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魔装御前  作者: 快速丸
11/16

4


 桜木は、伊達と黒菜、二人の会話をBGMにして、作業をしていた。

 例によって、薄暗い部屋で全裸になり、椅子にはお気に入りのタオルだ。加湿器もタイマーも、点滴も、エアコンも、ポットのお湯も完璧に準備した。

 まずは、一番気になっていた、脳波を確認することにした。脳波測定機能がついたカメラで撮影した映像を、パソコンに転送するのだ。もちろん、映像はスマホに自動転送されているため、パソコンに繋ぐのは、スマホである。

 パソコンのUSBから伸びている白い線の先に端子が出ている。そこにスマホを繋げると、準備完了だ。

 右側のパソコン画面に、今朝撮影した黒菜の部屋が映る。手前には、カメラの位置を調整する桜木、そして、その奥には布団にくるまった黒菜だ。

 中心の画面には、波形。

 左側の画面には、常人には理解できないであろう、プログラムのような文字が雪崩のように発生しまくっていた。これが脳波を言語化したものだ。桜木はこれを見ると、人間が何を考えているか、手に取るようにわかると思っている。

 人間の思考など、所詮プログラムの類だと思っているのだ。


 右側の画面、桜木が黒菜に近づいていく。そして、布団をめくる。ゴエモンは映らない。しかし、脳波は映るようだ。「ターゲットを変えますか?」の文字が画面に表示された。「いいえ」だ。桜木はまず、黒菜の脳波を読みたかったのだ。

 映像が進んでいき、黒菜が起きた時から、文字の雪崩が早くなった。常人なら、文字だと判別さえできないスピードだ。

 桜木は、文字の雪崩を一瞥すると、その画面を持ち上げ、膝に乗せた。この画面は、無線でパソコン本体とつながっているため、持ち上げても、線が引っ張られるようなことは無い。そして、黒菜が映る映像と、膝に乗せた画面を交互に見た。

 

「飛行機を落とすのも犯罪だよね?」自分の声が画面から響いてくる。パソコンの音響のせいもあってか、少しくぐもって聞こえる。

「なんでそれ……」黒菜はハッと口に手を当てる。

「『知ってるの?』って言おうとしたでしょ?」


 桜木はその場面の音声を聞きながら、膝の上の画面を見た。

 文字の雪崩は、黒菜の思考を全て表示している。今は『図星』に近い考えを持っている事を表示していた。

 桜木は、黒菜の考えをしっかり予測できたことに、自分の脳は鈍ってないと考え「よし」とうなづいた。


 場面は進み、桜木は、黒菜に対して、伊達への盗撮疑惑を口にした。


「前日の、私と伊達の会話きいてたんでしょ? だからカメラを仕掛けたって事がわかったんだ」

「き、聞いてない!」黒菜は膝に顔を埋めたまま叫んだ。


 膝に顔を埋めても、脳波測定からは逃れられない。黒菜の脳波からは、伊達を盗撮したという罪悪感が丸見えだった。

 雪崩のような文字を、桜木は一瞬で解読し、黒菜の考えを読んだ。反射神経の問題ではない。桜木は本当に、文字を通して、人の心が見えてしまうのだ。


 黒菜の脳波は、ほとんど桜木に対する恐怖で覆われており、早くこの状況を脱出したいという考えに取り憑かれていた。これが桜木の狙いだった。

 桜木は初めてあったその日、黒菜を一目見ただけで、性格を分析していた。

 黒菜は何度も経験のあるストレスや、予定通りのストレスには、平均的な抵抗力を見せる。しかし、突発的な、それでいて経験のないストレスにはかなり弱く、パニックになってしまう。脳の回転も遅く、パニックになると、逃げることしか考えられない。

 いじめられた経験があるのだから、痛みや脅しには強いのではないか? と思うかもしれないが、人は、環境が変わっただけで、全く別の出来事だと認識してしまう場合がある。今回、黒菜は、絶対的に安心できるはずの自分の部屋で襲われたのだ。いじめられる事が確定してた学校とは全く違う。

 桜木が抱える画面には「さっさと魔法を使って桜木をどこかに飛ばしたい」という感情と、「魔法を使うところを桜木さんに見せてはいけない」という感情が、七対三くらいの割合で表示されていた。


「んぎいぃぃぃぁあぁぁぁぁ‼︎」黒菜の叫び声がパソコンから響く。


 映像内の桜木が、黒菜にスタンガンを当てたのだ。黒菜の感情の割合は一〇対〇になった。

 映像内の黒菜が桜木に背を向け、マホーンを操作し始めた。それを見た桜木は、膝の上に抱え込んだ画面に、目を釘付けた。画面は、桜木の細い太ももに食い込み、骨で支えられている。正気なら、痛みで画面を下ろしているだろう。

 桜木は、そんな事お構い無しに、黒菜の脳波を表現する文字列に集中した。何も聴こえず、何も感じず、何も嗅がず、息もせず、桜木は雪崩のように現れる文字列に集中した。

 映像の中の桜木が、瞬間移動した。


 桜木は、弾けるように立ち上がった。 

 

 未だ休む事なく、文字の雪崩を起こしている画面を、桜木は、握りつぶしそうなほど強く握っていた。その手はワナワナと震え、息は荒くなっている。


「わかった……」桜木は、持っていた画面を落とした。危うく自分の足に落ちるところだった。画面は壊れる事なく、天井にその画面を向け、文字の雪崩を起こし続けている。

「やった! やったぁぁーー!」桜木は、両手をあげてぴょんぴょん飛び跳ね、ジャンプ中に一回転した。その拍子に、引っ張られた点滴の針が、左腕の皮膚を破り、すっぽ抜けていった。「いてぇ!」桜木は叫んだ。


「痛い……痛い……」桜木は一気にテンションを落とした。血が溢れ出した左腕を、指先で抑えながら、桜木は冷蔵庫へ向かった。


 冷蔵庫の中から、絆創膏を取り出し、腕に貼り付ける。絆創膏から血がはみ出たので、桜木はそれをペロリと舐めた。桜木が椅子に戻った時には、絆創膏のガーゼ部分が、血を吸い取り、赤く染まっていた。


「そうだ。実際に再現できるかやってみないと……」


 マホーンの画面は、魔装契約者以外には、普通のスマホにしか見えない。

 何か特別な細工を受けた人間にだけ、魔法のアプリが見えるようになる。というのが、桜木の考えだった。

 桜木は今、その証拠を発見したのだ。

 文字列が表示されていた画面は、もう用無しとばかりに床に転がしたまま、桜木はキーボードを操作した。


「黒沢さんがスマホを操作する時、普通の人間にはない、不思議な脳波があった。これが魔法を見れるようになるプログラムなんだ」


 桜木は、黒菜の思考を表現した何億という文字の中に、一瞬だけ映った、不自然な文字を発見していた。今まで見たことの無い、どんな人間の脳波にも無い文字だ。その文字の意味は『魔法のアプリが視認できるようになる』だ。もちろん、暗号化されていて、常人には解読できない。


「思考に直接、魔法を見れるようにプログラミングするなんて、一体どこの神様だよ」桜木の手は止まらない。キーボードのカタカタという音が心地よく鳴り響く。

「でも、やっぱり単純なんだな」桜木はニッコリと笑った。手はキーボードを打ち続けている。


 桜木が単純だと言ったのは、黒菜に施された細工に対してである。科学というのは、簡単に使えるものほど、そのプログラムは、複雑で理解不能なものが多い。しかし、超常現象や、神秘、魔法、霊能力など、ハイヤーサイエンスに分類されるそれらは、普通の科学に比べると、恐ろしく単純で理解しやすかった。まあ、桜木の基準ではあるが。


 桜木は部屋を見回した。細工された脳波を再現する機械を探しているのだ。


「電波的なもの出せればなんでもいいんだけど……あ!」桜木は、手をパンッと叩き、冷蔵庫に向かった。


 冷蔵庫の中には、今日着た服も入っていた。桜木は綺麗に畳まれた服のポケットをまさぐった。そのポケットには、黒菜に使った、ライターのようなスタンガンだ。

 脳は電気信号で動いている。このスタンガンを、脳に命令を送れるように改造すればいいのだ。

 桜木は、大学に通っている時、人に脱糞させる銃を開発したことがある。これは、脳に「脱糞しろ」と命令を送る電流を放つ銃だ。しかし、腸に便がたまっていないと効果がないため、不発が多かった(その後、嘔吐させる銃を開発した。これは大成功だった。そして、謹慎処分になった)。

 つまりはその要領で、黒菜の脳波にあった『魔法のアプリを視認できるようになる』をコピーし、自分の脳に流せば、自分も魔法のアプリが見れるようになるわけだ。


 桜木は、スタンガンの改造を二時間でやってのけた。正確には一時間五二分だ。その間、点滴をつけるのも忘れ、飲み物(お湯)を飲むのも忘れ、ずっと机にかじりつき、スタンガンを改造していた。改造されたスタンガンの見た目は全く変わっていない。

 途中、トイレタイマーが鳴った時も、名残惜しそうに机から離れ、無理やり用を足し、急いで机に戻ってきた。戻るときに、パソコンの画面が床に落ちてることに気づき、ついでに元の位置に戻した。

 スタンガンの改造が終わった後も、桜木は休まない。すぐに改造スタンガンの効果を試したくて仕方がないのだ。

 ちなみに、桜木は、脳に命令を与える電撃を放つスタンガンの事を『プログラミングガン』と呼んでいる。略して『プロガン』だ。ひどいネーミングセンスである。

 桜木はプロガンの性能を試すために、黒菜のマホーンにハッキングした。早く試したくてしょうがない。黒菜のマホーンに繋がるのをまっている間、桜木は、両足で貧乏ゆすりをした。その振動に、机の上のパソコンたちがつられて揺れた。


「よし、つながった!」画面に、黒菜のマホーンの画面が表示される。


 黒菜は今、動画サイトで音楽を聴いているようだ。画面を見ているかはわからない。音楽をBGMに、ほかの作業をしているかもしれないし、この動画のPVを楽しんでいるかもしれない。

 そんなことはどうでもよかった。桜木は、黒菜のマホーンを遠隔操作してみた。マウスで、スマホの操作をするにはコツがいるが、桜木は慣れたものだ。動画のアプリをバッググランド再生にして、そのまま、魔法のアプリを探した。すべてのページを確認したが、見つからない。そりゃそうだ。プロガンをまだ当てていないのだ。

 プロガンを当てない状況で、魔法のアプリが見えていない事を、確認しておきたかったのだ。プロガンを当てなくても、アプリが見えるのであれば、今までの苦労が水の泡だ。

 黒菜は運良く、マホーンの画面を見ていなかった。動画サイトの音楽を聴きながら、台所で、自分が使った食器の後片付けをしていたのだ。

 

「よし、やるぞ……」桜木は、プログラミングガンを自分の頭に当てた。


 プロガンのスイッチを押す。少しだけピリッとした感覚を感じ、桜木は画面を見た。

 画面には、魔法のアプリは映っていない。桜木は画面をスクロールした。無い。心臓がドキドキしてきた。もし、これで、魔法のアプリが見えなかったら、自分の理論が間違っていたことになる。そんなことになったら、おしっこ漏らしちゃう!

 桜木はそんな事を考えながら、画面をスクロールした。どうせ間違っていても、ほかの方法を探すだけなのだが、一度失敗したら、それなりに落ち込む自信はあった。


 その心配も一瞬で吹き飛んだ。桜木は最後のページに、魔法のアプリを見つけたのだ。

 桜木は「よし」と小さく言い、息を飲み込み、早速そのアプリを起動した。さまざまなボタンが並ぶ。『回復』『強化』『飛行』『空間』『精神』。


「魔法の種類か?」


 桜木はいいながら、『空間』のボタンをクリックした。次々にボタンをクリックすると、取り寄せ魔法を発見した。取り寄せ魔法とは、魔法でスーパーやコンビニの商品を、自分の場所にテレポートさせる魔法だ。もちろん、金は減る。


「健康に悪いお菓子でも買ってみるか……」桜木は言いながら、マウスを操作し、チョコレートをクリックした。そして、『買う』ボタンをクリックしたとき、


『本人確認ができません』と出た。


「え⁈」桜木は立ち上がった。「そうか……ちゃんと本人確認してるんだ。当たり前か……」桜木は言いながら、ゆっくり椅子に座った。

「あれ、画面が変になってる」黒菜の声だ。


 食器洗いを終わらせた黒菜が、マホーンを手にして、操作を始めたのだ。画面は、魔法のアプリを閉じ、動画アプリに戻った。桜木には全く興味のない、アーティストのPVが流れる。

 桜木は、椅子をくるりと回し、背もたれに体を預けた。そして、天井に向かって、息を吐き出した。


「よし、とりあえず、魔法のアプリを見ることには成功した」桜木はニッコリと満足そうに笑った。


 桜木は眼鏡を外した。そういえば、これにも録画機能が付いていたのだ。桜木は眼鏡を外し、マウスを操作した。

 眼鏡の映像も、スマホに自動転送されている。とりあえず、眼鏡が撮影した映像も確かめてみようと考えたのだ。

 桜木は、眼鏡に対してはあまり期待していなかった。今日は、魔法のアプリを観れるようになっただけでも、かなりの収穫だ。

 でも、少しだけ気になってしまったら、もう止まらない。桜木は、眼鏡内の映像が、パソコンに転送される間の時間に、点滴を付け直し(今度は右腕)、点滴スタンドを自分の右後ろに移動させ、コップにお湯を注ぎ、それを飲んだ。

 お湯を注ぐとき、はねたお湯が、全裸の太ももに落ち、桜木は「アチィ!」と声を上げた。


 映像の転送が終わると、パソコン画面に桜視点の映像が映し出された。桜木にとっては、見飽きた映像だ。脳波測定機能のついたカメラと違うところは、ゴエモンが見えるということだ。眼鏡には、波動を見る機能がついている。簡単にいえば、幽霊的なものが見える機能だ。

 桜木はその映像をつまらなさそうに眺めた。体重を全て、椅子と背もたれに預けている。魔法のアプリを見る方法がわかってから、一気に集中力が落ちた。おかげで、自分の喉が乾いていたことに気づき、お湯を何杯もおかわりすることができた。

 映像は、桜木が転送され、学校の敷地内に現れるところに行き着いた。そのあたりで、桜木は少し、尿意を催してきた。


「ん?」桜木は、背もたれから体を起こし、画面に顔を近づけた。


 今、何か気になるものを見た気がした。

 桜木は映像を戻した。


 映像は桜木の視点だ。黒菜の部屋から、学校へ瞬間移動するところである。映像には、怯える黒菜、そして、一瞬光り、学校の玄関前に瞬間移動する。この、一瞬の間になにかが見えた。

 桜木の集中力は蘇った。直感が、何かあると言っているのだ。

 桜木は、その瞬間の映像をパソコンの性能の限り、スローモーションにした。黒菜が自分に背を向け、マホーンを操作する。そして、ボタンを押す。

 桜木の視界が光に包まれた。


「はう!」桜木は思いもがけぬ映像に、思いもがけぬ声が出た。


 波動を見ることができる眼鏡だからこその奇跡だった。光に包まれた桜木は、一瞬だけ、別次元に行っていたのだ。四次元だか、五次元だかはわからない。しかし、その世界を見たことで、桜木は、自分の脳が、思考が、世界が、大きく広がったのを感じた。

 科学的には計算できないはずの、神通力、心の力、魔法、幽霊、呪い、超能力、超常現象。

 その計算方法が、その世界にはあったのだ。

 これは、もちろん天才的な脳を持つ桜木だから気づけたことで、常人がこの映像を見ても、ただの真っ白で眩しい画面にしか見えないだろう。


「わかった。わかったぞ……」


 桜木は何かに取り憑かれたように、キーボードを打ち始めた。


 それから、桜木はずっとキーボードを打ち続けた。トイレタイマーが鳴ってもキーボードを打ち続け、点滴がなくなっても、加湿器の水がなくなっても、お湯がなくなっても打ち続けた。

 丸三日経った後、桜木は机に突っ伏し、寝ていた。エアコンだけが、無感情に冬の寒さから、桜木を守っていた。部屋には、エアコンとパソコンのファンの音だけが流れている。


 ドンッ!


 机が強く叩かれた。桜木はその衝撃で跳ねるように顔を上げた。机には、音の原因であろう拳が置かれていた。手の甲にある毛で、男のものだとわかる。桜木はその拳の持ち主を見た。

 コケた頰に、無精髭を生やした男がそこに立っていた。服装は、紺色の作業服だ。その作業服は、ところどころが色あせており、何年も使い込まれていることがわかる。

 男は、怒り狂った表情で桜木を見ていた。


「わかってるんだ、お前は幽霊じゃ無い。これはただの夢だ」桜木は、自分に言い聞かせるように言った。目は男の顔をにらんでいる。


 男は無言で桜木の顔面を殴った。桜木は椅子とともに、床に倒れた。殴られた頬を抑えながら、空いた手を床につき、桜木は上半身を男に向けた。


「お前はただの幻覚だ。さっさと消えろ!」桜木は叫ぶ。


 しかし、男は消えず、大げさに足を振り上げ、桜木を踏みつけ始めた。

 腹、足、頭、腕、踏みつけられる場所は全て踏みつけられた。桜木は身を捩り、体を丸め、男の攻撃から体を守ろうとした。しかし、男は、確実に桜木の防御の隙間を狙う。腹を蹴り、脇腹を蹴り後頭部を蹴る。

 桜木は、さっきまでの威勢を完璧に無くし、許しを請っていた。


「痛い! やめて!」


 男はなおも蹴り続ける。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」桜木は無意識のうちに、謝っていた。


 その瞬間、桜木は目を覚ました。顔を上げると、目の前にパソコン画面があった。自分が、机に突っ伏したまま寝ていた事に気づく。プログラミングの途中で寝てしまっていたのだろうか。

 鼻から、何かが垂れる感触がした。桜木はそれを手で受け止め、眺め、親指でこすった。赤い液体は、手の平の上で薄く伸びた。そこに次々と鼻血がポタポタと落ちる。

 桜木は、体の違和感に気づき、立ち上がった。そして、自分の腹を見た。寝る前まではなかったはずのアザが所々に発生していた。あばらが浮き出て、白く貧相な体に、紫色のアザが浮き出ている。

 桜木はそのアザを撫でた。明らかに、アザがある場所は、無い場所より敏感に痛みを感じた。桜木の手はワナワナと震え始めた。


「ちくしょう!」


 桜木は怒声をあげ、目の前のモニターにパンチを食らわせた。鼻から飛んだ血が、モニターに二、三滴飛んだ。それだけだ。モニターは一瞬画面が消えたものの「あーびっくりした」とでもいうかのように、何事もなく、再度画面を表示した。


 桜木はそのモニターを見ながら、地団駄を踏んだ。パソコンの画面すら破壊できない自分の非力さと、うっかり壊してしまわなかったことに対する安堵が混在している。

 桜木は椅子に座った。

 グチャっ、と思いもがけない音がした。桜木は、その音に弾き返され、立ち上がった。椅子は、載せていたタオルも巻き込んで、桜木のお漏らしでびちゃびちゃになっていたのだ。桜木はしばらく、呆然とそれを眺めた。

 

「う、うぅぅ……」桜木は泣き始めた。


 桜木は、タオルをつまんで持ち上げた。自分の尿らしきものが滴り落ちる。桜木は滴り落ちるものをもう片方の手で受け止めながら、それを風呂場に運び、洗面器に投げ入れた。脱衣所の棚から、乾いた安いタオルを持ってきて、椅子に染み込んだ尿を、拭き取り始める。すると、桜木は、自分が情けなくなって、もっと激しく泣き始めた。

 

「うぅぅ、あぁーーー」涙と鼻水が洪水になる。


 誰にも聞こえない事をいい事に、桜木は大声で泣いた。泣きながら、椅子を吹く桜木は横隔膜を痙攣させ始め、ヒックヒックと、幼稚園児がしゃくりあげるような泣き方になった。

 椅子が乾き、「新しいタオルを敷けば、座っても大丈夫」と桜木が満足すると、桜木は新しい、お気に入りのタオル椅子に敷き、椅子に座った。その頃には、桜木の横隔膜は、落ち着いていた。しかし、口で大きく息をするのは、まだ継続中だった。


 桜木は、背もたれに体を預け、自分がパンチした画面を見た。

 泣きはらした赤い目でぼんやりと画面を見る。しばらくすると、桜木は気づいた。プログラミングは終わっていたのだ。おそらく、プログラミングが終わった安心感で寝てしまったのだろう。


「あとは、これをアプリにして、スマホに入れるだけだ」


 桜木は、さっきまで泣きじゃくっていた女子とは別人になり、無表情でパソコンの操作を開始した。

 プログラムをアプリに直し、スマホにダウンロードする。桜木は、スマホを手に取り、その中を確認した。桜木特製のアプリがそこに表示されていた。そのアプリの名前は「魔法」だ。

 桜木は、そのアプリを操作した。黒菜のマホーンを操作した時に出たような、魔法の種類がそこに表示された。


「実験だ……」桜木は呟く。


 桜木の自宅にある、桜木の尿だけを、下水道に転送する。その魔法を使う操作をした。そして、実行ボタンを押した。

 しばらくしたのち、桜木は、立ち上がり、椅子のタオルを退け、椅子に顔を押し付けた。尿の臭いはしない。さっき洗面器にすておいた、尿が染み込んだタオルも急いで確認した。そのタオルは、カラカラに乾いていた。自分の尻の臭いらしきものはするが、ほかの臭いはしない。


「ふふ……、ふふふふふふ……」桜木は笑い始めた。「よっしゃー! やったぁぁぁ!」


 桜木はその場でぴょんぴょん跳ねた。その 拍子に、スマホが手からすっぽ抜けた。桜木は慌ててそれを空中でキャッチした。危ないところだった。魔法を使えるようになったとはいえ、スマホが壊れてしまっては、また新しいものを買わなくてはならない。それはめんどくさい。

 桜木は、大事そうにスマホを腹に抱え、それを机に置いた。

 そして、カーテンを開け、裸だというのに、ベランダに飛び出て、力一杯叫んだ。


「ユリイカーーーーーーーーーーー!」


 その声に、外を歩いていた人がこちらを向いた。桜木は、恥ずかしげもなく、その人に手を振った。裸で。

 桜木は部屋に戻ると、カーテンを閉め、シャワーを浴びた。そして、さっぱりしたあと、冷蔵庫の中にある私服に着替えた。


 冷蔵庫に冷やされた服が、肌に当たるたび、桜木は「うひゃああ」と声を出す。しかし、その声には、嬉しさが混じっていた。


 桜木は、異次元の世界を見たとき、わかったことがある。今の自分の技術では、魔法を独自に使うことは不可能ということだ。

 魔法を生み出すエネルギー源が、この世には無いという事が、異次元の世界を見てわかった事だ。

 超常現象、神秘、奇跡、心の力、幽霊的なもの。それらの目に見えない、科学で計算できない力というものは、この世界ではなく、異次元に存在し、その力が次元を超え、この世界に影響を与えているのだ。

 しかも、こちらからそれらの異次元のエネルギーに、影響を与えることはできない。人間が、漫画の中のキャラクターを殺せないのと同じようなものである。漫画から影響を受ける心があるが、逆は無い。一方的な力関係なのだ。

 で、あれば、どうすれば魔法を使えるのかと考えた。簡単だ。実際に魔法を与えている者に、ハッキングすればいいのだ。

 魔装推進委員会は、黒菜のスマホを媒体として、黒菜に魔法を与えた。ならば、こちらも、黒菜のスマホを通して、魔法を使えばいいのだ。

 魔装推進委員会は、異次元の存在かもしれないが、黒菜のスマホは、この世に存在している。つまりは、この世の科学でハッキングができるのだ。

 桜木は、自分のスマホと、黒菜のマホーンを同期したのだ。そして、本人確認システムに干渉し、桜木の操作も、黒菜が操作しているものと勘違いをさせた。


 ここで、どうやって本人確認をごまかしたのかという話になるが、それも簡単だった。

 マホーンが、黒菜を本人確認するのには、指先から放たれる電流を解析し、DNAを判別することで、黒菜本人だと判別している事を確認した。

 これが『黒菜の心の波長を受け取り、判別している』とかだったら、難しかったのだろうが、スマホにそんな機能は無い。

 逆にいうと、スマホに電流を感知する機能はある。それを利用したものだろう。

 DNAを変化させる事は不可能だが、指先から流れる電流を変える事は簡単だ。先ほどのプログラミングスタンガンの要領で、スマホを操作する時のみ、黒菜の電流をコピーした電流を流せば良いのだ。桜木はそのための機械も同時に作っていた。指先に取り付けるタイプの、絆創膏のような機械だ。

 電流を流すだけで、DNAがわかるという技術は、今知ったのだが、桜木は、いとも簡単にそれを看破した。

(この技術で、新しい発明を思いついたが、桜木は先にやっておきたい事があり、それは後にした。発明の事を思い出すかはその時の運である)


 これらを簡単に説明すると


・桜木は、黒菜のマホーンを操れるようになった。もちろん魔法を含めて


 という事だ。


 桜木は早速魔法を試してみることにした。


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