「有人計画」が先にありきで、「有人飛行で一体何を目指すのか」を逆算して立案せざるを得ない本末転倒
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2019年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
JAXAもNASAも、同じ名前のをモデルにした似て非なる機関と思って下さい。
JAXAの有人宇宙技術部門は、NASA等に比べれば微々たる人員しかいない。
まずは「有人宇宙飛行でなければならない計画」を考えていた。
正直、有人宇宙飛行は「夢」の部分が「現実」に勝てないと、
特に「費用対効果」という言葉に勝てないと実現しない。
日本のロボット技術や微小重力下での自動制御技術は世界有数である。
であるならば、多くの計画は「無人で出来る」となり、
「打ち上げ、真空空間に居住、大気圏再突入と危険があるのに、
わざわざ人間でなければならない理由は?」となってしまう。
それを乗り越えての有人宇宙飛行計画なのだが…。
スタッフを集め
「まず有人宇宙飛行をする事ありきで、どうしてそれが必要か計画を提出しろ」
という手段と目的の入れ替わった要求が出された事を説明した。
その上で
「急にそんな事言われても出来っこないから、有人宇宙飛行上必要だけど、
『そんな大金出せるか!』って計画をでっち上げて、時間稼ぎをする」
という、何が何やら分からない要求をされたと説明した。
うへあーーーってため息が聞こえた…。
同じ気分だよ。
「まず、国産有人宇宙飛行計画から流用できるものをピックアップしようか」
リーダーとして秋山が議事進行する。
・訓練(飛行士、管制官、地上スタッフ、整備員)
・日本独自の宇宙ステーションによる長期滞在実験
・月への航行
・国際宇宙ステーションへの往復機としての使用
「こんなものか?」
「こんなものですねえ。
まあ、今までの我々であれば、これも高いハードルだったんですけどねえ」
「いやあ、うちらって想像力無いなあ」
「妄想力とも言うんじゃね?」
だが、これでは予算としてまだ少ない。
普段なら通るか通らないかの線だが、今回は無茶言うのが仕事だ。
「よし!」
秋山はホワイトボードに思ったことを羅列した。
・日本独自の有人火星探査に向けて、超長期滞在及び船内自給自足装置の開発
・日本独自の月基地建築に向けての船外及び地球外天体での活動
・廃棄人工衛星の回収または再利用の実施
・上記衛星回収または再利用を行う部門を常駐させる大型宇宙ステーションの開発
・原子力またはプラズマ等の新型推進機関の開発
・人型有人宇宙船開発に向けて乗員の訓練
以上を目指す。
メンバーは「おおー!」と声を上げた。
「これなら有人宇宙飛行計画っぽいですね」
「結構アニメも入ってますね」
「アメリカ差し置いてやるのか?って計画も」
「今回の仕事としては、でかいアドバルーン上げて、それ用の予算を要求するってことだし、
これくらいハッタリ効かせた方がいいんじゃないですかね」
「これで規模がデカくて、ハッタリが効いているか…。
うちら貧乏性だよな(笑)。
アメリカ行ったら、もっとデカい計画有るんじゃないか?」
「あそこはあそこっす。規模が違い過ぎて、笑い話にもならねーっす」
ひと通り感想が出たところで、
「私が考えたのはこんな程度だから、あとはどんな無茶でも、君たちの考える
『さいきょうのゆうじんうちゅうけいかく』を明日までに送って欲しい。
多少荒唐無稽でも目をつぶる。
使えさえすればいい」
「うーっす」
秋山は後悔した、そんな事言うんじゃなかった、と。
翌日、秋山は「荒唐無稽な宇宙計画」の数々にノックアウト寸前であった。
多少まともなもの:
「木星に行ってヘリウム3を採集し、エネルギー開発に役立てる」
「某アメリカ映画のように、地球に接近する大型小惑星に着陸し、爆破を可能とする」
「冥王星まで進出し、地球絶対防衛圏を確立する」
…最後のは、一体どこと戦う気なんだろう?
ちょっとぶっ飛んだもの:
「将来の宇宙戦士訓練学校設立を目指し、宇宙飛行士を数多く養成する」
「地球連邦軍設立の為、宇宙で軍艦の建造技術を培う」
「地球上では実験出来ない新兵器を宇宙で試験する為、人間の管制官と調査員が必要」
「来たるべき戦いに備え、宇宙でも戦える人体強化、主に5ハンドと言われる強化手袋を使って作業する」
…君たち、本当に一体何と戦うつもりなんだ?
さらにぶっ飛んだもの:
「人類を宇宙に送り、知覚能力を覚醒させ、新たな人類の進化を目指す」
「地球環境の保全の為、宇宙ステーションを作って強制的に人類を移住させる」
「巨大宇宙船を建造し、数千年がかりで『他に人類の移住出来る惑星があるか』行って調査する」
「宇宙からの侵略に備えて、直径600km程の人工天体を作り、ハイパーレーザーを装備して守る」
「光エネルギーを使って人類を光の巨人に覚醒させ、宇宙で活動可能にする」
…アニメ、特撮の見過ぎじゃい!!
秋山の次席である小野田研究員が肩を叩いた。
「主任が荒唐無稽で良いと言った上に、時間は今日までなので、
皆子供の頃見たアニメや特撮からヒントを得るしかなかったんですよ。
つーか、本音はこれがしたくて集まった部分がありますからね」
「人体改造とか強化人間とか、本気か?」
「多分……心のどこかにあるんだと思いますよ」
書いた奴はちょっと危険思想ありだな…。
この中で使えそうなのは………
「木星とヘリウム3ですかね。科学的っぽいですが、まずアメリカでも無理」
「地球で実験出来ない兵器についても、形を変えればなんとか」
「小野田君、それマジで言ってる?」
「例えば核とかを起爆させないジャミング機能を試すとか」
「それもアニメで見たけど…」
「まあ、使えそうなものって事です」
ああ、日本人はどれくらいアニメに汚染されているのだろう。
数日後、普段なら「ナメとんのか?」と言われかねない「有人宇宙飛行計画書」がまとまり、
それに沿った増員希望数と組織改編プランが出来上がった。
増員してもすぐには使い物にならない。
組織を立ち上げて、計画を煮詰めて、その専門家に育てないと。
いやいや、そうじゃない。
今回は予算案で減額されたり、複数年に分けられることが目的なんだ。
それで
「この金額では今年はここまでしか出来ません」
とやっていれば良い。
正直、総理が約束した有人宇宙船は、貿易赤字対策ならばどんどん買って良いと思う。
その運用をNASAにやって貰えば良いのだ。
NASAに「日本人宇宙飛行部門」を設置してもらい、そこでアメリカ製宇宙船を使って、
好きなだけ日本人を打ち上げれば良い。
それが何でか
「是非、我が国の国産ロケットで打ち上げたい」
となっている。
それならそれで、
「半数はアメリカから打ち上げる」
とか約束する必要は無いのだが。
聞くところによると、最初「もっとアメリカの宇宙基地を使わせて貰えませんか?」と総理が聞き、
大統領が「金を払うのならいいぞ」と言ったようなのだが、
「軍事使用もあり、アメリカの宇宙基地と言えど、他国の為のロケットをそう多く打ち上げる程
スケジュールが開いているわけではない」
ということだった。
それに輪をかけてスケジュールの空きが無いのが、内之浦と種子島なんだが…。
意義の見い出せなさから、不毛な事を考えながらも、秋山は
「有人宇宙飛行目的計画書」と「有人宇宙飛行の全計画を実行する為の概算見積もり」を作成した。
改めて理事長他にそれを提出した。
「うん、これならもっと減らせと言ってくる」
「…いや、その前にふざけんなって言われますね」
「この火星探査計画なんか、税金の無駄遣いだから減らせと言ってくるね」
「大体、1割か2割に減額されるだろうね」
「減った額で出来る事をもう一回まとめるので時間が稼げる」
「それで妥当な計画にまとめて、もう一回審議入りさせる」
「そうしたら『この予算だと、まずは準備機関の発足から』と時間を稼げる」
「秋山君、よくやったよ!
実に荒唐無稽な計画だ! どっからどう見ても、SFの見過ぎが作った悪ふざけな計画だ!
…国会に呼ばれた時は、よろしく頼むよ」
秋山は引きつり笑いをしていた。
(国会で私が説明すんのかい! この無理な計画を、いかにもやる必要があるかのように!!)
かくしてJAXAから「有人宇宙飛行をするなら」という予算請求が提出された。
秋山は理事の1人から酒に誘われた。
労ってくれるらしい。
酔って秋山は本音をぶちまけた。
「私だってね、あんなSFじみた事書きたかないんですよ。
本当は国産の有人宇宙船を作りたい。
でもね、それは本当に夢でしかないんですよ。
今更月に人を送ってどうなるってんですか?
無人機で色々調査できちゃうんですよ、うちは!!
その無人機ですら『必要あるの?』って計画止められてしまう。
もうね、好きに使っていいってんなら、どれだけ良かったか。
先生には分かります? この気持ち」
クーダ巻き巻き、クーダ巻き巻き…。
理事は『色々溜まってたんだな…』と同情した。
しかし理事も秋山も読み違えていた。
総理は何としても、アメリカ製宇宙船を日本で運用すべく、予算を通す覚悟であった。
この総理の癖は
「言う通りの予算はちゃんと確保したぞ。
人も用意したぞ。
だから、私の言うように、ちゃんと計画を進めなさい!」
と官僚に無茶ブリをするところにあった。
(続く)
とりあえず2話目。
もし貴方なら、断られるのを前提に立てた計画書に
「よし、やっていいよ。絶対やれよ!」
と許可印押され、予算用意されたらどうします。
自分ならどうしましょう…。