人を選ぶというのは、これはこれで中々大変な事である
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2019年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
アメリカって、一回方針決まれば速いね。
もう原型模型が輸送されて来た。
うん、見た目は1960年代のジェミニ宇宙船そのもの。
ただ、サイズは元のジェミニの最大直径3.0メートルから、最大直径4.2メートルに大型化している。
全体的に1.4倍に拡大した為、重量は3乗の3.84倍で約15トンになる計算だが、素材や部品の軽量化により11.5トンまで軽量化に成功した。
酸素・燃料込みの重量である。
「想定最大重量を12トンとして計算する。
H2Aの204型が5Sフェアリングをつけて、ISSに運べる重量のマックスが12トンだからね。
人間が2人、宇宙服込みで0.2トンとし、積み込める物資は0.3トン、300kgか。
まあ、良いんじゃないか?」
上の人はそう言っているが、実際のところは?
飛行士1人つき支給される宇宙食は1日あたり2kg、水は2kg。
食糧に含まれる水もあるから、もっと節約は可能だ。
この生活に必要な水と食糧を、2人分、宇宙ステーション滞在も合わせて最大30日分搭載すると240kgになる。
残る荷物搭載量は60kgでしかない。
これではカメラ機材とかを持ち込んだだけで限界に達してしまう。
2人が宇宙ステーションに2週間滞在し、往復に5日をかけ、予備に1日分を見る標準的なスケジュールで、水・食糧は160kg。
残140kgならば、観測機器をはめ込んだパネルを1基運べるくらい。
ギリギリいっぱいだ。
余裕があるH2Bを使う手もあるが、あれは基本「こうのとり」専用だから発注数も少ないし、与圧室にそれ程多くを運び込めないからパワーだけあっても意味がない。
ドッキングポートは、1.1メートル四方というサイズ制限もある。
「まだ燃料輸送ミッションが無いだけマシだね」
そう言わざるを得ない。
「こうのとり」改の小型宇宙ステーションを飛ばすのは低軌道である。
この高さは、まだまだ大気が薄いながらも存在する。
その空気の分子と衝突する事でモジュールは徐々に減速し、やがて速度を維持出来ずに地球の重力に捕まる。
だから「こうのとり」改ステーションの運用は半年から1年とし、2年もしたら墜落するものと計算していた。
この寿命を延ばすには、速度を出して軌道を維持する燃料を補給する事だが、元々の機体が燃料補充を想定した設計になっていない。
何としても早く飛ばす為にも、改造量は少ない方が良い。
「どうせ4回しか使わないから」
というのもあって、使い捨てとした。
かつて欧州輸送機やロシアのプログレス輸送船が担っていた燃料補給の役割は無い。
これだけでも十分荷物を減らす事が出来る。
肝心要な部分が決まったから、いよいよ発注用の仕様書を作成だ。
……まあ、一から書くような間抜けな真似はしないよ。
先行して各メーカーに人員を派遣していたのは、正式決定になる前に情報を仕入れて、先行して仕様書を書き、あとは微調整に持っていく為っていうのもある。
その微調整が中々面倒でもあるけどね。
……アメリカさん、いまだにヤード・ポンド法で寸法書いてるとこあるし。
サイズが合わないと思ったらインチで書かれていたとかね。
そして、訓練計画の練り直し。
以前の想定より狭くなった宇宙船のハッチを吹っ飛ばしての脱出訓練。
以前の想定より空間的余裕の無い宇宙船での海面激突シミュレーション。
以前の想定よりきつい上に、あちこちにあるアナログメーターの読み上げと状況把握の訓練。
以前の想定より小さい円錐形の中で、電気が止まって真っ暗になってからの精神安定のチェック。
以前の想定よりも肉眼確認の多くなった操縦の練習。
以前の想定よりもアナログになったドッキングシミュレーション。
等等。
狭くなったせいで、ストレスが貯まるのもあるが、やはり身体が大きいと問題が出た。
宇宙服を着てさらに着ぶくれした状態で、自分は意識してないのに変なスイッチを押したり、メーターを隠してしまったり。
そんなこんなで、図体の大きい人は泣く泣く辞退、もしくは落選していった。
日本人以上にガタイのでかいアメリカだが、宇宙飛行士の数が桁違い過ぎる為、ちゃんと小柄で心身ともに安定している飛行士をバックアップ含めて20人近く用意「出来た」という報告が入った。
こちらも早く飛行士を選定し、訓練し終えた後、「アメリカから打ち上げられる最初の1人」とそのバックアップは、早めにアメリカに送っておきたい。
操縦を担当する「飛行士」の選抜・訓練や管制の演習の「書類チェック」だけでも忙しい中、更に難題が来た。
「秋山君、宇宙で実験をするミッション・スペシャリストって応募8人だよね」
「そう決まりました」
「これ、応募者の書類」
「えーーーっと、一般公募はしてませんよね」
「うん、大学や研究機関、民間の高度技術を扱う企業に限った」
「これ、何ですか?」
「だから、応募者の書類」
「モー〇ング娘。とかA〇B48のオーディションじゃないですよね」
「あっちはもっと多いと思うよ」
「全部で何通ですか?」
「8千通。
約千倍の倍率だ。
いやあ、いっぱい来たものだ」
「これを私にどうしろと?」
「当然、選抜してね」
「すみませんが、手が全く足りません。
ヘルプをお願いします」
「そう言うと思って、ISSの『きぼう』チームに声かけといた。
あそこは一般から実験を応募したりして、こういうの慣れてるから。
ただ、何が出来るかは君から情報仕入れないと判断出来ないから、そこんとこよろしく」
「はあ……」
「なあ、また酒飲みに行こうよ、終わったらさ」
「終わったら、酒が飲めない胃になってる気もしますが……」
ヘルプで来た「きぼう」チームの審査員は、秋山には衝撃的だった。
「えーっと、書類審査でもう7千人落としときました」
速っ!
「教えて欲しいんですが、どういう基準で選抜しました?
なんか昨日の今日で早過ぎる気がするんですけど」
「ああ、履歴書見てまずは旧帝大と、東工大卒以外は全部弾きました。
院から入ったのも落としときました」
「え? そんな学歴差別を?」
「この任務、誰もが面倒臭がってる、政治家先生の思い付きの『おまけ』ミッションでしょ?
じゃあ、本気で選抜する意味も無いじゃないですか。
あ、一応全員分コピー取って、使えそうなのは『きぼう』のチームで採用しますんで。
こっちは来年までとか、そういう縛りが無いもんで」
「まあ……手狭なこっちの計画より、まともな実験は『きぼう』の方が良いよね。
あとは?」
「デブとノッポとマッチョは落選」
「……言い方は悪いが、妥当なとこだ」
「病歴があるのも落選」
「妥当だね」
「派手なプラン立てた奴も却下」
「……まあ、そうだね、出来ないもんね」
「てなわけで、実験よりも観測系、飛行士に手間かけないようにコンピュータのスキルが有るのを選べば……」
「選べば?」
「残り千人からさらに減って、50人くらい。
こいつらの面接とかは、もうそっちでやっといて下さいね」
すげードライな奴だが、忙しい中ここまでバッサリ切れるのはありがたい。
あとは
・協調性が有るか?
・高所、暗所、閉所等の恐怖症を持っていないか?
・いざという時、飛行士の補助を出来るくらいの能力が有るか?
と、やりたい計画を審査しようか……
「あ、秋山さん、補欠は結構確保しといた方がいいですよ」
「何故に?」
「履歴書見ると独身男性が多く、この辺は親とかに黙って願書出してたりします。
そしていざ発表になったら、そこで初めて知った親がクレーム入れて来て、辞退させたりってのも考えないと」
「待った、そのクレーム対応って?」
「貴方以外居ませんよねえ」
頼むから、親や親族の了承を得てから来て貰いたいものだ。