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魔装御前  作者: 快速丸
9/16

2


一週間後


 桜木は、墜落した飛行機を見た日から、一歩も自宅から出ず、黒菜の観察を続けていた。

 照明を最低限にし、机に向かってパソコンを見つめる。

 伊達のスマホにハッキングし、黒菜の電話番号を盗み、その電話番号から、黒菜のマホーンにたどり着いた。

 黒菜のマホーンにハッキングした桜木は、黒菜がどのようにマホーンを操作するかをずっと観察していた。

 パソコン画面に、黒菜のマホーンの画面が映し出され、黒菜の操作がそのまま動画として送られてきているのだ。黒菜が見ている動画、ラインのトーク、ツイッター、漫画、全ての動きをリアルタイムで観察できた。それに加え、自分が仕掛けた盗聴器で、音声を確認する。

 それにより、黒菜が魔法を使っていることは、一目瞭然だった。

 黒菜の会話から推測するに、スマホを媒体として、魔法を使っていることは確実だった。

 しかし、パソコンに映る黒菜のマホーンには、全くそれらしきものがなかった。

 桜木は考えた。黒菜が使っているスマホには、黒菜にしか見えないアイコンがあるのではないかと。

 事実、明らかに黒菜はスマホを操作している会話をしているのに、スマホの画面が全く動かない時があったのだ。


「えっと、〇〇さん(アイドルの名前)の位置を検索っと。ああ、ここが自宅なんだぁ……へへへ……まあ、行く気はないけどねぇ」キモい。


 このような声である。普通のスマホに、人間の位置情報を検索する機能など無い。

 この声は、たしかにスマホを操作している時の声だと確信していた。なぜなら、盗聴器に入っているGPSは黒菜の自宅を示していたし、黒菜の家には、ほかにパソコンのような機器はないと、電波で確認済みだ。


「どうやったら見えるんだ?」桜木は独り言をつぶやいた。


 桜木は、科学と魔法を、同じものだと考えていた。科学力で、魔法を数学的な計算の元に操れると信じていた。

 現に、桜木は、幽霊が見えるというメガネを開発し、そのメガネでゴエモンを見た。そのメガネは波動や電波や幽霊を確認するために作ったものだが、効果はあった。


「波動が関係あるのか?」桜木は無意識にお湯の入ったコップを口に持っていった。


 ここでいう波動とは、心が生み出す力のことだ。

 有名なのは、水に対して、優しい言葉をかけたものと、汚い言葉をかけたもので、氷の結晶の形が変わるというものだ。

 優しい言葉をかけられた水は、綺麗な結晶を作り、汚い言葉をかけられた水の結晶は、ボロボロに崩れてしまう。

 心の力は確かに存在するのだ。

(後日、この実験は、信憑性が薄いと言われた。しかし、桜木はこれを、一般市民に心の力を信じさせたくない、権力者の情報操作と断定した)


※この物語はフィクションです


「でも、波動を測定する能力がスマホにはない」


 桜木は机に肘をつき、頬杖をつこうとした。その瞬間、タイマーが鳴った。3時間おきに鳴るタイマーだ。


「もう三時間たったのか……」桜木は立ち上がり、トイレに向かった。


 タイマーの役割は、桜木をトイレに行かせることだ。このタイマーがなければ、桜木はトイレに行くことなく研究を続けてしまい、研究が終わった頃には、椅子とその周りがひどいことになってしまうのだ。

 点滴とポットも研究中の桜木には欠かせない。研究に没頭するあまり、水分を取り忘れ、いつのまにか気絶し、気づいたら病院だったなんてこともあった。

 アメリカの大学(飛び級)で研究をしている時は良かった。子供だということもあり、まわりの人が世話を焼いてくれる。桜木の挙動がおかしくなってくると、「トイレに行きなさい」と研究を取り上げ、無理やりトイレに行かせてくれるのだ。

 オムツを履かせようとする奴までいた。桜木は、オムツは嫌だった。なんかゴワゴワするのが嫌なのだ。見た目の問題ではない。

 

 トイレから出た桜木は、やかんに水を入れ、お湯を沸かし始めた。ポットの中身が少なくなっていたのだ。桜木は、お湯が沸くまで、何も考えず、目を閉じた。

 やかんがピーっと鳴る。その瞬間、桜木は閃いた。天からの啓示かと思うほどの閃きだった。

 桜木は火を消し、やかんをそのままにして机に飛びついた。


「スマホが表示を変えてるんじゃない! 人間の脳に細工してるんだ!」


 桜木の考えはこうだ。

 スマホが、使う相手によって、魔法のボタンを表示したり消したりするのではなく、使っている人間が、なんらかの細工を受け、魔法のボタンを見ることができるようになる。

 その細工は、脳から発せられる電気信号にされているものではないか?

 なぜなら、魔法が人間に影響を与えるには、人間に元から備わっている機能を使うのが効率がいいからだ。わざわざスマホを改造して、魔法を見られるようになる機能を取り付けるのでは、効率が悪い。

 

「魔法に効率なんて概念があるかはわからないけど……」桜木は言いながら、マウスを操作した。


 昔、伊達から送られてきた動画を再生した。黒菜がいじめられている動画だ。


 その動画を解析し、黒菜の脳波を測定する。もちろん精度が悪い。そして、次に病院で会った黒菜の映像で、脳波を測定した。これも制度が悪い。

 映像から脳波を測定する技術は、桜木が開発したものだが、専用の撮影技術でないと、正確に測定できない弱点があった(米国では、刑務所に取り付けられ、暴動の予防に効果を発揮している)。

 桜木は、手のヒラを合わせ、その指先で、自らの顎を支え、考え込んだ。


「よし!」桜木は決意した。


 研究中に外に出るのは好きではないが、今回はしょうがない。桜木は、クローゼットを開け、中から、脳波測定機能のついたカメラを取り出した。テレビの撮影で使うようなデカブツで、かなり重い。桜木は、鼻から息を吹き出しながら、それを運んだ。

 冷蔵庫からショルダーバックを取り出し、カメラをその中に詰め、肩にかけた。冷蔵庫で冷やされたバッグが太ももにあたり、その冷たさに「ウヒャア!」と声が出た。

 バッグの紐が肩に食い込み、桜木はカメラの軽量化を考えた。しかし、今は魔法の研究が優先だ。桜木は早歩きで玄関に向かった。

 玄関のドアノブに手をかけた。その瞬間、ドアノブに貼ってある紙に目がいった。


 紙には『服、お風呂、財布、忘れないこと!』と書いてあった。伊達の字だ。


 桜木は今、全裸で、三週間お風呂に入っていない。もちろん財布なんて持ってない。身につけているのはショルダーバッグと眼鏡だけだ。

 桜木は研究に夢中になるあまり、考え事をしながら、服も風呂も忘れ、外出することが度々あった。それを見かねた伊達が、これを書いて、扉に貼り付けたのだ。


 桜木は恐る恐る、自分の脇あたりの匂いを嗅いでみた。


「臭! くっさ!」桜木は匂いを嗅いだ瞬間、顔をのけぞらせた。そして、再確認した。「クッセェ!」また顔をのけぞらせる。


 桜木はバッグを置き、バスルームに駆け込んだ。


 バスルームは追い炊きができる湯船もあるが、使ったことはない。シャワーを出しながら急いで体を洗う。石鹸は臭いの少ない固形石鹸だけだ。その石鹸を身体中に擦り付け、顔も髪もそれで洗った。

 身体中に石鹸の滑りがなくなったことを確認すると、桜木は脱衣所にあった、新しいバスタオルで、体をゴシゴシと乱暴に拭いた。

 そして、勢いよくバスルームを抜けると、バッグを肩にかけ、玄関の扉に目をやった。


『服、お風呂、財布、忘れないこと!』


 服と財布を忘れていた。

 桜木は冷蔵庫から服を出し、それを着て、財布をポケットに入れた(全て冷やされており、服が皮膚に当たるたび、『ウヒャア』と声がでた)。

 服、お風呂、財布、眼鏡、そして、脳波測定機能つきのカメラ。万全に整った桜木は玄関を出た。『鍵もしめること!』とは書いていなかったが、桜木は無意識のうちに鍵を閉めた。

 外に出て始めてわかったが、空は青暗く、夜明け直後だった。街並みの向こうから、太陽の気配が近づいている。


「五時くらいかな?」桜木はつぶやき、気づいた。「タクシー呼ぶの忘れてた」


 桜木は案外うっかり屋なのだ。スマホをポケットから取り出し、タクシーを呼んだ。アパートの敷地内で考え事をしながらタクシーを待った。空はじわじわと明るくなっていき、鳥たちのさえずりも聞こえ始めた。

 桜木は、シャワーを浴びたせいか、体があったまっていた。服の防寒性も手伝って、身体が自然な温さに包まれていった。

 自分の吐く白い吐息が、風に流されて行くのを見ながら、桜木は自分がどれだけ寝ていないのかを考えた。

 先程、スマホが表示した日付は十一月十八日だ。伊達の誕生日は十一月十一日、その日から一睡もしていない。一週間も寝ていなかった。

 桜木は、アパートの壁を背にして、座り込んだ。すると、桜木は、だんだんと眠くなっていった。眠ってはいけない、と思いながらも、桜木は目を開けていられず、眠ってしまった。



「お嬢ちゃん、大丈夫⁈」男の声が聞こえた。えらく慌てている声だった。


 桜木はその声に驚き、目を開けた。その瞬間、弾けるように立ち上がった。慌ててまわりを確認する。タクシーの運転手が目の前にいた。


「大丈夫かい? すごくうなされていたようだけど、どこか痛いのかい?」運転手は桜木を心配そうに見つめている。


 桜木は、呼吸が荒くなっており、身体中が痛みに覆われていた。桜木はゆっくり自分を抱きしめ、痛みが治まるのを待った。


「はあ……はあ……大丈夫です……」桜木は、しばらく身動きをやめ、呼吸が落ち着くのを待った。


 運転手はその様子を心配そうに見つめている。桜木は、大きく深呼吸をして、背筋を伸ばすと「タクシーを呼んだのは私です」と言った。

 運転手は、驚きながらも、桜木をタクシーに案内した。桜木は何事もなかったように、タクシーに乗り込み、行き先を告げた。


 タクシーは黒菜の家に着いた。


「駐車場に止めちゃってください」自分の家でもないのに、桜木は堂々と言った。運転手は言われた通り、黒菜の家の駐車場にタクシーを止めた。


 桜木は、尻ポケットから財布を取り出し、中から、一万円札をあるだけ取り出した。十万円くらいだろうか?


「ここで待っててください」

「いえ、もう一度乗るのなら、降りた時でよろしいですよ?」運転手は受け取ろうとしない。

「また乗れるかわからないから、受け取ってください。九時過ぎても帰って来なかったら、もう乗らないってことです」

「了解しました。でも、それなら一万円で十分お釣りがでますよ」運転手は九万円を返して来た。

「どうも……お釣りはいらないです」桜木はそれを受け取り、乱暴にコートのポケットに詰めた。


 桜木はバッグを肩にかけ、タクシーを降り、黒菜家の玄関前に歩いていった。玄関前に着いた桜木は、バッグの小さなポケットから鍵を取り出した。その鍵は、プラスチックの持ち手に、細い針金のようなものが先に付いているだけのものだ。プラスチック部分には、ボタンが二つ付いており、見た目には、車の鍵のようだった。

 桜木は、針金部分を鍵穴に挿し、ボタンを押した。

 すると、針金部分は、鍵穴の中で変形し、玄関の鍵型に変形した。変形終了の「ピーッ」という音が、鍵から小さく聞こえた。桜木は鍵を回した。

 玄関はガチャンと音を鳴らし、解錠した。

 この鍵は、鍵穴を分析し、それに合わせ、ナノマシンでできた針金部分が変形する。桜木が開発したものだ。物理的な要因で開けられる鍵なら、どんな鍵でも開いてしまう(鍵がでか過ぎて、ナノマシンの容量が足りない場合は別)。世界中のあらゆる諜報機関で使われているが、公表されていない。

 桜木は堂々と、自分の家に帰ってきた子供のように、黒菜の家に入っていった。


「ただいまー」桜木は言いながら、玄関の鍵を閉めた。


 桜木は玄関から家の中を観察した。フローリングの床には、台所、トイレ、バスルームに向かう通路以外は、よく観察しないとわからないほどの埃がたまっていた。一階の居間は使われていないことがわかった。

 そして、階段は、端に埃が寄っていた。真ん中は、黒菜が歩くから、埃がたまらないのだ。桜木は、黒菜の部屋は、二階だと断定した。そして、黒菜以外には、家族がいない事も、直感的にわかった。

 桜木は、靴を脱ぎ、階段を上っていった。

 音を出さないようにひっそりと歩いて……いるわけではない。ショルダーバッグが手すりにあたり、音を立てた。しかし、桜木はうろたえない。黒菜は、就寝中、この程度の物音では起きないとわかっていた。先日会った時に、性格を分析しておいたのだ。

 二階に上がると、階段の正面にトイレ、それに、階段から曲がった手前と奥に部屋があった。

 桜木は、直感で手前が黒菜の部屋だろうと判断した。事実その通りだった。桜木は直感を外した事が(ほとんど)ない。

 音を立てない努力もせず、桜木は部屋の扉を開けた。中に入り、いつもそうしているかのように、机にショルダーバッグを置いた。黒菜は、桜木の侵入に気づかず、寝息を立てている。

 バッグの中からカメラを取り出し、桜木はカメラを黒菜に向け、撮影開始のボタンを押した。カメラの液晶を覗き込み、うまく黒菜を撮影できていると判断した桜木は、椅子に座り、黒菜を観察した。


 閉められたカーテンの隙間から、朝日が漏れている。その明かりがカーペットに反射し、部屋を薄暗く照らしていた。

 黒菜は、半分以上布団に顔を埋めており、見えるのは目だけであった。髪は布団の中から、乱雑に飛び出している。

 ゴエモンの姿がない。

 桜木はそう思い、黒菜の布団をめくった。案の定、ゴエモンは黒菜に抱きしめられ、胸に顔を埋めていた。頭が腕に潰されている。

 桜木はそれを見て、眼鏡を外した。すると、ゴエモンは見えなくなり、黒菜は、胸の前で腕を交差させているだけに見えた。

 桜木は再度、眼鏡をかけた。そして、眼鏡のツルにある、スイッチを切り替えた。

 波動、赤外線、温度、電波、それらを見る機能を試した(この眼鏡は波動を見る機能がメイン)。結果、ゴエモンは、電波に少しの反応を示すものの、波動をみる機能でしか見えない事が分かった。幽霊が見える機能と同じだ。


「ふーん……」桜木は鼻から息を吹き出した。そして、眠っている黒菜に歩み寄った。


 そして、ゴエモンをつかみ、黒菜の腕からひったくった。


「ん? なんだ?」ゴエモンはぬいぐるみなので、眠っていても、表情は変わらない。しかし、今起きたようだ。


 ゴエモンの眼前に、ニッコリ笑った桜木がいた。


「な、なにぃ!」


 ゴエモンは、身を捩り、桜木の手を離れようとした。しかし、桜木は離さない。

 桜木は、ゴエモンの胴体と頭を掴み、思いっきり腕を広げた。ものすごく伸びた。


「いててて! 引っ張るなぁ!」

「うわ、伸びる、ゴムと餅の中間って感じ?」桜木は興味深そうな表情をした。


 ゴエモンの叫び声に、黒菜は目をこすりながら、唸り声をあげた。


「うぁーん……ゴエモン、うるさいよぉ。まだ朝でしょ? というか今日やすみじゃん……」黒菜はのっそりと起き上がり、伏し目がちにゴエモンの声がする方を見た。


 見慣れない服装の人間が立っていた。


 黒菜は、寝ぼけまなこでそれをかくにんし、数秒たってから、その異常性に気付いた。

 家には自分しかいないはず。いたとしても、母親か弟だ。目の前に立っている人間はそのどちらでもない。


「だ、誰⁈」黒菜は叫び、後ずさった。壁に背が当たる。寝ぼけていた目は、今パッチリと開いている。

「前紹介したじゃん。桜木だよ」桜木は自然な笑顔だ。

「な、な、な、なんでここに? どうやって入ったの?」

「鍵開いてたからついね……」桜木は嘘をついた。説明がめんどくさかったのだ。

「で、出てってよ! 不法進入だよ!」

「うん、知ってる。でもさぁ……」桜木はゴエモンを離した。ゴエモンは黒菜の胸に飛び込んだ。「飛行機を落とすのも犯罪だよね?」


「え? なんでそれ……」黒菜はそこまで言うと、口を塞いだ。

「『知ってるの?』って言おうとしたでしょ?」桜木は嬉しそうに顔を近づけてきた。黒菜はその勢いに驚き、顔を引き、後頭部を壁に打ち付けた。


 桜木は黒菜の疑問に快く、楽しそうに答えた。

 

「私の眼鏡はね、録画機能もついてるんだ! これであなたの手と、飛行機を撮影したの!」桜木は黒菜の手首を握り、手のひらを指差した。「その映像から、飛行機についている手形と、あなたの指紋を照合したの! そしたら、見事ぴったりだったわけ!」

「離して!」黒菜は桜木から手首を振りほどいた。

「まさか、墜落した後に触ったなんて言わないよね? 魔法でしょ? どんな魔法使ったの? おしえてよ!」

「しらない!」


 桜木は「うーん」と少し考えたのち、カーテンを開いた。


「教えてくれないの?」

「知らないもん!」

「ふーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん……」


 桜木は、カーテンをつかみ、開いた。朝日が入り込み、黒菜の目を潰した。黒菜はとっさに腕で顔を覆った。

「伊達の事、盗聴してたろ? いや、盗撮かな?」


 黒菜の表情が凍りついた。桜木はそれを見逃さなかった。


「伊達が、学校にカメラをしかけた時、黒沢さん、気づいてたよね? 学校に来て速攻で位置を確認してたもんね?」

「し、してない!」黒菜は膝を抱え、表情を読み取られないように、顔を埋めた。

「カメラを仕掛ける前日の、私と伊達の会話聞いてたんでしょ? だからカメラを仕掛けたって事がわかったんだ」

「き、聞いてない!」黒菜は、膝に顔を埋めたまま叫んだ。

「カメラには、あなたの唇も映ってたんだよ? 私が読唇できないと思った? 幻覚魔法とか、遠隔撮影魔法とか口に出してたでしょ? なにそれ、どうやってるの? 教えて!」桜木は、明るい声で、それでいて、黒菜を責めるような口調でまくしたてた。「伊達が幻覚見たり、異常な行動をした時は、大抵、黒沢さんが〇〇魔法開始って言った後なんだよねー? どうしてかな?」

「…………」黒菜は答えなかった。そして、目線をマホーンに移した。


 桜木は、その目線の先にスマホがあることに気づいた。


「ああ、これがヒントってわけ?」桜木はマホーンに手を伸ばした。

「違う!」黒菜は桜木の手よりも先にマホーンを取り、胸元に引き寄せた。両手でマホーンを包み込み、恐怖の表情を桜木に向けた。


 いきなり動いたからか、恐怖からか、黒菜の心臓は胸を突き破りそうなほど高鳴っていた。

 桜木は、スマホが魔法を使う鍵だということを、前々から推測していた。伊達が仕掛けたカメラに、スマホを操作している黒菜が映っており、その操作の後、黒菜は、なにかを期待する表情で伊達を見ていたからだ。

 今、黒菜のこの行動と声色で、推測は確信に変わった。


「ねぇ、黒沢さん。私に魔法を使うところ見せてよ。一回でいいからさ」

「ダメ!」

「あれぇ? ダメってことは、使えるけど、見せたくないってことだよね?」

「できないの!」黒菜は桜木に対する恐怖で、冷静さを失っていた。


 桜木は、ニッコリと笑い、ポケットの中から、ライターのようなものを取り出した。その道具の先には、金属の突起が二本あった。

 桜木は、黒菜の腕にその道具を当てた。

 

バチィッ!


 なにかが弾けるような音が鳴った


「うぎぃぃぃ!」黒菜が叫んだ。


 黒菜は全身の骨が弾け飛ぶような痛みに、体をのけぞらせた。痛みの余韻に震えながら体を確認する。外傷は全くない。いつのまにか、黒菜はベッドに倒れこみ、その四肢を意に反して真っ直ぐに伸ばしていた。


「あはは、これ、小型のスタンガンなんだ。効くでしょう? 魔法見せてくれる?」桜木は、スタンガンを指差し、笑っている。


 黒菜は、なぜ桜木がこんなことをするのか? なぜ、自分がこんな目に合わなくてはならないのか? 理解が追いつかず、頭が混乱して、言葉が出なかった。

 黒菜が答えあぐねていると、桜木は「ふう」とため息をつき、もう一度、スタンガンを黒菜に当てた。


「んぎいぃぃぃぁあぁぁぁぁ!!」


 黒菜は体を弾けさせた。就寝中に溜めた尿が股間から溢れ出し始めた。桜木は「早くしてよ」とそこらの虫を見るような目で黒菜を見、スタンガンを当て続けた。

 スタンガンを浴びている間は、体の自由が利かなかった。黒菜は桜木がスタンガンを離した瞬間に、ベッドの端にうずくまり、マホーンを操作し始めた。


「お? やっと見せてくれる気になったの? やった!」桜木は、無邪気な顔で、ぴょんと飛び跳ねた。

 

 黒菜は、自分が漏らしていることにも気づかず、マホーンを操作した。呼吸は吐き出すばかりで、吸うのを忘れている。意識を失いそうになりながらも、黒菜は、魔法を実行した。

 

 桜木は消えた。


 桜木は次の瞬間、伊達と黒菜が通う学校にいた。玄関の前だ。桜木は周りを見回した。

 今日は日曜のため、ほとんど人がいない。いるとしたら、部活をしている生徒ぐらいだ。グラウンドでは、陸上部が走っている。


「はあ、すごい……」桜木はやっと目にできた魔法に感動した。自分の頰にスタンガンを当てスイッチを入れる。バキィッという音とともに、桜木は弾けるように体を真っ直ぐにして倒れ込んだ。「あは! 夢じゃない!」

桜木は倒れたまま笑った。


 黒菜はさっきまで桜木がいた場所をにらみながら、荒く息をしていた。そして、部屋を見渡し、桜木がいない事を確認すると、大きく息を吸い、うつむいて、ため息を吐いた。

 うつむいた時に、自分の粗相が目に入った。薄黄色いシミが、ベッドの中心から自分の場所へ繋がっている。ベッドの上で漏らすなんて、寝小便をしたようで情けなかった。


「まるで寝小便だな……」ゴエモンが言った。「安心しろ、この部屋にあるお前の尿だけを、下水道に転送すれば良い」

「うん……」黒菜は桜木への恐怖の余韻で、話す言葉が思いつかなかった。


 黒菜はゴエモンに言われるがまま、自分の尿を下水道に転送した。みるみるうちにパジャマは乾き、ベッドのシミは消えていった。

 黒菜は自分の股間をさりげなく触れ、濡れてないことを確認した。そして、なんとなしに自分の机に目をやった。大きなカメラがあった。


「ゴエモン、なにあれ?」黒菜は嫌な予感がした。


 ゴエモンは、確認するため、カメラをあらゆる方向から見た。


「カメラだ」

「これも飛ばす!」黒菜は慌ててマホーンを操作し始めた。

「待て、その前に破壊しろ。撮影記録が残ってる」


 黒菜は操作をやめ、ゴエモンの言う通り、カメラを破壊することにした。機械を操作する魔法で、カメラを自爆させる。といっても、本当に爆発させるわけではなく、中の記録媒体や、レンズを焼き切っただけだ。


「これでもう、このカメラは使えないよ」覇気のない声で黒菜は言った。

「よし、転送しろ」


 黒菜はマホーンを操作し、カメラを転送した。


 学校にいる桜木は、倒れた状態から、起き上がろうとしていた。頭の近くにスタンガンを当てたのと、体が弱いのも影響し、黒菜よりもダメージがひどかったのだ(緊急防衛魔法を持っていないという理由もある)。

 やっとの思いで上半身を起こした桜木の目の前に、カメラが転送されてきた。

 桜木はそれを見ると「おお!」と感動し、下半身を引きづりながら、カメラに近づいた。

 カメラのそばで、あひる座りをしながら、桜木はカメラを調べた。スイッチを入れたり、液晶を触ったりした。壊されていることはなんとなく直感でわかっていた。それを確認しただけだった。

 

「ふん。まあ良いか。撮影したデータはスマホに自動転送されてるし……」桜木は自分のスマホを取り出し、動画のデータが、間違いなく転送されていることを確認した。


 その時、桜木の頭上に、空のショルダーバッグが転送されてきた。ショルダーバッグは、その口をおおきくあけ、桜木の頭に食らいついた。カメラが入っていたショルダーバッグだった。

 桜木は、バッグから頭を抜き、カメラをバッグに入れた。正直言って、持ち帰らなくても良いレベルのカメラだったが、中には小型化に使えそうな部品もあり、いちいち海外から取り寄せるのも面倒なので、持ち帰ることにした。カメラは重いが、タクシーを呼べば楽だ。

 桜木は、早く映像を分析したくて仕方がなかった。スマホでタクシーを呼び、待つ間も、ウズウズし、撮影された動画を確認した。

 壊されたカメラから転送された動画、そして、眼鏡で撮影した動画、それは両方、スマホにリアルタイムで転送されており、タクシーを待つ間にも見ることができた。

 しかし、桜木の目には、脳波を分析する機能はない。早く家に帰って、パソコンにデータを突っ込みたかった。

 桜木は校門の前で、カメラのデータの中身を推測しながら、タクシーを待った。目はどこにも焦点が合っていない。自分の脳内をみているのだ。中学の校門の前で、ショルダーバッグを持った小学生(男子)が、虚ろな目をしているようにしか見えなかった。



 一方、黒菜は自室にこもり、ベッドの上で膝を抱え、桜木への恐怖の余韻に体を震わせていた。

 桜木に対して、嫌な予感は感じていたが、まさか、家に進入した挙句、スタンガンで攻撃されるとは思っていなかったのだ。


「うぅぅ……どうしよう。どうしよう……」

「全く、まさかここまでやるとはな……。流石の俺も、意外だったぜ」ゴエモンはぬいぐるみなので、表情がわからない。

「桜木さん、絶対おかしいよ。どうすれば良いの?」黒菜は膝の隙間からゴエモンをみた。

「いや、どうすれば良いって……何をどうしたいんだ?」

「また桜木さんが来たらどうすれば良いの?

「緊急防衛魔法があるから、またあんなことはない……。いや、黒菜、緊急防衛魔法はどうした? まさか解除したわけじゃないよな?」

「解除してないよ。というか操作さえしてないよ」

「確認してみろ。緊急防衛魔法があれば、スタンガンなんて効かないはずなんだ」


 黒菜は言われた通り、マホーンを操作し、緊急防衛魔法のボタンをみた。


「有効になってるよ?」

「おい、まじか?」ゴエモンは言いながら、マホーンを覗き込んだ。緊急防衛魔法はたしかに有効になっている。

「なんで? ねえゴエモン、なんで?」黒菜の声は焦りに染まっている。

「まずいな。あの桜木ってやつ、ただのマッドサイエンティストじゃねえ……ハイヤーサイエンスにも通じている可能性があるぞ」

「ハイヤーサイエンス? なにそれ、わけわかんないこと言わないでよぉ」黒菜は、意味のわからない言葉を、全て恐ろしいと感じてしまっていた。落ち着きがなくなっているのだ。

「緊急防衛魔法で防げるのは、三次元世界の被害と攻撃だけだ。四次元世界や、五次元世界の攻撃は防げない」

「わかんない! なんで防げないのぉ?」黒菜は泣きそうだ。

「ええい、落ち着け! 簡単にいうと、緊急防衛魔法は、魔法の攻撃は防げないってことだ。あの、桜木の持っていたスタンガンは、一部だが、魔法に似た力を帯びていたんだ!」

「桜木さんは魔法を使えるの?」黒菜の顔が絶望に染まった。

「魔法に似た力だ、勘違いするな。魔法がスマホに影響を及ぼせるように、科学も天才が扱えば、魔法に影響を及ぼせる」そして、ゴエモンは決め台詞を言った。「安心しろ! お前の身の安全は保障されている。マホーンの契約書読んだか? 緊急防衛魔法を使用している人間は、死んでも生き返らせることができる。絶対死ぬことはないけどな!」

「でも、スタンガン効いたじゃん!」黒菜は涙を流している。

「安心しろ! 前例がないわけじゃない!」

「え?」

「言っただろ? 霊能力者とかには、俺の姿がが見えてしまうことがあるって。似たような話で、霊能力の攻撃……まあ、呪いとかだな。それらは緊急防衛魔法で防げないこともある」

「あの、防げないこともあるじゃ困るんだけど……」

「魔法をなんだと思ってんだ。そのくらい対応できるさ。魔法を防ぐ魔法もある。それで、あのスタンガンとか呪いは効かなくなる」

「それ早く行ってよぉ……」

「事例が少ないからな、事前には言えん。でも、もう大丈夫だ。魔法防御アプリをダウンロードしろ、それであのスタンガンとか、霊的な攻撃は効かなくなる。魔法は威力にもよるが……」


 黒菜は、ゴエモンに言われるがまま、魔法防御アプリをダウンロードした。『魔法防御を有効にしますか?』とスマホ表示された。


「これ、『はい』を押せばいいんだよね?」

「ああ」

「これでもう、桜木さんの武器は効かないの?」

「そうだな……三次元の攻撃も防いで、魔法的な攻撃も防いだんだ。もう、お前を傷つけられる攻撃は、精神攻撃くらいだ」

「ちょっとぉ……効くのあるんじゃん」

「流石にそこまでは面倒見切れないぞ、精神攻撃ってのは、お前の健康状態とか考え方によってダメージが違うからな。ただ、なんの感情も感じなくなる魔法はある」

「ああ、そうか……」


 黒菜は、少し不満そうにマホーンを見つめ、静止していた。脳内でいまあったことを整理しているのだ。そして、しばらく考え込んだ後、自分がしでかした事を思い出した。


「そうだ。魔法を使えることばれちゃったんだ」黒菜は目と口をおっ広げて、ゴエモンに顔を向けた。

「はは、確かに。正確には、バラしたんだけどな」

「どうするの? 記憶を消さないと」

「記憶を消す魔法は、魔装推進委員会の許可が必要だ。お前の独断でやっていいことじゃない」

「じゃあどうするの? 私が伊達さんにしたこと、桜木さんにバレちゃったんだよ?」

「ああ、伊達にバラされる心配をしているのか……」


 黒菜はそれを聞くと、バツが悪そうにうつむいた。


「その解決法は簡単だ。自分からバラせばいいんだ」

「え? 何言ってんの?」

「言葉どおりだが?」

「伊達さんに、魔法を使って仕返ししましたっていうの? 魔法の存在がバレちゃうじゃん!」

「魔装推進委員会は、魔法を隠したいわけじゃないぜ? なにせ、推進委員会だからな」

「え? 何? じゃあ、いろんな人に公開しろっての?」

「違う。魔法を使うべき人間は選ぶってことだ。黒菜は選ばれた人間だ。喜べ」

「ま、まあ、選ばれたのは嬉しいけどさ……」

「伊達に全ての魔法を使う許可は下りないと思うが、一部なら降りる可能性がある。これはお前にとっても有益な話だ。せっかく友達ができたんだしな」

「どういう事?」


 ゴエモンは説明を始めた。黒菜はその一部しか理解できなかったが、自分がするべき事は理解できた。


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