中東の食事は串焼きばかりという事ではないのだが
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2021年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
欧州輸送機が「こうのす」に到着した。
多目的ドッキングモジュール「うみつばめ」のロシア式ドッキングポートに自動で突入。
その後すぐに空気合わせが済み、物資を運び出す。
この輸送機には、長大なホースが巻かれて収まっていて、コア1及びコア2に燃料と酸素の供給を行える。
液体運搬能力が売りの一つであり、それを利用させて貰った。
その為、サイズの割に今回輸送物資の量は多くない。
物資は各国の地球観測用の計測機器、軌道投入する小型衛星、そして衣類、食糧である。
特に発注していたハラル認証の羊肉、牛肉が多いのは短期滞在隊には嬉しいだろう。
……ちゃんとプラスチックで物理的に分けてはいたが、近くに高級豚肉も「プレゼント」として入れてある辺りフランスの嫌味も含まれていたが。
任務は一気に活性化した。
2人一組で、一人が宇宙服を着て船外に出て計測機器を設置する作業に出て、もう一人は内部でコンピュータ操作をし、データの確認を行う。
古関副船長がミッションスペシャリストと、サポートに当たる森田副船長補佐をロボットアームで所定の位置に運ぶ。
噴射装置付きの大型船外作業着よりも、動きやすい宇宙服で、ロボットアームを使って移動し、本人も命綱をロボットアームに付けている方が効率が良い。
自立型、つまりガスを噴射して所定の位置にいく方式だと、その操法だけでも相当な訓練期間を必要とする為、短期滞在用にはもったいない。
5人のミッションスペシャリストは、自国の計測機器を「こうのす」のフレームに間借りする形で設置し、配線も終え、本国の研究機関と交信しながらデータの送受信が出来た事を確認する。
こういう危険と隣り合わせの作業で気を張った後、成功したという報を受け、緊張が解れる。
急速に空腹を覚える。
無理もない。
作業前には何も口に出来ない程の緊張状態で何時間も過ごしていた。
「食事デース」
当直の者は船長席で、それ以外は手が空いていたらコア1の食堂スペースに集まる。
別にどこで食べても良いが、ここには水のストックや調味料が置いてある。
それに技術官僚とは言え、人との会話を楽しまない非社交的な者は選抜されない。
飛行機のコクピット要員もそうだが、まさかの時に備えて常日頃からコミュニケーションをしっかり取っておく必要がある。
飛行機の墜落事故で、如何に機長と操縦士の意思疎通が出来ていなかった事例が多い事か。
上下関係を気にせず、気楽に話せる関係が望ましいのだ。
「アダナケバブ、牛肉と羊肉デス」
「シシケバブデス」
「キョフテ(ハンバーグ風)デス」
「ドルマ(野菜に詰め物をして焼いた料理)デス」
中東風料理がずらりと並ぶ。
日本の生活からすれば食材が特殊ではあるが、案外宇宙での食事に合っている。
串に刺して焼く料理は宇宙で食べる上で都合が良い。
肉も様々な香草や薬味を練り込んで、それから焼く。
挽肉を練って固めて焼く料理も、ハンバーグステーキのような大きな一つではなく、串に刺せるサイズにしてオーブンで焼く。
野菜(トマト、ピーマン、パプリカ、ズッキーニ、キャベツや葡萄の葉)に米と挽肉を詰めて、蒸したり煮たりする料理も、サイズ次第では非常に無重力に適したものになる。
一口大にすれば、ナイフで切る必要もなく、中にスープが閉じ込められたまま口に入れる事が出来る。
枯渇した為、追加を待っているヒヨコ豆のペースト・フムスや、ナス、トマト、そら豆等のペースト料理も粘度が高く、無重力で散らからない為都合が良い。
と言った話をすると、中東系飛行士たちは嬉しそうな表情になった。
「ムスリムの料理が良いと証明して貰えて嬉しい」
「まあヨーロッパにはトルコ人が多いから、多くはトルコ料理ですね。
トルコ以外の料理もあるので、それも試して欲しいものです」
「我がフィリピン料理も忘れないで欲しい……」
なお、中東料理も宇宙で万能ではない。
有名なドネルケバブ、これは作って作れない事は無いが、勝手が違う。
この料理の肝は、炙って出た余分な油を肉の塊から下に落とすのだが、無重力ではそうはいかない。
余り油を出すような肉は使用しない方が良い。
それ以上に、あのサイズの肉の塊を焼くオーブンは、流石にフランス製「ビストロ・エール」の中にも無い。
また、トルコ料理で使う米は長粒米で、詰め物にするには良いが、ピラフで使うとパラパラし過ぎて、無重力食には向かない。
他にリゾットにする食べ方もあるから、融通は利くが。
アイスクリームは、粘性が強過ぎる。
元々気温が高い地方で、たれないように粘りを強くしたのがトルコアイス「ドンドゥルマ」なのだ。
無重力かつ室温がそれ程高くない宇宙ステーションでは、機能としては不要である。
大体、粘りの元となるサレップは流石に宇宙ステーションに持って来ていない。
そして
「冷たいデザートなら、我が国のジェラートが一番デス!」
と料理長が譲ってくれないので、宇宙トルコアイスはお預けとなったのだった。
(いつかは宇宙でドンドゥルマを食べよう!)
そう誓う中東系ミッションスペシャリストたちであった。




