロシア人って、気が長くて、じっくり計画を進めるんじゃなかったか??
こんなに性急な連中だったか??
まあ良い。
秋山は
「仕様書を持って来たって事は、私は説明用として呼ばれたのではなく、
ここで様々な要求を一気に突き付けたいって事でしょう?
よろしい。
出来る、出来ない、後に回して欲しい事も全部答えるから、提出して欲しい」
そう言うと、隣のNASAの職員が「おいおい」って顔で見ている。
ロシア側は
「いやいや、本当に優秀だな。
よろしい、秋山サンが居る内に形を作ってしまいましょう。
ただし!」
「ただし?」
「明日にしましょう。
実は全部は持って来ていません。
打診して、可能不可能の大体のラインを掴めば良いと思っていたのでね。
出来る出来ないが分かるなら、明日全部持って来ます」
秋山は(しまった、先走り過ぎた)とも思ったが、どうせ後から五月雨式に出されるよりはマシか、とも思った。
「よーし、今夜は歓迎パーティだ!
秋山サン、お酒はいける方ですか?」
秋山は、最近は酒を飲んでも酔えないのだが、それは酒が強いからではない。
全然強くない、弱い方です、と逃げてみた。
ロシアの夜はこれから始まる。