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もしも日本が他動的な理由で有人宇宙船を打ち上げる事になってしまったなら  作者: ほうこうおんち
第1章:まったり進めようと思っていた有人宇宙飛行計画が、政治的な事情でいきなり始まった
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ニッポンのオフィス

この物語は、もしも

「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」

というシチュエーションでのシミュレーション小説です。

2019年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、

個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、

あくまでも架空の物語として読んで下さい。

秋山はとりあえずアメリカ出張を終えて帰国した。

2人の飛行士は、放っておいても問題無いだろう。

……問題無い、優れた人を選んだのだ。

選ぶまでが秋山たちの仕事で、選んだ人間が優秀だというのは仕事の成果として実に気持ち良い。


B社で宇宙船絡みの書類仕事をしていた小野も帰国している。

立ち寄ったB社で評判を聞いたら

「GOODだ、HAHAHA--!!」

との事で、あのリップサービス満載連中の言う事は分からん……。


さて帰国し、各所に顔を出す。

管制官の指導役のゴードン氏と話してみたら

「打ち上げ成功したら、スタンディングオベーションが出ただろう?」

「ええ、ありました」

「どんなに信頼している機械でも、無事に上がるかは神のみぞ知る。

 いつでも心臓に悪いものだ」

と語ってくれた。

無人機専門のJAXAでも、やがてこういう思いを持つ者が増えるのだろうか?

「それは失敗して死者が出るという事だ。

 死者を出さずに、その気持ちだけ持てたらベストだが、

 実際のところ大惨事を一回は経験しないと、分からんだろう」

「そうですか?」

「緊張感はいつか失われる……。

 トラウマとなる喪失を味わわないと、いや、有っても人は忘れるものだ。

 君たちがいつまでも忘れずに、緊張感だけ持ち続けてくれたら良いのだが」


秋山は、そういうトラウマは持ちたくないな、と思った。

無人機だが、ロケットを途中で爆破した一世代前のH-2の悲劇。

あの時、やたらめったら叩かれ、

「もう廃止にしたら?」

等と厭味を言われまくった。

無人機ですら、数人退職者を出し、十数人胃を悪くする程マスコミやら野党やら評論家から責められた。

この緊張感をいつまでも持ち続け、それで人間の犠牲が出ないなら、それで良いや。




「小野君、君さぁ、1年目の癖に残業しないの?」

「アメリカじゃ定時帰宅を義務づけられてましたんで」

「仕事残ってるじゃない!」

「自分の仕事じゃないです。

 他のメンバーの仕事が遅いんで残った仕事です。

 自分の責任じゃないので」

「他のメンバーに合わせようって気は?」

「さらさら無いです」


アメリカでの仕事に慣れてしまえば、こうなるよなあ、ってのが目の前で起きている。

普段はこの職場はゆったりしている。

しかし、一回デスマーチ状態に陥ると、とんでもないくらい家に帰れなくなる。


ある時、小惑星探査機が観測対象の上で沈黙した事があった。

そのまま死んでいたらチームは反省会フェーズ突入だったが、そうでは無かった。

その機体は僅かずつ発電し、蓄電し、次第に復活をしようとしていた。

その微量な電力の中、1ビット通信で状態確認コマンドを送信する。

そうして得た情報を元に、帰還計画を立てた。

状態は深刻だった。

姿勢制御のリアクションホイールはとっくに全部壊れていた。

帰還途中に4基のエンジン全てが停止した。

最終的に、生きている部分同士を繋ぎ合わせたニコイチ運用をしたのだが、この辺りのチームのプロジェクトルーム籠りっきりは酷いものだった。

やがて製薬会社から栄養ドリンクの差し入れが為された。

忙しい時の運用はこんなものだ。


アメリカの企業において、デスマーチ状態になったらどうかは、まだ小野は経験していない。

(聞いた話、あっちもやる時は気合い入れてやると聞いたけどね)


1970年、月着陸を試みたアポロ13号が酸素消失事故を起こした。

この時、宇宙船を無事に帰還させる管制スタッフが忙しかったのは言うまでもない。

彼等は、通常何ヶ月もかけて行う飛行計画を数日で変更し、代替計画を練り上げ、リアルタイムに上がって来る問題解決を、時間をかけずに解決した。

1967年にアポロ1号が打ち上げ前に火災を起こし、飛行士3人が焼死した。

この時の事故を知っているメンバーばかりだった為、24時間態勢で事にあたり、飛行士を一人も死なせないという決意で挑んだ。


デスマーチという言葉は、そもそもアメリカが発祥である。

「プロジェクトマネジメントが破綻して起こる」現象の事で、日本のようにそれを前提にマネジメントするものではない。


(今は小野君の方が正しいが、彼は1年目で、アメリカも日本も知らない。

 不要な残業をしなくても良いのは確かだが、一回教えた方が良いか、どうか……)

秋山はマネージャーとして考えて、

(うん、今は帰らせよう。

 生涯、デスマーチなんて覚えなくても済むなら、それで良い。

 だが、いずれやらなければならない時が来るし、予感では順調だと無茶ブリが来るから、その時にしよう)

と結論を出し、不満を言うメンバーを他所に帰宅させた。


「甘やかしてません?」

「1年目だし、甘やかしてるよ」

「こっちにツケが……」

「今はまだ回らないね。

 今回は彼の言う通り、上の判断が遅いから残業になるだけで、彼の責任ではないから」

「でもそれじゃ、きちんとした職員になりませんよ」

「まあー、待っていて下さい。

 その内、嫌でも彼も荷重労働する事になりますから。

 そうせざるを得ない時で十分じゃないんですか?

 今までアメリカに放牧してほったらかしにしていた負い目もありますんで」

まだチームが文句を言おうとしていたら、小野田研究員が青い顔で報告する。


「悪い予感って当たるもんですよ」

「え? 早速?

 何が有ったの?」

「国会の部会において、今回の宇宙船の選定から仕様確定、使用法まで説明しろと言って来てます。

 ……小野君名指しで。

 総理が気に入ったとかで、細かな説明をする為にしばらく彼は国会とか与党とか野党とかに呼ばれます」

「え?

 じゃあうちでしなければならない書類業務は?」

「当然、残業です。

 無論、彼が国会への往復時間でこなせるなら話は別ですが。

 それと、実機レクチャーも国会とうちとで二重にする事になりました」


秋山はため息をついて、さっきまで不満を漏らしていたチームに語りかけた。

「言いたい事は?」

「小野君、頑張って下さい」

「よく出来ました。

 今後も、余計な残業は振らないようにね。

 パンクするよ」

メンバーは”1年目からお気の毒に”と心の中で呟いていた。

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