まあ実際に作った人が忘れてる時もあるから、細かく覚えとく人も重要だよ
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2019年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
「勝手に40機受注とか決めんなよ!」
テレビ電話で報告を受けた小野田研究員は、アメリカの小野に文句を言う。
「君にそんな権限は無いんだよ」
「ええ、だから決まった事を伝えているだけですよ。
損益分岐点がその辺なんで、それより少ないとB社は損を出しますから、やりたくないそうです」
小野は元々
(入省1年目をいきなり放牧に出した以上、ある程度こっちのミスはそっちに補って貰おうか)
と不埒な考え方をしている。
「第二次計画とかの話をしたの?」
「してませんよ。
決まってないんでしたよね。
でも、限りなく決まる可能性は高い、と。
そういうものは口にはしませんよ」
(判断の材料にはしたが)という言葉は呑み込んだ。
「小野田さんも、G社とかR社とかの辞退の話は聞いたんですよね?」
「聞きました。
B社が残ってくれたのは有難い。
……だから、彼等の仕様丸呑みになるのは仕方ないとして、計画そのものを左右させられるのは……」
「いや、会議で聞いた話ですが、これ大統領の面子かかってますよ」
「どういう事?」
「日本が武器や航空機の大幅発注するでしょ?」
「シーッ、それまだ公開前。
うちには連絡来たけどね」
「辞退2社には振らず、B社にそれを与えつつ、断ったらどうなるか分かってるよねって言う、飴と鞭でした」
「……うーん、早く決めないとうちの政府の顔を潰す。
決めずに計画を破綻させると、骨を折ったアメリカ大統領と日本の政府の顔を潰す。
決めないとダメか」
「それは秋山さんが上に言うんですか?」
「秋山さんから予算を管理してる部門に報告し、承認下りてから政府との折衝だから、多分局長案件」
「うわあ……」
「うわあ……なのはこっち……。
まあ僕は伝達するだけだけどね」
とりあえず、他に選択肢が無い事は理解したようで、政権が変わらない限りこの案は通るだろう。
小野田は、秋山の他のアメリカ派遣職員(通称「放牧」)からも情報を仕入れていた。
大体の反応は、
・自分の会社のブランドで事故起こされたら堪ったものじゃないから、安全性を重視するから早くて3年後、遅ければ5年後の完成
・トレンドとして5~10回の繰り返し使用を可能とする
・繰り返し利用する事に関連するが、電子機器の衝撃試験をもっと行う必要がある
・このようにして大型化した居住区を緊急時に脱出用させるシステムを考える必要がある
→以上により、人手と予算が足りない
というものであった。
それが
・5年以上完成まで待つ事が出来る
・居住区が快適であれば、詳細は設計担当に任せる
・ビジネスで飛行させる以上、開発費は要相談で上乗せ可能
というアメリカの民間企業に乗り換えられる原因となった。
期間が短く、もっと開発費を出してくれて、設計に自由度が高い方をどこだろうが選ぶだろう。
小野田も
(来年か再来年には打ち上げなんてのは、やはりあまりに短すぎる。
それが我々日本だけでなく、アメリカにとってもネックとなっているのだ)
と実感を持って認識出来た。
機数の話を聞いた秋山が頭を抱えた数日後、さらにアメリカの小野からとんでもない知らせが届く。
「B社はジェミニ計画を焼き直す方針です」
「待て!!!
あれは1960年代のカビの生えた計画じゃないか!」
「宇宙船ですからねえ、生ものじゃないから黴が生えたってより、赤錆が浮いたって言う方が良いかと」
「そういう細かい事はいいの!」
「えーーと、そもそも我々放牧組の仕事って何でしたっけ?」
「仕様書の書き方、報告書の書き方、マニュアルの作り方等勉強してね、だったね」
「色んな書類を、今から書いて承認得てたら間に合わないんで、ずっと昔に書いて承認下りてた部分まで再利用するそうです」
「何千ページくらい??」
「桁が2個足りないっす。
書類だけでなく、機械や機器も、既にチェックを通ってるか、後継装置がOK出てるので、工期短縮になります。
ぶっちゃけ、これくらい割り切らないと間に合わないですね。
B社も、気に入らないなら断って、って態度ですからね」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
それ秋山さんに説明するの僕だけど、何て言うかなあ」
「何て言うかなんか俺に分かる訳ないです。
とりあえずレクチャーしましょうか?」
「……頼む」
小野田はジェミニ改について、国内組では一番詳しくなっていく。
…………………………………………………………………
B社には、他の放牧組のうち、壊れて日本に帰らなかった者たちが集まって来た。
彼等はアメリカに来た以上、この機体のエキスパートになる必要がある。
「いいか、ここでは仕事を待っていても来ない!」
「知ってるよ。
自分が行ったG社だってそうだった」
「君だけが苦労したと思うなよ。
R社だって一緒だ」
「どこも同じか。
で、G社とR社から何か得られたもの有る?」
「……バスケットボールが上手くなった」
「何それ?」
「レクレーションが結構多くてね。
書類や資料読んでるだけなら暇だろう? って連れ出された」
「うちはテニスが上手くなったなあ」
「俺は料理振る舞う機会が増えたから、そっち上達した」
「あれ? なんで皆そんな仲良くなってんの?」
「小野君、君は集中し過ぎると人の話を全く聞かないから、誘われてたの無視してたんじゃないの?」
「え? そうなの?」
「……全く、このコミュ障は……」
「アメリカだからねえ……。
この程度のコミュ障は結構いると思う。
それで有能じゃなかったら追放されてたと思うけど、よくしがみついてたね」
日本人の集団が笑ってるのを、色んな肌の色の社員たちがチラ見して通っていく。
「まあ、こうやって日本人同士仲良しこよししてるより、さっさと仕事重ならないように割り振ろうか」
(壊れる人が出るのは前提で、2人1組にしとけばいいだろう)
かくして彼等は
・トラブルシューティング
・莫大な仕様書のどこに何が書いてあるか
・マスコミ応答のカンペ作成要員
・政治家先生への優しく簡単なレクチャー係
・展示室でモックアップを説明担当
としてのエキスパートになっていくのであった。