考え変えるのなら最初からOK出すな!と
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2020年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
昨年、ミッション・スペシャリストの選抜でヘルプに来て貰った、本来は「きぼう」チームの職員は不機嫌だった。
「やりたい計画と、それを立案した飛行士、ミッション・スペシャリストはセット!
飛行士になれたは良いが、自分の希望の実験出来ないと、応募した意味が無くなる」
もっともな意見で、それくらいは秋山も理解している。
「私も総理に対し、それを説明した。
だが、『片手間で子供でも飛びつくような実験は出来るだろう?』とか言われまして」
「確かに出来ますけどね、シャボン玉作ったり、水を浮かせたり、紙飛行機飛ばしたり、
全部既にやってますんで、今更そんなの見せたって、小学生中学年くらいからは
『あ、そういうのケーブルテレビで見た』ってな感じになりますよ。
最近の子供はスレてますからね」
「それでね、この中から良いのをピックアップしろって言われましてね」
「何ですか? これ?」
「そもそもこの計画が立ち上がる時、予算を取る為、どんな馬鹿馬鹿しい計画でも良いから書け!
と言う事で書いた計画……」
それは「有人宇宙飛行をする事は決まりだから、どうしてそれが必要か計画を提出しろ」
という手段と目的の入れ替わった要求によって生まれた珍文書であった。
「えーーーっと、
『人類を宇宙に送り、知覚能力を覚醒させ、新たな人類の進化を目指す』
『地球環境の保全の為、宇宙ステーションを作って強制的に人類を移住させる』
『巨大宇宙船を建造し、数千年がかりで『他に人類の移住出来る惑星があるか』行って調査する』
『宇宙からの侵略に備えて、直径600km程の人工天体を作り、ハイパーレーザーを装備して守る』
『光エネルギーを使って人類を光の巨人に覚醒させ、宇宙で活動可能にする』
…………あんたら、馬鹿ですか?」
「こんな要求通ると思わなかったんですよ!
まさか、今になって跳ね返って来るとは思いもしませんでした」
「そういう事なら、自業自得ですんで、そちらでの部署で責任持って対処して下さい」
「いや、私も何も手伝って貰おうって、厚かましい事考えていませんよ。
……自業自得なの分かってますし。
選抜の方法を教えて貰えればなあ、と思いまして」
「全部ボツ」
「それをしたいのはこちらも同じ」
「……ったくしょうがないなぁ」
頭をボリボリ書きながら、一回彼は部屋を出て行き、別なスタッフとともに段ボール2箱抱えて戻って来る。
「これは?」
「以前ね、日本人飛行士に対してやって欲しい実験って事で、全国の小中学校から募集したもの。
正直、この中から選んだ方がマシ。
これは、既に実験済みのは抜いてある。
ボツの中から、気に入ったのを選ぼう」
「ボツにした理由は何ですか?」
「まず、出来ないもの。
常温核融合とか、『きぼう』使っても無理だ」
「そんな応募が」
「ほら」
「うわ、本当に有ったんだ。
〇〇粒子を使って制御とかって、頭良さげに見えますが、例のアレですよね」
「そうですね、あのアニメの影響っすね」
「なるほど。
で、次にボツにしたものは?」
「船内を汚染するもの」
「何々? 納豆を食べてみる、漬物を漬けてみる、キノコを生やしてみる……」
「ISSの中は無菌状態なものでね。
納豆菌に乳酸菌に各キノコの胞子とか、クリーンルームに泥まみれで入るような真似は出来ない」
「あれ?
ですが、これって日本独自の宇宙ステーションなら可能じゃないですかね」
「可能だと思うよ。
実験終わった後はちゃんと滅菌しとかないとね。
そんで、やるなら早くやった方がいいよ」
「それはどうして?」
「中国が自分とこの宇宙ステーションでやるかもしれないから。
あそこはISSとは無関係だし、仮に細菌とかが宇宙で放射線によって突然変異起こしても、それがどうした?ってもんだからね。
宇宙飛行士が死んでも、最初から居なかった事にするだけだし」
「……肝に銘じておきます」
他にもボツにした理由は
・時間がかかり過ぎる(特に農業系)
・倫理に悖る危険性がある(特に動物実験系)
・危険(特に料理系)
等等。
「あれ?」
秋山はミッション・スペシャリストの方のリストを見た。
「こちらは生物の発生学の研究者ですね。
実験は植物の種子の方ですが、これはもしかして……」
「使えるのが有るかもしれないから、探しといて下さいな」
秋山は方針を決めた。
ISS、アメリカの規格では、宇宙に加熱するものは持ち込めない、生物汚染する可能性の高いものは持ち込めない、過剰な臭気を出すものも持ち込めない、等がある。
これは宇宙ステーションの安全を考えてのものではあるが、絶対的な制約ではない。
工夫すれば大丈夫なものもあるだろう。
例えば生卵が挙げられる。
海外では生卵など、サルモネラ菌中毒に自らなりにいくようなものであり、食されない。
宇宙ステーションでも雑菌や猛毒の菌を持ち込む危険があり、排除される。
ところが日本の生卵は、管理が徹底していて完全な無菌となっている。
他の国の「非常識たる卵かけごはん」が日本では普通なのだ。
だから日本製生卵は宇宙に持っていけるが、それでもNASAは良い顔はしない。
さらに醤油(発酵食品)も「たくさん持っていって食べ比べ」等出来ない。
納豆(発酵食品)卵かけごはん、通称「なったま」等「やるなら、他の機械とか実験に影響が出ないって事を証明してからにしてね」というものになる。
この不都合は「日本独自の宇宙ステーション」なら特に問題は無い!
迷惑かかるのは自国のみなのだ。
という訳で、和食をテーマに、食材・料理両面で「本命の実験の片手間に出来る、思いっきり専門的な技術は必要としない」ものを選定してみた。
JAXAの上長は
「船内を汚染するものばっかりだね……」
と嫌な顔をしていたが、ハンコはついてくれた。
秋山が官邸に資料を送ると、すぐに総理の方から電話が来た。
「いいじゃないですか~!
和食、うん、実に世界に日本をアピール出来ますよ。
確かに国際宇宙ステーションじゃ迷惑かかる事も、日本独自なら出来ますね。
盲点でした。
そして、日本人ならよく知っているもので、子供たちに訴える力もあります。
これでいきましょう!」
ご機嫌だった。
秋山は安堵して電話を切ろうとしたら、
「あっ、今後同じように、他の国も国際宇宙ステーションはダメだけど、日本独自なら大丈夫って食事を持って来た場合、対応出来るように宇宙キッチンの設計が必要かもね。
考えておいて下さい」
と言われた。
政治家の「(自分が)考えておきます」は遠回しな拒否だが、「(他人に)考えておいて」は「やれ」という命令なのだ。
秋山は
(また変な仕事を増やしてもうた!!)
と頭を抱えていた。