検査は必ず自分たちの手で行おうとアメリカが言っている
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2019年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
アメリカは仕事が速い。
宇宙産業は日本と比べ物にならないくらい裾野が広いから為せる事だ。
先日、総理大臣が訪米した。
大統領と並び、ニッコニコで有人宇宙船のモックアップの前で会見した。
「思ったより座席が狭いですね。
アメリカ車はもっと贅沢じゃなかったですか?」
「日本向けにケイ(軽自動車)にしたんだよ」
一同爆笑、とアメリカンな会見になった。
そしてその場の勢いか、既に見込みあっての事か、さらに20機の追加発注が両首脳間で結ばれた事の発表がされた。
この会見後、秋山は数多くの政治家に呼ばれる事になる。
具体的に宇宙計画が見えて来た為
「ところで宇宙基地は、うちの選挙区に作って貰えるんだろうね?」
という威圧である。
結果を言えば「どこもダメ」なのだが、それを口にするなと言われている。
良いのは小笠原諸島とか石垣島とか南の島で、そんな中で面積やら本土からの輸送とかを考えると
「種子島宇宙センターをそのまま使った方が安上がり」
という結論になる。
そこで、宇宙センターではなく、宇宙船と通信する管制センターとか、帰還モジュール回収用の船舶の基地とか、広報センターとかを割り振る事になる。
だがこれだけでは足りないそうだ。
総理の方から
「将来的には、第二、第三の打ち上げ基地が必要なので、今回当たらなかった先生のとこには、それを割り振るように」
という指示が来ている。
「お言葉ですが、現状のH2AやH2Bを小改修で使う場合、緯度の高い地からの打ち上げだと高度が足りなくなる可能性があります」
「うん、それは分かっているよ。
でも、もう来年か再来年あたりに新型のH3だったか、それが出来るよね。
ここ数年の計画では既存のものを使って安上がりに、だけど、その後はロケットも宇宙船も更新するから、そういった地域でも大丈夫でしょ?」
「その後も有るんですか?」
「やりますよ。
根本的には、アメリカから何かを買って、アメリカの貿易赤字を減らし、雇用を増やすようにしないと、貿易摩擦が起きますから、日本では手が出せない分野で恩を売ろうって方針なんですから。
アメリカが赤字解消とは言わないまでも、『何故日本は俺たちの製品を買わないのだ?』という不満がある内は、規模を変えながら続けた方が得策でしょう。
それに、他国を我が国の支援で巻き込んでいますが、既にその効果から他国でも受注の動きが出ています」
「そうなんですか」
「そうよ。
ロケットも宇宙船も宇宙飛行士の訓練もアメリカ任せ。
宇宙ステーションもアメリカから買って、実験装置や観測機器の設置もアメリカ一任。
その国の飛行士は行って、そこで国の威信を高めるような成果を上げて、帰還する。
実験や観測そのものは、昨今の環境問題の中、その国には必要な事ではありますがね」
「それは、アメリカ丸儲けの事業ですね。
……どこの国です?」
「明かせませんが、国王陛下がお金持ちの産油国だと言っておきます。
そういう国が見ているので、最初の顧客の私たちが失敗する訳にはいかんのですよ」
プレッシャーいただきました……。
不毛な「お宅様には通信基地と、その為の広報センターをお願いいたしたいと思います」という交渉をしている最中、実質的だが遥かに面倒臭い案件が降って来た。
「秋山さん、仮称『こうのとり改』ですが、NASAが提出しろと言って来ました」
「はっ? まだ完成してないのに?
アメリカが一体何の必要があって提出しろなんて言って来たんだ?」
「我々の計画では、13号はアメリカ人飛行士と日本人飛行士のペアで、宇宙ステーションとドッキングする事になっています。
アメリカ人が中に入る以上、検査が必要である。
だから実物と全く同じ物を1機NASAが購入し、検査を行った後に可否を出すとの事です」
「待った!
NASAの検査項目表は最初に貰っていたじゃないか。
メーカーもうちもその検査項目に沿ってテストしているだろ?
それを信じないって言うのか?」
「信じないんでしょうね。
我々が、とか日本人どうこう関係無く、自分たちの1人が乗り込む以上、自分たちでチェックする。
運輸安全委員会の方で決まっているらしくて、代理ってのは無いっぽいです」
部品やら完成機の安定性の試験やら、アメリカの運輸安全委員会の検査項目は詳細である。
ジェミニ改修型は、ある程度検査を通ったものを利用するから、その分の検査時間が短縮されるが、
それでも完成品の検査は避けられない。
1.5倍に大型化し、ドッキングポートが以前のただの接合器から、1.1メートル四方のハッチを持つ出入り口に変わった事で
「重心も変わったし、形状も似て非なるものになった、故に全く別物だからチェックは念入りにする」
と言う。
かなり簡略化されてこれだから、他2社が現在作っている機体は、最新型のタッチパネルで操作から状況確認まで出来たり、様々な新機能を使う分だけ「検査時間はかかって、来年再来年では間に合わないだろう」という見込みだ。
「まあ、仕方ないか。
面倒だけどやるしかないよね」
「先行して、使用している部品を送って欲しいとの事です」
「部品? 一応JIS規格はクリアしてるけど」
「だから、向こうの審査用ですってば」
「分かってるよ。
ただ、日本のJIS規格だって相当な規格なんだし、いつかはJISをクリアしていればOKという事にしたいねえ」
「じゃあ、書類お願いします。
我々はメーカーに行って、リストの項目の物を受け取って来ます」
聞くと、全部の部品ではないそうだ。
なんでも、既に日本製の工業部品はアメリカのスペースシャトルや、JAXAの「こうのとり」に使われていたとかで、中小のメーカーでも既にNASAの基準をクリアした証明書を持っているとこがあり、そこの部品ならばもう検査の必要が無いとの事だった。
「じゃあ、部品は改修に使った部分のものだから、そう多くは無いか」
「……結構多いです。
あれ、小改修じゃなく、既存部品を使ってはいても作り直しに近い改修でしたよね。
新規に使った部品も結構ありましたよ」
別な部下は、税関にいって書類を整備する。
ハンコは秋山が捺す。
さらに秋山も行って、メーカーに「もう1機作って」と頭を下げる。
予算が無いならともかく、今回予算は潤沢にあるのが救いだ。
メーカーは「ハハハ、まあまあ、それは大変ですねえ」と営業担当が笑っていたが、
「どこまで出来ているか見ていかれますか?」
と言われ、入った工場で秋山たちを見る作業員の視線が痛かった……。
納期まで余りないのに「もう1機作れ」は、言われたらそりゃ怒るよなあ。
正確には2機作っているのを3機にする事になったようだ。
1機は練習用、もう1機は本番用で、さらに今回発注の1機が検査用。
そこで部品は余分に確保していた為、あと1機なら間に合うとの事だった。
「さらにあと1機とかありませんよね?」
現場担当者からの質問が痛い。
「無いと思います。
しかし、余剰部品を予め準備していて、もう1機はすぐとか、流石だね」
「これくらいは、しょっちゅう仕様を変えるお客様と付き合う上では、当然の事です。
ですが、それも必要最低限の数だけですから、4機はまだしも、5機も6機もは無理ですよ。
それと、確かに材料的には『すぐ』ですけど、作業するのは人間ですからね。
人間の作業以上には高速化出来ませんので!」
なんか、やっぱり怒っている。
言ってる事は真っ当だが、語調に語尾から色々伝わってくる。
「なんか、本当すみません。
うちらが至らないばかりに……」
元はと言えば、上の無茶ブリが悪い。
無茶ブリされた分を、下に無茶ブリすれば何とかなるが、この作業者が言ったように「作業するのは人間」なので、どこかで「もう無理です」と跳ね返って来る所が出て来る。
それでも「やれ」となると、最終的にはその「作業する人間」を潰すブラック企業となり、やがて優秀な作業者が寄り付かなくなる。
そうさせない為のクッションが「中間管理職」だから、結局は「作業する人間」の代わりに潰されてしまう傾向にある。
それでも「この仕事、クソ面倒だけど、この業界自体は好きだからなあ」というのが日本人の悪いとこかもしれない。
秋山も、上から思い付きで仕事を増やされ、下から嫌われようと、まずは念願の有人飛行の為には、もうちょっと頑張ってみる事にした。
そんな中、1件秋山の手を離れるものも出た。
まだ未完成だが、無人の宇宙ステーションが1機、打ち上げ計画に組み込まれた。
来年1月早々に打ち上げられ、無人状態での内部のチェック、管制の練習、飛行状態の確認等が為される。
もしも問題が無かったら、即座にドッキングしての有人フェーズに切り替わる。
だから、兎にも角にもアメリカが欲する検査機を得たいところであった。