表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔装御前  作者: 快速丸
7/16

7


 黒菜は、ベッドで寝転がりながら、録画した飛行機の墜落を見ていた。あらゆる視点から撮影していたので、あらゆる視点から伊達の被害を見る事が出来た。その中でも、一番のお気に入りは、キッチンを見渡す視点だった。伊達が鉄板の上に乗ったとき、なぜか伊達はソーサーを握ったままだったのだ。「あっつー!」と言って、手を振り上げたとき、やっとソーサーをおとした。

 黒菜はその映像を笑いながら見ていた。しかし、執事や、メイド、シェフたちも怪我をしたので、それは気に入らなかったらしく、彼らの怪我は、その場で魔法を使い、治した。


「緊急防衛魔法が発動したのは、飛行機に惹かれた時と、爆発した時だな。あと、執事が羽に当たった時も、発動してるぜ」ゴエモンは映像を見て解説した。

「ふーん……まあ、なんとなくわかるよ。絶対死ぬもんね、あれは」

「爆発の威力が大したことなければ、大火傷を負わせることが出来たのに、残念だな」

「いや、別にいいよ。伊達の家に大打撃を与えたことは確かだし、伊達の顔がボロボロになったら、あとで治そうと思ってたし……」

「へえ、そうなのか?」ゴエモンは意外そうに黒菜の顔を見た。

「そうだよ。私は伊達の人生をめちゃくちゃにしたいわけじゃないからね」

「ほう、そうだったのか? ほかのやつらは、体に障害が残るほど痛めつけたのにか?」

「不可抗力だよ。それに、気が済んだら治してやるつもりだし」

「お前は優しいっちゃ優しいな……。ほとんどの場合、魔法を手に入れた子の、いじめの復讐は、大体相手の人生をめちゃくちゃにしてるぞ?」

「私は、それで幸せになれるとは思えないんだよ」


 黒菜はそう言いながら、起き上がった。ベッドの端に座り、横にいるゴエモンに顔を向けた。


「じゃあ、明日は決着の日だから、ゴエモン。教えて欲しいことがあるんだけど」黒菜は、マホーンを指差しながら言った。

「え? 今日で決着じゃなかったのか?」

「大事なのは、仕返しをした後始末でしょ? 伊達は犯人が私だって感づいてるんだから!」

「そうだな。で、何が聞きたいんだ?」


 その日、黒菜はなかなか眠らなかった。後始末の作戦とやらの準備を整えるまで、ゴエモンと話をし、マホーンを操作していた。準備が整っても、興奮が冷めないのか、うまく眠れず、ベッドの中で転がり続けた(ゴエモンはそれに轢かれた)。やっと眠れたのは、午前三時を過ぎたあたりだった。



 次の日、黒菜は寝坊した。と言っても、日曜日なので、学校に遅れることはない。

 昼前に起きた黒菜は、肌寒い気温にベッドからなかなか出られず、トイレに行きたくなって、やっと布団をめくった。


「おはよう黒菜!」元気のいいゴエモンの声が、黒菜の耳を襲った。

「おはよう……」黒菜は目をこすりながら、挨拶を返した。


 朝の黒菜は、誰とも話したくないタイプだった。脳が目覚めていないため、話をするのが億劫なのだ。黒菜は、必要最低限だけ目を開け、トロトロと階段を降り、トイレに向かった。

 そして、顔を洗い、少しだけ目がさめると、台所に向かった。テーブルの上の食パンを二枚出し、オーブンに突っ込んだ。そして、焼いてる合間に、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、コップに注いだ。

 冷蔵庫を開けたまま、オレンジジュースを半分ほど飲むと、黒菜は一息つき、バターを探した。


「バターが無い、買って来なきゃ」

「マホーンの出番か?」


 いつの間にか後ろにいたゴエモンに、黒菜は声をあげて驚いた。


「いるならいるって言ってよ!」

「ここにいるぜ!」ゴエモンは決めポーズをする。

「わかっとるわ!

「でも、目ぇ冷めただろう?」

「はいはい、ありがとう」そう言いながら、黒菜は冷蔵庫を閉めた。


 黒菜は、コップをテーブルに置き、その中にオレンジジュースを足した。今度は、オレンジジュースの紙パックが空になるまで入れた。

 黒菜は空になった紙パックを丁寧に折りたたみ、ゴミ箱に入れた。


「バターは買わないのか?」

「買うよー、マホーンよ来い!」黒菜がそう言うと、マホーンが手元にあらわれた。


 黒菜はマホーンを操作し、近所のスーパーから、バターと、果物の詰め合わせを取り寄せた。テーブルの上に、商品が瞬間移動する。レジ袋を拒否して、資源節約だ。

 バターはいつものネオソフトだ(つまりバターでは無い)。果物の詰め合わせは、取手のついたカゴに入っており、上部を透明なフィルムで覆われていた。


「お、果物か、珍しいな。剥くのがめんどいからっていつもは買わないだろ」ゴエモンが果物の詰め合わせをまじまじとみつめる。

「私が剥くわけじゃ無いからね」

「じゃあ、魔法で剥くのか?」

「果物を剥く魔法なんてあるんだぁ」


 黒菜がそう言った時、オーブンがチンっと音を立てた。パンが焼けたのだ。

 果物を剥く魔法の詳細を、言おうとしていたゴエモンを無視して、黒菜は皿を持ち、オーブンを開けた。

 椅子に座りなおした黒菜は、嬉しそうに、パンにバター的なものをたっぷり塗り、美味しそうに食べた。

 ゴエモンはそれを一口もらった。


 伊達は、入院していた。木製の棚とテレビと電子レンジがある個室で、伊達は包帯を巻かれた手をジッと見つめていた。静寂が部屋の中を支配している。まだ手のひらが燃えるように痛い。しかし、使えないほどではなかった。痛みに耐えながら、ベッド横の棚に置いてあるスマホをとった。

 スマホにはヒビが入っており、スイッチを押しても、全く反応がなかった。

 真っ暗な画面に、ギプスのはられた顔が映った。鼻を固定するためのものだ。伊達は、ギプスの上から鼻をさすった。ちゃんと元に戻るか心配しているのだ。

 伊達は今、両親が韓国にいると思っていた。そして、飛行機が自宅に突っ込んだことは、誰かが連絡しているだろうと……、自分の無事を伝えるとともに、両親と話をしたかった。そして、仕事の邪魔にならないように、「お見舞いには来なくていい」と言おうと思っていた。本当は来て欲しかったが、仕事の邪魔をしてはいけないと思っていた。

 まさか、自宅に突っ込んできた飛行機に、両親が乗っているなんて夢にも思わないだろう。

 伊達は、ため息をつき、スマホを棚に戻した。


 その後、伊達は、回診に来た医師に説明を受けた。伊達は手にやけどを負ったものの、鼻以外は軽傷と判断された。医者が言うには奇跡らしい。実際には魔法なのだが、事情を知らない人にとって、奇跡と見えるのはしょうがない。

 医師の話が終わり、伊達は暇になった。入院するのは初めてなので、病院の中を把握するため、探索をしようとした。患者服を着て廊下を歩くのは、いささか抵抗がある。執事に電話をかけ、私服を持ってきてもらおうと思ったが、彼も事故に巻き込まれている事を思い出し、それはやめておいた。伊達は患者服のまま歩く事を決意した。

 決意が終わると、今度は、他人に整えていない髪を見られるのが嫌になった。看護師に最低限の道具を借り、髪をまとめた。これで一応は、いつものポニーテールにできた。


 伊達は病院内を歩き出した。トイレの場所や、自販機の場所、談話室、売店の場所、全てを頭に入れた。周りの事を、ある程度把握しておかないと、落ち着かないのだ。

 談話室には、テレビがあり、本棚がある(中には漫画)。そして、テーブル席と、柔らかそうなロビーチェアもあった。人はまばらだ。暇をつぶすには最適な場所だった。私物をほとんど持っていない伊達は、談話室で過ごすことに決めた。

 伊達は普段、テレビはほとんど見ずに、小説や、ビジネス書、参考書などの本を読む人間だった。特に小説はよく読む。しかし、ここには小説的なものはなかった。代わりにと言ってはなんだが、どこかで見たような漫画があった。


『死神探偵ドクロ御前』だ。三巻まである。


「この漫画、確か黒沢さんが……」この漫画のグッズを髪につけていた。

 

 伊達は、その漫画を読み始めた。ロビーチェアに座り、背筋をピンと伸ばし、授業を受けているような姿勢で読んだ。

 しばらく経つと、伊達はその漫画に夢中になった。こんな面白いものがこの世にあったなんて! と言う衝撃だった。読んでいる間はずっと夢の中で、ページをめくる手の痛みなど気にならず、三巻全て読み終えるのに、十秒とかからない面白さだった(もちろん体感で)。ここには三巻までしか無い。伊達は、退院したら……いや、退院する前でも、病院を抜け出して買いに……。

 伊達はそんな事を考えながら、漫画を棚に戻した。そして、もしかしたら、ほかの漫画もこのくらい面白いのかと思い、ほかの漫画も読んでみた。しかし、ドクロ御前に比べると、ぬるい内容で、ページをめくるたび、手が痛んだ。まさに「読んでいる」というだけなのだ。


 伊達は、また暇になってしまった。一番最初にドクロ御前を読まなければ、ほかの漫画も楽しめたかもしれないが、ドクロ御前の後では、何も読む気がせず、全て一巻を流し読みするだけで終わってしまったのだ。

 椅子にもたれかかり、伊達は天井に向かってため息をついた。


「伊達さん?」横から声がした。


 伊達は一瞬で姿勢を正し、その声の方を向いた。黒沢黒菜がそこにいた。黒菜の私服は、地味な茶色のコートに、黒のスキニージーンズだ。


 黒菜は片手に大きな紙袋、もう片手にフルーツの詰め合わせを持っていた。肩にショルダーバッグをかけている。伊達は、それを一瞥した後、黒菜から目をそらし、立ち上がった。


「ど、どういうつもりですの? お見舞いのつもり? 私があなたにした事、わかってるでしょ?」伊達は腕を組み、そっぽを向いたまま早口で喋った。

「お見舞いだよ。今日はチャンスかと思って」黒菜は微笑み、話した。


 チャンスと言う言葉に、伊達は心臓が高鳴った。復讐のチャンスだとでも思ったのだろう。まあ、復讐のチャンスなんて、黒菜にとっては今でなくても、いつでもあるのだけれど。


「私、本当は伊達さんに憧れてたんだよ?」黒菜のこの言葉は、嘘ではなかった。


 伊達は、恐る恐る、黒菜の顔に目を向けた。黒菜の顔には、憎しみの感情があるようには見えなかった。黒菜は言葉を続けた。


「私、本当は伊達さんと友達になりたかったんだ……」


 伊達は、腕組みを解き、体を黒菜に向けた。


 しばらく沈黙が流れた。


 伊達は、なにかを探っているように、黒菜の全身を見ている。


「あ、あなた……バカじゃ無いの?」伊達は黒菜の目を見て言った。

「バカかもね。でも、嘘じゃ無いよ」本当に嘘じゃなかった。

「その……あなたはそれでいいの? 仕返ししたく無いの? 私は……」伊達の言葉には、自分を責めるような感情が含まれていた。

「仕返しなら、十分したからいいよ」黒菜は笑顔だ。

「え?」伊達の表情が曇る。最近の異変はやはり黒菜のせいなんだろう。伊達はほぼ確信した。

「もう、仕返ししなきゃならないことは何も無いよね? これからも……」黒菜は、渾身の笑顔を伊達に押し付けた。脅しに近い笑顔だ。


 伊達は少し考えてから、ため息をつき、言った。手は前で組み、落ち着きなく揉み手をしている。痛くないのだろうか?


「そ、そうですわね……。今までのことは謝りますわ。その、もし許してくれるのなら……」伊達は、しばらく目を泳がせ、最後に黒菜の目をしっかり見て、言った。「……ごめんなさい」


 黒菜はそれを聞いて、思いもがけず涙が出た。自分でもよくわからない感情だった。自分の感情に驚き、うつむき、目をこすった。そして、言った。


「ありがとう、伊達さん。やっぱり伊達さんは他の人とは違うね……」

「なんでお礼なんか……黒沢さんはおかしいですわ」伊達も涙を流していた。


 ふたりはしばらく黙り、うつむいていた。しかし、全く違和感がなかった。時間が流れるべくして流れ、静寂は二人の心を穏やかに溶かしていった。


 不意に黒菜は思い出した。


「あ、伊達さん。これ、お見舞いの品」黒菜は、紙袋と、果物の詰め合わせを差し出した。

「ありがとうございます。あと、これはなんなんですの? 本のようですけど……」伊達は受け取った紙袋を覗きながら言った。

「あ、それは貸すだけだからね。漫画だよ。病院は暇かと思って」

「漫画ですの?」

「うん。『死神探偵ドクロ御前』(布教用)全巻。まだ終わってないから、あるだけ……」

「え!」伊達は驚いた。

「え?」黒菜は伊達の声に驚いた。「ドクロ御前、嫌いだった?」

「いえ、違いますの……。ちょうど、読みたいと思っていたところでしたので、まさかこんなちょうどよく……」


 伊達の言葉に、黒菜は安心した。


「伊達さん、読んだことあるの?」

「いえ、さっきそこの本棚にあるものを読んで、続きが気になってましたの」伊達は本棚に顔を向ける。

「あ、あれか」黒菜もその本棚を見る。「3巻までしか無いね。これからもっと面白くなるよ!」黒菜の笑顔が満開になった。

「そうなんですの? 楽しみですわ」伊達も黒菜の笑顔に応えた。


 二人は笑い合い、伊達は、黒菜を自分の部屋へと誘った。黒菜はその誘いに応えようとした。しかし、伊達が誘った先に、ある人物の姿を見て、考えを変えた。

 廊下の曲がり角から、一組の夫婦が姿を表した。夫婦は二人とも患者服だ。看護師が二人を案内している。


「伊達さん。やっぱり、私帰るよ……邪魔すると悪いから」

「黒沢さん。邪魔なんてことは……」


 黒菜は、伊達の言葉を遮り、廊下の先にいる夫婦を指差した。伊達は黒菜が指差す先を見た。そして、息を飲んだ。

 伊達は、その夫婦から目を離さず、ゆっくりと歩いていった。黒菜からもらったお見舞いの品は持ったままだ。その夫婦が歩くのを見つめながら、伊達は近づいていった。


 ふと、その夫婦と目があった。


 その夫婦は伊達に気づき、伊達も、その夫婦の顔を確認した。


「麻紀!」夫婦が叫んだ。

「お父様、お母様!」三人は同時に声を上げた。


 伊達は走りだし、黒菜にもらった品を持ったまま、両親に抱きついた。伊達の手は両親の脇腹に食い込み、走った勢いで振り子になったドクロ御前全巻が、伊達父の股間にあたり、 伊達父は悶絶した。


「麻紀、無事だったのね!」

「無事でしたわ!」

「お父さんは今緊急事態だぞ……」伊達父は股間を抑えながら唸った。


 抱きつき状態から離れ、三人は手をにぎりあったまま、目をあわせた。伊達は手の痛みなど、感じていないようだった。


「二人こそなんでここに?」

「私たちの乗った飛行機が墜落したのよ。自宅にね……」

「え? じゃあ、うちに墜落したのって……」

「そうだ。私たちの飛行機だよ」伊達父は無理やり笑顔を作り、言った。

「でも、麻紀が無事でよかったわ……」伊達母は、再度伊達を抱きしめた。

「奇跡的に、私たち以外のけが人はいないらしい。本当に奇跡だよ。もちろん、私たちも大した怪我はない。今ちょっと激痛があるが……」伊達父は腰のあたりをトントンと叩いている。


 伊達父も、伊達母も、頭や腕に包帯を巻いてはいるが、命に別状はないようだ。大事故だったので、とりあえず入院していただけだ。この後精密検査があったが、その検査でも、異常なしだった。


「もしかしたら、神様が麻紀をかまってやれって言ってるのかもな……」伊達父は笑顔を伊達に向ける。

「そうよ、大事故だったんだから、仕事は休めるわ!」伊達母は夫の二の腕を軽く叩いた。

「二、三日病院で療養だな。いや、麻紀が退院するまで私はここにいるぞ!」伊達父は高らかに宣言した。


 伊達はそれを聞くと、満面の笑顔になり、伊達父に抱きついた。いつも大人びた伊達からは想像できない、無邪気な、子供のような笑顔だった。

 黒菜はそれを見て「よかったね」と言い。その場を後にした。ゴエモンはロビーチェアに寝っ転がり、テレビを見ている。

 ゴエモンは黒菜が帰ろうとしているのに気づき、黒菜の方へゆっくり飛び始めた。目指すは、黒菜の頭の上。廊下をいく黒菜の背中に迫り、その頭にダイヴしようとした、その瞬間。


 ゴエモンは急に引き止められた。誰かに掴まれたのだ。


 黒菜は目の前を歩いている。黒菜に掴まれたわけではない。掴んだ主は、ゴエモンを目の前に引き寄せ、ひっくり返し、裏返し、潰したり、雑巾を絞るようにひねったりした。ゴエモンは痛くないながらも、乱暴な扱いに「やめろ、ちぎれるー!」と叫んだ。

 その声に黒菜は振り返った。ゴエモンが少年に捕まっているのが見えた。


「ああ、待って、そのぬいぐるみ私のなの」黒菜は少年に駆け寄った。


 黒菜が声をかけると、少年は黒菜を見て、ゴエモンを解放した。ゴエモンは急いで黒菜の方に飛んで、頭にしがみついた。


 少年は、黒菜よりも背が小さい。自分の身長から計算し、少年の身長を140センチくらいと考えた。黒縁のメガネをかけており、髪はショートヘアで、おでこが見えるほど、前髪が短い。そのおでこの左側に、三センチくらいの傷跡があった。二度と消えない傷だろう。

 体格に合わない、大きめの黒いパーカーを着ており、ズボンもゆったりとしたジーンズだ。余った裾を折り曲げている。体に合わない大きな服を着ているせいか、実際よりも小さく見えた。だらんと下げた袖の先からは、指しか出てない。兄のお下がりを着せられている少年と言った感じだ。そばにあるキャリーケースは、多分その少年のものだろう。

 メガネを通してみるゴエモン。メガネを通さず見るゴエモン。その違いを確認するかのように、少年はメガネを上げ下げし、ゴエモンを見た。

 そして、ゴエモンを指差し、言った。


「黒沢さん、そのぬいぐるみ、どこで買ったの?」

「え? これは、その……もらったの!」魔法装備を契約した時に、おまけで付いてきたなんて、口が裂けても言えなかった。

「いいなあ、欲しいなぁ……」少年はゴエモンに触りたそうに手をひらひらさせている。


 黒菜は「ゴエモンが欲しい」という少年の言葉を、笑顔でごまかした。「自殺するときに、運が良ければ、魔法の契約メールが来るかもよ」とでも言えというのだろうか?

 そして、ふと、違和感に気づいた。


「あれ、なんで私の名前知ってるの?」

「知ってるよ。伊達さんの友達でしょ? 見たことあるもん。あ、そうだ……」


 少年はそばにあったキャリーケースを床に倒し、開けた。その中には、アメリカで買ったお菓子だろうか? 名前が英語で描かれており、健康に悪そうな、けばけばしい色の袋が詰め込まれていた。

 少年はその袋を、目一杯広げた両手で、掴めるだけ掴み、黒菜に差し出した。


「はい、アメリカ土産だよ! 基本的に味濃いけど、まずいのもあるけど、日本では食べられないものだから!」

「あ、ありがとう」黒菜はうろたえながらも、そのお菓子を受け取り、あわててショルダーバッグに詰め込んだ。「あ、あの、それで……私の名前、どこで聞いたの?」


 少年は不思議そうな顔で黒菜を見た。キャリーケースを閉じ、立て直しながら、自分も立ち上がり、言った。

 

「私の自己紹介がまだだったね。私、『桜木志十菜(さくらぎしとな』っていうんだ」


 黒菜の心臓が弾けた。唾をごくんと飲み込み、黒菜は次の言葉を口にしようとした。しかし、何を言っていいかわからない。『桜木志十菜』という名前に、頭が混乱したのだ。


「黒沢さん、私の事を男だと思っているみたいだから言っとくけど、私一応女だよ。あと、同い年だから」

「え?」


 黒菜は驚いた。桜木が女子だという事に驚いたのではない。自分の勘違いを見透かされた事に驚いたのだ。

 ただ単純に『自分が男子に間違われることが多いとか、年下に見られることが多いから、とりあえず言っておいた』というのも考えられるが、黒菜はそうではなく、自分の考えが見透かされていると解釈した。


「黒沢さん、なんで私があなたの顔を知っているか、わかるでしょ? 聞いてたもんね?」


 黒菜はそう言われ、桜木から目をそらし、床を見つめた。マホーンで伊達と桜木の会話を盗み聞きしていたことが、頭の中に浮かんできた。

 黒菜は、真っ直ぐ桜木を見つめ、詰まっていた喉を破裂させるように声を出した「し、知らない!」

「そうなんだ……」間髪入れず、桜木は返事をした。


 桜木は黒菜の目を、メガネの内側から真っ直ぐに見ていた。口は微笑んでいるが、目は鋭い。その視線は、冷たい刃を黒菜の心に突き立てた。

 黒菜は凍りついた。桜木の目は、全てを見透かすように輝いている。


「じゃあ、説明してあげるけど、伊達さんから、動画もらったんだよね。学校であなたと、伊達さんが遊んでるところ。あまり楽しそうじゃなかったから、私は加わらなかったけど……」

「……そ、そう……」黒菜は無意識で返事をした。


 桜木は黒菜に歩み寄り、キスができるほど、顔を近づけた。黒菜は、後ずさった。


「でも、今は随分楽しそうなことをしているなって思って、帰ってきたんだ」


 桜木は、新しいおもちゃを買ってもらった子供のように、無邪気な笑顔で言った。そして、笑いながら、踵を返し、歩いていった。

 そして、思い出したように振り返り「あ、またね黒沢さん。今度は一緒に遊ぼうね!」と言い、桜木は大げさに手を振った。

 桜木はなかなか去っていかない。あまりに大げさに、しつこく手を振るので、黒菜は自分が振り返すまで、手を振るのをやめないものだと思い、手を振り返した。その通りだったようで、桜木は、黒菜が手を振り返すと、満足したように去っていった。

 黒菜は、桜木が、無邪気な子なのか、恐ろしい子なのか、わからなくなった。しかし、やはり怖い感情の方が強かった。

 桜木はキャリーケースを置いたままだった。黒菜は、桜木がケースを忘れているのではないかと思った。しかし、キャリーケースはひとりでに動き始め、桜木の後を「待ってぇー」と言わんばかりについていった。自動で追尾する機能があるようだ(桜木が作ったのだろうか?)。


 黒菜は、角を曲がるまで桜木を見つめていた。彼女(だったよね?)の姿が見えなくなってしばらく経つと、正気を取り戻した。


「ゴエモン、大丈夫だった?」

「いや、全然大丈夫だ。でも、あいつは危険だぜ」

「やっぱりそう思う?」黒菜は、病院を出るために、エレベーターに向かった。「なんていうか、全部見透かされそうな感じがするんだけど……」

「ああ、あいつは普通と違う。どうやってるのか分からんが、俺のことが見えてたからな」


 黒菜は、アッと声をあげ、立ち止まった。


「そういえばそうじゃん! ゴエモンは他の人には見えないって言ってたのに、どういうこと?」

「分からんが……人間の中に霊能力者っているだろ? たまに、そういうやつらに見えてしまうことがあるから、それかもな」

「そうなんだ……桜木さんはもしかしたら、霊能力者?」

「それも考えに入れておくべきだぜ。まあ、魔法に勝てるとは思えんが」

「今度からは気をつけて魔法を使わなくちゃ。まあ、復讐も終わったし、伊達さんに魔法をかけることはほとんどないと思うから、大丈夫かな?」

「安心しろ、ちゃんと身の安全は保証されている。お前に危害が及ぶことはないぜ」


 ゴエモンの「安心しろ」が出た。


 黒菜も、桜木がどれだけすごくて、天才でも、超能力者でも、霊能力者でも、魔法に勝つ方法なんてないと思い、少しだけ気が楽になった。もちろん、天才の考えなんて、黒菜には分からない。黒菜は天才を甘く見ていた。

 黒菜は病院を抜け、帰路に着いた。今日は桜木の登場もあり、疲れたので、テレポートで帰ることにした。一瞬で自宅に着き、着替えをし、テレビを見始めた。


「ここから車で30分はかかる距離だろ? もう家に着いたの?」桜木は病院内で独り言をつぶやいた。「すごいね、魔法って」桜木の顔に笑みがあふれる。


 黒菜に渡したお菓子の中に、ナッツが練りこんであるチョコバーがあった。そのナッツの一つに、盗聴器が仕込んであったのだ。盗聴器は、胡麻並みに小さく、黒菜がよく噛まなければ、噛み砕かれる事もない。体内からも、音を聞き分け、人の声だけを聞くことができる。時間が経つと、便とともに排出される。それを、メガネからの骨伝導で聞いていたのだ。

 桜木が特許を持っている技術で、桜木はこの技術で大儲けしていた(自分だけは、この盗聴を妨害する技術を隠し持っている)。


 桜木は、黒菜の会話をBGMにして、伊達の病室へと向かった。

 伊達の病室の目の前に来ると、桜木はメガネを外し、それをパーカーのポケットにしまった。扉をノックする。中から「どうぞ」と聞こえたので、桜木は戸を開けた。

 中では、伊達親子が仲良くトランプをしていた。伊達がベッドに正座し、両親はベッドの脇に丸椅子を置いて、それに座っていた。ババ抜きをしているようだ。揃ったカードは、ベッドの空いた部分においてある。


「桜木さん!」伊達が桜木を見て、嬉しそうに声を上げた。

「やあ、君が桜木くんか、どうぞどうぞ」伊達父はそう言い、余った椅子を桜木に差し出し、座るよううながした。

「久しぶりね」伊達母も笑顔だ。


「お久しぶりです」桜木は差し出された椅子に座り、自分に追いついてきたキャリーケースに手を置いた。

「伊達さんが事故にあったって聞いたから、アメリカから飛んできたんです」


 桜木はニッコリと笑いながら、嘘をついた。本当は、黒菜の魔法の正体が気になって、それを調べるためにきたのだ。


「いい友達を持ったなぁ、麻紀!」伊達父は伊達に笑顔を向けた。


 一方、伊達は桜木がそんな子ではないとわかっているので、父に返事をしながらも、苦笑いを桜木に向けた。伊達母も、本当かなぁ? と顔には出さず、心の中で疑っていた。


「それで、なんですけど……。飛行機って、なんで墜落したんですか?」桜木はいきなり本題に入った。無邪気に興味津々な顔だ。


 伊達の両親は顔を見合わた。そして「ああ、そうか!」と伊達父が手を鳴らした。


「桜木くんは、機械が好きなんだよね。飛行機の不良の原因が知りたいんだ!」

「はい、そうなんです」

「あなた、あの事話します?」伊達母が恐る恐る聞いた。

「あの事?」伊達父と桜木と伊達が同時に言った。


 伊達母は、夫に対して「もう忘れたの?」という顔をし、言った。


「手形よ。幽霊みたいな……」

「手形?」桜木の目が輝いた。

「あ、そうだったな……」伊達父は目線を上にそらし、記憶の中を探った。


 伊達は、何を言っているのか分からず、ぽかんとしている。


「墜落する前に、窓に手形がいっぱい着いたの! バンバンって音を立てて!」伊達母は、窓に手を叩きつけるような身振りをした。


 桜木は、小さくうなづいている。興味深そうに、伊達母から目を離さない。


「他におかしな事は?」桜木は身を乗り出した。

「まあ、そのあとは……エンジンが爆発したし……」

「あと、通信機器が使えなかった!」伊達父が口を挟んだ。


 桜木はそれを聞くと、伊達父に目を向け、言った。


「衛星電話もですか?」

「そう、全部。パイロットの無線も聞かなくなってたらしいよ」伊達父は肩をすくめる。

「まあ、一番おかしいのは、私たち以外に怪我人が出なかった事よね。執事の高田なんて、突っ込んできた飛行機の羽に頭をぶつけたって言ってるのよ。それで怪我なし! 高田ってサイボーグだったのかしら?」伊達母は冗談をいい、自分で笑った。

「飛行機が自宅に墜落した理由に心あたりはありますか?」


 伊達とその両親は、その質問に一瞬硬直した。そして、微笑みながら、言った。


「それは多分……」最初に声を出したのは、伊達父だ。

「神様が、麻紀に会う時間をくれたんだと思うわ……」伊達母が続けた。その言葉に、伊達は恥ずかしげにうつむいた。


 桜木は一瞬白けた。しかし、すぐ笑顔を顔に貼り付け、お礼を言った。


「ありがとうございます。すごく参考になりました」桜木は勢いよく立ち上がった。


 そして、病室から出て行こうとした。しかし、何かを思い出し、キャリーケースに走りよった。


「そうだった。忘れるところだった」


 桜木は、言いながらキャリーケースを床に倒し、開け、中のお菓子を伊達たちに見せつけた。キャリーケースの中身は、ほとんどお菓子だ。ノートパソコンがお菓子の中に埋もれている。


「これ全部お土産です。あ、パソコンは伊達……麻紀ちゃんにね!」桜木は伊達の事を、いつも伊達と呼んでいた。今は、伊達は三人いるため、名前を後から付け足したのだ。


「あ、ありがとうね……」伊達母は、けばけばしいお菓子たちに、少しうろたえながらも、お礼を言った(夫に食べさせよう。それがダメなら、近所に配ろう)。

「ほお、美味しそうだね。ありがとう」伊達父の言葉に伊達母は心の中で、ガッツポーズをした。

「桜木さんいつもありがとう。その、パソコンはいいんですの? 高級そうですけど」

「大丈夫! 自作だから安いよ。その辺に売ってるパソコンより百倍は性能いいから! あと、このキャリーケースもあげるよ! 自動追尾機能ついてるから、運ばなくてもいいんだ。スマホのブルートゥースで繋げるんだよ」


 桜木はそういうと、スマホを取り出し、ブルートゥースの設定を解除した。


「ああ、たしかにそのキャリーケース、自分で動いてましたわね。いいんですの? こんなに……」

「使ってみてよかったら、商品化してください! 私に報酬はいらないから!」桜木は伊達の両親にそういうと、手ぶらのまま、小走りで病室を出て行った。

 

 伊達たちはそれを呆然と見送った。桜木の勢いに押され、引き止められなかった。


「ふ、不思議な子だね……」伊達父が、トランプを拾い、手の中で広げた。

「桜木さん、多分……また研究したい事を見つけたんだと思いますわ……。夢中になると、周りが目に入らない性格ですの」伊達は笑みを取り戻した。

「夢中になってないときはどんな感じなの?」


 伊達母の質問を受け、伊達は、母の顔を見た。そして考えた。桜木はいつもどんな感じだったっけ? と、桜木の行動を思い出した。

 自分の発明を自慢する桜木、スポーツの試合を見て、選手の筋肉の動きを分析する桜木。病気になって、手術が必要だと言われたとき「手術するところ見たいから、局部麻酔か麻酔なしで!」と言った桜木。SF映画を見て「この技術を再現する!」と宣言し、本当に実現する桜木。

 伊達は、桜木が夢中になっていない所など、見たことがなかった。そして、一つの答えに行き着いた。


「夢中になれる事を、夢中で探してますわ」



 黒菜は、家に帰ったあとベッドに座りこみ、マホーンを覗き込んだ。ゴエモンも隣に座った。


「あの映像、見せなかったけど、いいのか?」ゴエモンが黒菜の顔を覗き込んだ。

「なんかさ、伊達さんに謝られたらさ、もういいやって気になっちゃった……」

「そうか、忘れてるわけじゃなかったんだな。それならいい」ゴエモンはベッドに寝転んだ。


 あの映像というのは、魔法の力で、黒菜の過去の記憶を映像化したものだった。伊達とその仲間にいじめられている映像だ。黒菜の視点のため、黒菜自身は映っていない。

 この映像をインターネットに流したり、伊達の受験しようとしてる学校に送りつけたり、就職しようとしてる会社に送ったりすれば、伊達の人生をめちゃくちゃにできた。伊達を脅すには最高の映像なのだ。

 黒菜はこれを伊達に見せて「お前の人生は私の手の中だ」と自覚させようとした。

 しかし、それをしなかった。伊達が謝った時、黒菜は本当に伊達と友達になりたいと思ったのだ。友達の関係にこの映像は不要だと思った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ