アメリカでの無人飛行試験はそろそろ終わる
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2019年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
それは無人打ち上げ試験2回目の前に起こった。
ロケットのOリング部分、ここに問題が見つかった為、打ち上げが延期された。
スペースシャトルの打ち上げ直後の爆発事故で原因とされた箇所な為、微細な問題でも重視して、全取替えとなる。
それが国会での宇宙科学部会の審議前にニュースとして入った為、小野は国会で活躍する羽目になる。
野党は「そもそも計画が悪いのでは?」と言って、
「いや、ロケットではよくある事、ごく低温の燃料に常に接していると、如何に品質管理されていても起こり得る事です」
というのを理解しない。
「ごく低温の燃料にしなければ良いのではないか?」
「液体水素と液体酸素はロケットにおいて普通の燃料です」
「そうじゃない燃料もあるんでしょ?
人間を乗せるのだから、その方が良いのではないですか?」
「リスクは同程度です」
「おかしいじゃないですか、なんでごく低温と常温でリスクが一緒なのですか?」
「常温の方は酸化剤がしばしば毒物の場合があり、腐食も強いのです」
「酸化剤って何かね? 専門用語を使わずに」
「液体酸素とか四酸化二窒素です」
「液体酸素の方が、よく聞く名前だから安全だろ」
「今回の亀裂は、その液体酸素に接していたから起きたのです」
「酸素が漏れていたからかね?」
「酸素は漏れていません」
「じゃあ、説明になってないじゃないか」
「液体酸素はごく低温ですので、それに触れていたからです」
「じゃあ、低温の燃料をやめて常温の燃料に……(略)。
人間を乗せているのだから、やはり低温のは(略)」
小野は、秋山から御守り袋を貰っていた。
堂々巡りとなり、一時休憩になった時
(困った時はこの袋を開きなさい)
と言われたのを思い出した。
(あの人は諸葛孔明か何かかよ……)
と思いながらも袋を開くと、素晴らしい言葉が書いてあった。
休憩終了。
野党から再び
「やはりごく低温の燃料で無い方が良いのでは?
計画そのものが危険なのでは?」
という発言に、小野は秋山の秘策通りに答える。
「えー、お答えします。
中国の長征5号ロケットと同じ計画、同じ燃料、同じ方式です」
「あ…………、そうなんだ」
「議長、次の質疑に移りたいのですが、良いでしょうか?」
(こんなに効果覿面なのか!?)
小野は一個成長した。
部会には、知識豊富な議員から、『なんでこんなの選んだんだよ?』というくらい科学知識のおかしい議員まで参加する。
大体野党は、無知な者を鉄砲玉にして質問でうんざりさせ、失言を待つ。
今回それが封じ込められた為、本命が出て来る……
とこだったのだが、次は与党の議員で、思わぬ伏兵だった。
この議員は知識はある程度ある。
科学的常識もある。
しかし、漫画やアニメのやってる事を鵜呑みにし、出来るものとして譲らない傾向がある。
「同時に2機打ち上げで……」
「飛行船数が揃っていない上に、管制も2組作るのは大変です」
「でも、出来ますよね?
ジェミニ6号と7号でやってましたから」
「機数が揃っていれば出来ます。
ロケットも、打ち上げ場もあれば」
「無いんですか?」
「有りますが、現在は計画外です」
「じゃあ否定しないで下さい。
同時に2機どころじゃなく、3機、4機と打ち上げれば2人のデメリットを減らせて……」
「管制官も2組じゃなくて、3組4組と増やすんですか?」
「出来ないんですか?」
「出来ません」
「2組なら可能なのに? 3組も4組も出来るんじゃないんですか?」
「人数がいないんです」
「日本はそうかもしれないけど、アメリカにはもっといっぱいいるでしょう!
君はアメリカ知らないからそう言うかもしれないけどさあ。
知ってる? NASAの予算は日本の百倍近いんだよ」
「先生、自分は2週間前までアメリカにいて計画に関係してました。
打ち上げ時の管制センターにも入らせて貰ったので、アメリカを知らないとか無いです」
「何だい?
君みたいな若いのが、僕以上にアメリカを知ってるって言うのかい!?」
変なとこ刺激したみたいで、ムキになって噛みついて来る。
(秋山さん! 何か特効薬無いっすか?)
脳内の秋山がにこやかに答える。
(無いよ~、君の実力で頑張って~!)
脳内やり取りでうんざりしている内に、その先生の独演会は続く。
結局独演会のまま、この日は終了した。
小野はJAXAに戻り、秋山に報告をした。
こんな事で神経削られるとは思ってもいなかった。
しかも、精神力をごっそり持っていかれる。
ポスドク後、1年目社会人の小野には、中途半端に知った気でいる人間がムキになって自説主張をして来るウザさを、初めて実感した事になる。
「あのさあ、残業になるけど、日本式な相手のかわし方レクチャーしようか?
業務時間内ではもっと有益な仕事して欲しいから、それ以降になるんだけど」
小野は悩みに悩んだ挙句
「お願いします」
と答えた。
次の審議の日、件の与党議員の元に挨拶に行く。
小野を見て、一瞬睨んだその議員だが、すぐに笑顔を作るところは流石は政治家だ。
目は全然笑ってないけど……。
「何か用ですか?」
「いえ、先生はB社のCEOと何度か交渉されていたそうですね」
「うん、よく知ってるね」
「自分が居たのもB社なんですよ」
「おおー、そうなんですか!」
「昨日CEOと話す機会がありまして、その時に先生によろしくと伝えて欲しい、そう言われました」
「そうでしたか、いや、ありがとうございます」
そう言って握手を求めて来た。
周囲にも議員はいる。
その前で自分の大物っぷりを披露されたその先生は、余程嬉しかったようだ。
さっきとは違って、目の奥まで笑っていた。
審議は安全性の問題という、「事故が起こる前に中止に踏み切る判断の良さを褒めるべきなのに、重箱の隅をつついて何か出ないかを繰り返す」不毛な論議から、宇宙船の選択から仕様確定までを、見て来た者の強みで事細かに説明した。
それとアメリカ譲りの押しの強さ、先日秋山からレクチャーを受けた「敵に回せば面倒臭いけど、味方につけたら楽」な人の多少の間違いには目をつぶり、議事を順調に進めさせた。
ある日の審議が終わり、帰路、財務大臣の秘書から「ちょっとうちの先生が話したいけど、時間良いか?」と言われる。
小野の本心は
(時間が無えんだよ、コンチクショー! 戻って今度は渡航用の書類とか準備しないとならねーんだ!)
だが、秋山から
『敵に回したら面倒な人ってのは確実に居て、そのスイッチは面子だからね』
というのを思い出し、無理にでも時間を作る事にした。
(自分もジャパニーズ・ビジネスマンになっていくなあ……)
別名「マフィアのドン」と呼ばれる、目つきのきつい、毒舌の財務大臣。
「おう、すまねーな、時間割いて貰って」
と乱暴だが気を使った事を言って来る。
「高いもん食わせたら寄附だなんだって面倒臭えんで、コーヒーにするな。
これで買収されるお前さんじゃねえだろ」
「はあ……」
「まあ、鯱張んなよ!
俺はお前さんの『中国の長征5号ロケットと同じ計画、同じ燃料、同じ方式です』で黙らせたの聞いて、面白えのが来たなって思ったんだ」
「ありがとうございます」
「来週後半だろ? 再打ち上げ。
お前さん、その時までに日本での仕事終わらせて、アメリカ戻るんだってな」
「はい」
「総理に言って、説明役代えて貰う事にした。
優秀な奴にはなるべく適材適所で働いて貰う方が幸せだろうよ」
「ありがとうございます!」
小野は初めて政治家に感謝した。
秋山が手を回してくれたというのも、初耳だった。
初めて上役にも感謝した。
「喜んでるとこ悪りぃが、今週一杯は国会の方も頼むわ。
あとなあ、反対派は何でも『総理が悪い』を結論に持って行きたいのだから、『中国では~』みたいなかわし方で頼むわ」
小野は思った。
(早くアメリカに帰りたぁぁぁーい)