人間を打ち上げる段階では、アメリカは日本以上にねちっこい事がよく分かった
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2019年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
ロケット結合部の問題をクリアした2号機は、問題無く、前回と違い2週間の試験期間を無事に終えて太平洋に着水した。
回収後、すぐに機体をチェックする。
問題無し。
「今年中か、来年夏までに有人飛行を」
というキツキツスケジュールのせいで、2週間後、今度は別な基地から「実用に即した重量、人間と見立ててセンサーを取り付けた人形、酸素消費や二酸化炭素増加も行う」試験3号機の打ち上げが行われる。
シミュレーションは何度もしたが
「狭い宇宙船の中で、空気がきちんと循環するかの確認を行う。
人が乗り込むと、それだけで空気の流れは乱れる。
無いとは思うが、二酸化炭素の溜まる領域とか作ってはならない。
低重力環境で試験はしてみる必要がある」
「同様に人間が放出する水蒸気がきちんと処理されるかの確認が必要だ。
人間が乗り込む事で水蒸気が循環しない場所が出来て、そこで水滴が発生し、電装部分につかないかの確認が必要だ」
という事で、機体の性能試験の他に「人間が乗って大丈夫か」の安全チェックを行う。
渡米した小野は、既にチェック項目を日本に送ってはいるが、B社スタッフと共に試験結果を見て報告書をまとめる仕事を行う。
その試験結果を貰う為に出向いた先で、小野はアメリカ人の細かさを見た。
帰還モジュールを丁寧に解体し、部品一個一個を袋に入れて管理。
X線や紫外線等で中に亀裂や変質が発生していないかを調査。
一部を削り取り、化学分析。
特に「水滴に晒されていないか」を念入りに確認する。
「穴が開いているところには、必ず水滴が入り込むと思った方が良い」
らしい。
人間から放出される水分が水蒸気として船内を漂っている時、ネジやボルトがより低温ならば、そこを中心に水滴が発生する可能性がある。
いくら防滴処理をしていても、打ち上げ時の振動で緩むかもしれない。
「この機体は使い捨てだから、事前の検査を入念にして、安全だと確信出来たら後は検査の必要が無くなる。
スペースシャトルは繰り返し使用するのを目的としていたが、事故以来、このように一度分解して、内部まで徹底調査をし、その後組み立ててからのチェックも行ったから、いつしか言われたのさ。
使い捨ての方が結局安上がりになるな、と。
元々コストダウンこそがスペースシャトルの目的だったのに、利用回数が多ければ多いほど検査のコストがかかる。
全く皮肉なものだ」
とは検査職員の言葉である。
このチェックは細部まで行う為、キツキツスケジュールにも関わらず、結果が出る1ヶ月半先に4号機(無人・再試験機)の打ち上げは間が空けられる。
チェックは物理的な機体だけでない。
センサーで得られたデータを元に、飛行中の船内の空気の流れ等を再現し、シミュレーションと比較する。
「OKだと言えるようになるまで、詳しく調べる」
酸素ダクトを上流とし、二酸化炭素吸着装置口を下流とする。
その2点間での二酸化炭素の濃度上昇はどうやら許容範囲内だ。
アンモニア等の有害ガスの溜まりも確認出来ない。
「円錐型」は実績あるデザインで、室内もなるべく通気性の良いデザインとしている。
このような念入りな検査を支えているのが、特殊模擬人体人形である。
長時間は使えないが、中から揮発性の汗のような物質をじわじわ染み出させる事が出来る。
二酸化炭素タンクを内蔵し、呼吸相当のガスを排出する。
人体の代謝の疑似行動をするものの仕組みについては、企業秘密だ。
大学発のベンチャー企業がこれを開発したそうである。
宇宙開発の裾野が広い。
B社の人間が
「成功後の調査だからマシさ。
事故起こした後なんで、もう殺伐として凄いものだよ」
B社の主力商品は旅客機で、墜落経験も割とある。
墜落させない為の検査なのだが、どうしても墜落は起こり得る。
事故後の検査というのは、「通常の検査のマニュアルに問題が無かったか?」も追及する、かなり厳しいものになる。
頭に来るのは、そのマニュアルを意図的に無視されていた時だそうだ。
手順を別なやり方でスキップしてしまい、それが整備工場間で共有され、かつその手法を使っている事を黙っていたというケースが過去にあったそうだ。
「それに比べて、この分野は特殊だからね。
まあ、落ちたらどちらにせよ、航空事故調査委員会送りではあるが……」
1ヶ月が過ぎ、「問題無し」という報告が届けられた。
それを日本とも共有する。
日本の国会で
「成功したのなら、4号機はもう省略して、すぐに有人で良いんじゃないの?」
という意見が出たそうで、
「アメリカは有人飛行に関してはねちっこく、石橋を叩いて渡るどころか、
石橋を一回壊して内部検査をした後に、同じものを3個作って、1個は限界テストで壊し、もう1個を橋として利用し、もう1個は事故時の調査用に保管しておく、これくらい慎重だからです!」
と伝えて貰ったのだが、どうにも要領を得ないそうだ。
秋山曰く
「一回体験しないと分からないんじゃないか?」
そこで、与野党の議員団に一度訪米して貰い、着水から検査にあたるまでを見学して貰おう、となった。
議員たちは税金の無駄遣いがどうのとか言ってたようだが、
「視察」という名の海外旅行出来るとあってか、矛を納めた。
「総理は何か言ってましたか?」
小野がテレビ電話で秋山に尋ねる。
「総理は細かい事は言わない人だよ。
遅れが出ると原因を聞いて来るけど、今回のは予定通りだからね。
自分の思い通りな内は丸投げが基本だから」
小野は安心した。
最高責任者が、無茶ブリはともかく、細かく途中途中を仕切りたがると大体物事は上手くいかない。
「じゃあ、与野党の先生方の面倒は頼むね。
宿とかは秘書が手配するから、君は宇宙センターや工場や研究所の訪問手続き。
アメリカはその辺、メディアや議員の視察に慣れてるから大丈夫な筈だよ」
「え?
やはり自分が議員先生たちの案内役なんですか?」
「他に誰が居るんだい?」
アメリカに戻っても雑用はついて回る事を知った、官絡みの職1年生は、またしても天を仰いだ。