貿易不均衡解消の為の有人宇宙飛行計画
この物語は、もしも
「科学的な要望より先に政治的な理由で日本が有人宇宙飛行船を運用」
というシチュエーションでのシミュレーション小説です。
2019年頃の各国をモデルにし、組織名もそのままだが、
個人や計画そのものにモデルはあっても、実在のものではない、
あくまでも架空の物語として読んで下さい。
JAXAもNASAも、同じ名前のをモデルにした似て非なる機関と思って下さい。
とある日の宇宙航空研究開発機構 JAXA。
有人宇宙技術部門の長、秋山誠は理事長に呼び出され、会議室に入った。
理事長の他、役員勢ぞろい、さらに総務部、人事部、財務部、調達部の長もいた。
理事長他、一同不機嫌そうだった。
座るよう促された秋山に理事長が語った。
「本当に急な話で、我々としても困っているのだが、
日本の有人宇宙飛行計画が決まる見通しだ。
それで秋山君に来てもらった」
秋山は喜ぶよりも先に驚いた。
「将来、必要となるから地道に基礎研究から」
という方針で彼の部門は進んでいた。
「来年の計画に有人飛行も入れて下さい」
と言っていたなら喜びもするが、
「有人飛行を見込んで、宇宙ステーション輸送機に生命維持装置を積んで、
データを取る事が出来るよう調整して貰えませんか?」
というのがやっとだったのだ。
「決まったよ」
と言われても準備が全く出来ていない。
「そう言われましても、まだ基礎研究の段階です。
早急に事を運ぶと、かえって失敗すると思います」
「そんな事は分かってるよ」
理事長がこめかみの辺りを揉んでいる。
なんかストレス物質がその辺たまりまくってるようだ。
人事と財務は首を振っている。
明らかに「余計な仕事、金も無いのにどうすんだよ」と表情が語っている。
理事の一人が咳払いをして言った。
「秋山君にも有人部門にも責任は無いよ。
昨日急に決められ、従うしか無くなったんだ」
「決められたって、文部科学省ですか?」
違うと言う。
「では経済産業省?」
「もっと上、総理大臣」
「へ?」
秋山は、役人らしからぬ間の抜けた返事をしてしまった。
「総理大臣って、今は訪米中ですよね。
昨日電話って、アメリカからですか?」
秋山は事情を教えられる。
日米はこれまでに無く関係良好だった。
日本の総理大臣は、貿易不均衡是正に熱心だった。
アメリカの要求に先回る形で業者を周旋し、工場や事業計画のアメリカ移転を進めた。
そして発表する前にアメリカ大統領にそれとなく伝える。
すると
大統領「合衆国は貿易赤字是正の為、この国、その国、あの国、そして日本に
アメリカ国内での事業計画拡大を要請する。
応じない場合は報復も辞さない」
総理「我が国としての立場を表明し、報復等という事の無いよう努力する」
企業「工場建設計画発表、数千人規模の雇用発表」
大統領「日本総理の速やかなる対応を評価する。
他国もこれに倣って、我が国への投資をもっと進めるべきだ」
総理「我が国は既にアメリカ国内での事業を拡大しており、大統領にはその説明をした。
彼は真に聡明で、主張を認めてくれた」
このコンボが決まって、誰も損しない「政治」が為される。
否、日本以外の名指しされた国は、早急に日本と同じかそれ以上の規模での事業を
アメリカでアメリカの得になるようにしなければならず、苦しんだ。
この出来レースを仕掛ける総理大臣は、8割の産業界からは評判が良い。
アメリカという市場において、合衆国政府や州政府と対立すると損をする。
だからアメリカでの立場を良くしてくれる総理は歓迎なのだ。
2割程からは不評である。
総理は国全体でのWin-Winを心掛ける。
ゆえに、ある産業においては
「アメリカから買った方が安い、国内にこだわらない方が良い」
ならば、そこはバッサリ切り捨てる傾向にある。
そうしてアメリカから買うことで、貿易黒字を減らして均衡に持っていく。
だからアメリカの政界からの評価も高い。
その総理が、首脳会談に先立つ昼食会でこう持ち出した。
「有人宇宙船、民間企業でも飛ばしたそうだね。
アメリカではもう宇宙は民間の手に届くものなんだね」
「いやいや、民間で出来る事は限られているよ。
日本の輸送船でしか運べない荷物もある。
引き続き協力して欲しい」
「それなんだが、日本にも有人宇宙船を売ってくれないか?」
「話を聞こうか」
「民間でも宇宙に行ける時代なのに、日本は有人宇宙飛行計画が無い。
一つには、無人で出来る事なのになんで有人で?っていう技術的な問題。
もう一つに、万が一事故を起こした時の責任問題。
あともう一つは、分かるだろ」
日本に、競争相手となる国に、そういう技術を持たせたくないアメリカの都合。
特に第二次世界大戦で、日本から航空という分野を奪ったのはアメリカだ。
だが一方で、自国の持ち出しが多い国際宇宙ステーションにおいて、
次世代は特に他国の負担も増やしたいところだ。
「…それゆえ、日本では宇宙船の設計・製造はしないから、
アメリカで造った物を売って欲しい。
そうすると貿易赤字を減らす事も出来るだろう。
そして、輸出用の宇宙船をセールスすれば、日本以外でも買う国が出るかもしれない。
規格や管制方法はアメリカに任せる。
どうだろう?」
大統領は考えた。
美味しい案だと分かっているが、それにあっさり食いつくのも芸が無い。
いい話だ、明日また話したいと言って別れた。
その晩、大統領はNASAの長官や関連企業のトップを呼んで、話した。
確かに面白い案だが、もっとアメリカ有利にしても良い。
その線でどんどん話が進み、首脳会談の席では骨子が決まっていた。
大統領から総理に
・販売はするが、半数はアメリカからの打ち上げとすること
・訓練の為にアメリカの施設も利用すること
・管制官にNASAの退官した職員を雇用すること
という条件、無論有料なのが追加された。
総理は笑顔でそれらを飲んだ。
そして、お互い議会を通そうと約束し、この決定は次回発表する事になった。
その握手から数分後、国際電話がJAXAに入ったのだった。
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「これは、独自技術を持って有人宇宙飛行をしたいという、うちの部門の方針に反します。
なんの為に基礎研究をして来たというんですか!」
役人でかつ理系の秋山はそう言った。
「だから、我々もそれは分かっている。
大体…」
「予算も無いし、人もいません。分かってますよね」
財務担当が口を挟んだ。
「そこで、見積もりを出して欲しい。
人をどれだけ増員させないといけないか、
顧問外国人を雇うのにかかる費用、
宇宙飛行士の育成費用、
1回のミッションにかかる費用、
衛星打ち上げで目いっぱいの種子島と内之浦に次ぐ宇宙センターの建築費用、
とにかく高くつくものを!
何もこの計画自体に異を唱えようって言うんじゃない。
急に決められても、対応出来ない以上、膨大な予算を請求し、
審議に時間がかかればかかる程良い、そういう事だ。
体制を作る時間さえ稼げれば、あとは何とか出来る。
正直、君の部門でなくて良い。
やるなら国産でやりたいからね。
アメリカ製有人宇宙飛行運用部門と宇宙ステーション補給機部門を併せて、
国際宇宙ステーション部門にした方が良いとも思う。
可能な限り、分割で年度跨いで作業するくらいのが欲しい。
もっとも、高過ぎて絶対無理、議会を通らないとなると
あの総理は官僚にはガツガツ突っ込んでくるから、
そこまではしないように」
秋山は、何気に無茶な要求投げられたなあ、と思いながらも、それに従った。
彼は見積もりを作ることにした。
(続く)
もう一個連載をしてますが、こっちもこっちで書きたかったので連載します。
こっちは緩ーーく、週1ペースくらいで更新しようかと思ってます。