第一章 1
この小説は書き終わっているので、気が向いたら、次を上げます。
『あなたが「死にたい」と言った今日は、昨日死んだ人達が死ぬほど生きたかった明日なんです。』
という言葉があるが、黒沢黒菜は『昨日死んだ人達』が「死んでおいてよかった」と思うほどつらいいじめを、一年間耐えていた。
例を上げると、
弁当に虫を入れられる。それを無理やり食わされる
靴を隠される。
好きなアニメを馬鹿にされる
髪飾りを破壊される
水泳の跡に、制服やジャージを隠される
髪に火をつけられる
机の中に虫や糞を入れられる
爪と指の間に針を刺される。叫んでいる様子をスマホで撮影され、事あるごとに見せられる
金を取られる
指の骨を折られる
二階から飛び降りる事を強要される
すべての行動をバカにされる
これらは氷山の一角である。
もし、明日病気で死ねるなら、それは救いだった。せめて、事故にあって一瞬で死ねないかな、と考えるほど、十四歳、中学ニ年生の黒沢黒菜は追い詰められていたのだ。
いじめのリーダーは金持ちで、学校に対しても、それなりの影響力を持っていると噂されている。教師も黒菜を助けないし、他の生徒も助けようとしない。助けたら、自分に何があるかわからないからだ。現に、いじめに文句を言った女子が、次の日転校してしまった。
結果、黒菜は学校では一言も喋らず、出る声は鳴き声と叫び声だけ。聞くものはいじめっ子の笑い声と、自分の鳴き声だけ。見るものは、床と机、トイレの便器だけとなった。考えることは、早くこの苦しみから逃れたい、それだけだ。
自分の人生に見切りをつけた黒菜は、自分が通う中学校の屋上に向かった。目的は言わなくてもわかるだろう。
屋上の鍵は、どうやって手に入れたのかは知らないが、自分をいじめている生徒から手渡しされたのだ。
第一章
1
放課後のトイレで、制服と髪を切り刻まれ、黒菜は個室にこもり、泣いていた。泣き疲れ、個室から出て、窓の外を見ると、もう夜中だった。
トイレを出るとき、不意に洗面台の鏡を見た。鏡に映った黒菜は、髪をぐちゃぐちゃに切られていて、ハゲてるように見えるところもあれば、肩まで下がっている部分もあり、みずぼらしさの極みだった。いじめっ子に“うっかり”切られた耳が今になって痛んできた。
紺のブレザーはボタンが全て吹っ飛んでいる。さらに、左袖が全て切り落とされ、右袖は、袖先以外が、まだらに切り裂かれ、手首と肩で袖を支えている状態だった。
さらにひどいのがスカートだ。折り目に沿って切れ込みを入れられ、腰から紺色の短冊を下げているようだった。少し動くだけで、隙間から黒菜の下着がチラチラと見えてしまう。
幸運だったのは、いじめっ子たちが、ブレザーを切り刻むのに疲れはて、Yシャツには手が及ばなかったところだった。ブレザーを下半身に縛り、下着を隠せば、なんとかなると思った。
『そんな格好で帰れるの? 帰って見なよ! 何されたと思われるだろうねぇ!』
いじめっ子の笑い声が聞こえる。黒菜は、無言でブレザーを脱ごうとした。すると、ポケットから、チャリンと音を立て、鍵が落ちた。
『あんた死んだ方がいいよ。手伝ってあげるんだから感謝しな!』鍵から声が聞こえた。
『あはは、こいつにそんな度胸ないってー』
『せめて、学校にくんな糞女!』
便器に顔を突っ込みながら聞いた声だ。後頭部には、女生徒の足。その時、陶器に反射し、耳を震わせた言葉が、今は脳内に響いた。
黒菜は衝動的に鍵を拾い上げ、怒りと悲しみに任せ、屋上へ向かった。
「死んでやる! そんなに死んで欲しいなら!」黒菜は心の中で叫んだ。
そう言うわけで、黒菜は屋上にいた。金網に捕まり、飛び降りるべき場所を覗き込んだ。今夜は天気が良く、満月が綺麗に出ているなんてことは、全く気がつかない。
(目立つ場所がいい。正門側のここなら……)
黒菜が覗き込んだ場所は、花壇の真上だった。正門から近く、一瞬で死体が発見される場所である。
「花壇に落ちないようにしなきゃ」
花壇はほかの場所より、地面が柔らかい。うっかりそこに落ちて、死ぬのを失敗し、障害などが残ったら、目も当てられない大惨事だ。黒菜はちょうど花壇と花壇の間の真上に移動した。
あとは、金網を超えるだけである。しかし、意外とこれが難しかった。金網の高さは2メートルはある。手は引っ掛けられるのだが、足はうまく引っかからず、つま先がつるりと落ちてしまう。
黒菜は貧弱を絵にしたような女子だった。身長は148センチ、握力は20以下。つまりは、自分を持ち上げる筋力がないのだ。
黒菜は金網にしがみついて、片足のつま先を金網に食い込ませるのが精一杯だった。
しかし、塔屋の扉の横は、物置になっていることを思い出し、黒菜は塔屋へ戻った。そこには、『是非自殺してください』と言わんばかりに、机と椅子が置いてあり、黒菜は喜んで机と椅子を屋上へ持っていった。
金網に机を密着させ、椅子を机の前に置いた。
「ここが人生最後の私の席……」黒菜は呟いた。
黒菜は椅子に座り、机に肘をついた。そして、思い出した。自殺の理由をSNSに投稿していなかったのだ。自分をいじめていた奴らの名前をツイッターに投稿してから死のう。そう思った。
ブレザーのポケットから、とりだしたスマホはひび割れていたが、運良く壊れていなかった。
自分がされた事、それをした人間、全てを書くのには、それなりの時間を要したが、黒菜の死への渇望は、無くなりはしなかった。もし、ツイートした後で、生きていたら、もっと酷いいじめが待っていると予想出来たからだ。
投稿が終わると、黒菜は椅子を利用し、机の上に乗った。そして、金網の上部に飛びついた。金網が腹に食い込み、嗚咽をあげたが、そこからは、足をあげるだけで向こう側へ行けた。うっかりそのまま転落しそうになったが、こらえ、黒菜はゆっくり金網の外側へ降りることに成功した。
黒菜は、金網に背を預け、はるか下の地面を見下ろした。花壇と花壇の間に狙いを定める。
その時、スマホが鳴った。
黒菜は、決心に水を刺された気分でスマホをポケットから取り出した。
メールが1通届いていた。送り主の名は“魔法装備推進委員会”だ。
黒菜は『また、迷惑メールか』と思いながらも、とりあえずそのメールを見た。
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件名:あなたのスマホを魔法のスマホに!
人生が辛い時、魔法があったらいいなと思いませんか?
魔法で心身共に健康に!
魔法で嫌いな人間をやっつけたい!
魔法で勝負に勝ちたい!
魔法で空を飛びたい!
全て叶います!
あなたのスマホを魔法のスマホに!
月額1000円から500万円のプランまで!
今だけ! 1000円から7000円までのプランなら初月無料! 今だけ!
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黒菜は、こんな詐欺メールに引っかかる奴いるの? と思いながら、画面をスクロールした。しかし、その最後に衝撃的な文があった。
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福島市立片帯中学校(黒菜が通っている中学校の正式名称)の屋上で自殺を図ろうとしてる「黒沢黒菜さん」あなたに言ってるんです。
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届いたメールに、黒菜は恐怖でいっぱいになり、心臓が鼓動を速めた。メールの主は、どこから見てるんだろうと、あたりを見回した。しかし、人っ子一人いない。
黒菜が恐怖の表情であたりを見回していると、またメールが届いた。
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件名:僕と契約して、魔装少女になってよ!
疑わしいと思われるのは、当然です。
ですので、一度だけ無料で魔法を提供したいと思います。叶えて欲しい願をこのメールに返信してください。
注意事項:お試し魔法では、人を傷つけたり、操ったり、お金を稼いだりすることはできません。
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黒菜は、メールに返信したら、何か良くない事が起こるんじゃないか? 例えば、個人情報を抜き取られるとか……。など考えたが、今から死ぬのに、そんなことを怖がる必要はないことに気づくと、自分の頭の悪さにため息をつき、返信するメールを打ち始めた。
いじめっ子を殺すことを頼みたかったが、お試し魔法では、制限が多く、それはできないらしい(お試しじゃなければできるのだろうか?)。
黒菜はボロボロになった髪と制服を元に戻して欲しいと返信した。
メールは送信され、ヒュウンという効果音が鳴った。黒菜はそれを聞き、我に返った。私は何をやっているんだろう、と空を見上げる。満月が輝き、冷たい夜風が腰の短冊スカートをなびかせた。
魔法で幸せに。そんな思いをため息と共に吐き捨て、黒菜は地面を再度見下ろした。
すると、風が強くなった。風に巻き上げられた髪が顔にかかり、視界をふさいだ。
「え? 髪?」
黒菜は顔にかかった髪をはらい、頭に手を当てた。さっきまでぐちゃぐちゃだった髪が、伸びている。その髪を両手でまとめると、黒菜の手に余るほどの、ボリュームがあった。今日、切り刻まれる前の、髪の量だった。
制服は新品同様になっており、汚れも、切り裂かれた跡も無くなっていた。
黒菜はここで気付いた。風が強くなったのではなく、髪とスカートが、風を受けるようになったのだと。
屋上の端で、スカートをつまみ、驚愕する黒菜にまたメールが届いた。
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件名:魔法は効果を発揮しましたか?
魔法の効果にご満足していただけたなら、こちらのサイトで契約をお願いします。
(注意事項はしっかり読んで下さい)
↓ ↓
http:なんとかかんとか
もし、ご満足いただけないのであれば、残念ですが、ご縁がなかったということで、私からのメールは以上となります。
――――――――――――――――――――
黒菜は速攻で契約を決めた。メールに記載されているサイトにアクセスし、注意事項をしっかり読み(そういう性格なのだ)、月額7000円プランに加入した。もちろん初月無料。
契約内容も、注意事項も、ほとんど普通の携帯電話会社と変わらない。それに付け足し、魔法に対する注意事項があるだけだった。この契約には、スマホを通常通りに使うプランも含まれている。
つまり、今まで契約していた通信会社の契約はいらないのだ。このままでは、無駄に料金を取られてしまうのだ。黒菜は、無料の期間のうちに、早く前の会社を解約しようと思った。
黒菜は早速、ひび割れたスマホを覗き込んだ。基本的に、今までと変わりのないアプリが並んでいる。しかし、最後のページに、“魔法”というアプリが足されていた。
黒菜はそのアプリを開いた。一切の待ち時間なしにそのアプリは開き、文字列が並んだ。
「えーっと、体、心、機械……魔法の種類の事かな?」黒菜は独り言を言う。
黒菜はまず、家に帰りたかった。ここは寒いし、落ち着かない。じっくり魔法という物を検証したかった。
しかし、黒菜の筋力では、金網を超えて、屋上側に戻ることが出来ない。家に帰るには、飛び降りるしかなかった。
もちろん魔法がなければ……だ。
黒菜は体を強化することを考えたが、せっかく魔法を使えるのだからと、もっと夢のある魔法、テレポートをアプリ内に探した。
案の定、テレポートはあった。テレポートのボタンをタップすると、マップが開かれた。自宅をタップし、『ここにテレポートしますか? はい いいえ』と文字が出た。
『はい』をタップすると、スマホから光が溢れ、それが黒菜を包み込み、球体となった。その球体は飛び上がり、流れ星のように空を飛び、自宅の上空へ来た。そして、屋根を通り抜け、自宅の玄関内へ着陸した。一瞬の出来事だ。
「うわはぁ……」
自宅の中に入った黒菜は、感嘆の声を上げた。家の中は真っ暗で、夜だというのに、母も弟も帰ってきていないことがわかる。まあ、いつものことだ(ちなみに父と母は離婚しており、この家の大人は母しかいない)。
黒菜はそんなことを気にもとめず、階段を駈け上がり、自分の部屋に入った。
黒菜の部屋は薄緑色のカーペットがひかれており、部屋の角には、小学生の頃から使っている学習机だ。机の反対側には、本棚がおいてあり、漫画がきっちりと敷き詰められている。入口側に、ベッドがおいてあり、黒菜は、家にいる時間を、ほとんどベッドの上で過ごす。
自室に入った黒菜は、勢いよくベッドに座り、スマホを覗き込んだ。すると、魔法のアプリに、通知が一件入っている事に気付いた。
アプリを開くと、そこに運営からのお知らせが表示された。
『契約感謝大サービス! 使い魔を一体プレゼント! 詳細 ↓ 』
「使い魔? 使い魔って何?」
黒菜は、使い魔の説明を読んだ。
使い魔とは、魔法使いが使役できる召使いのようなものだ。が、今回の場合は、魔法初心者に、使い方のアドバイス。契約内容の確認、違法なことをする場合の処理方法(⁈)など、全面的にバックアップしてくれる存在らしい。
「へぇーーいいなぁ。好きな人形やぬいぐるみを選んで、スマホを当てて、ボタンをタップ……かぁ。人形やぬいぐるみがない場合は、光の玉になります……」黒菜はふむふむと独り言を言った。
説明書には『使い魔の性格は、自動的にあなたに合った性格になります』と書いてある。黒菜は、枕元に置いてあるぬいぐるみを見て、すぐそれに決定した。
そのぬいぐるみは、大好きなアニメ『死神探偵ドクロ御前!』の主人公『ドクロ 静香』の使い魔の猫『ゴエモン』だった。ゴエモンは、丸々太った猫で、手足は短く太い。まんじゅうから、手足という名の突起が出ている感じだ。
右目はつぶらな瞳なのだが、左目は釣り上がって恐ろしい目をしている。勾玉をイメージしているらしい。しかも二足歩行だ。
黒菜は、ぬいぐるみのゴエモンがいたく気に入っていた。アニメでは表現できないふわふわの毛が大好きなのだ。
アニメでは、可愛い声を出し、「〜〜だニャン」という語尾で視聴者に媚びを売る。使い魔には理想的なぬいぐるみだ。
黒菜は、そんなアニメのゴエモンを想像しながら、スマホの先端をぬいぐるみに当て、『使い魔にする』ボタンを押した。
すると、たちまちぬいぐるみは飛び上がり(スマホを吹っ飛ばした)、叫んだ。
「黒沢黒菜の使い魔! ゴエモン!」空中で決めポーズを取り、着地。「見参!」
ゴエモンは歌舞伎役者のように見えを切った。
黒菜は唖然とした。アニメのゴエモンと全くイメージの違う行動だったからだ。そして、声も可愛くなかった。なんていうか、中年オヤジの渋い声で、低く腹の底から響き、威厳のある声だ。声優で例えるなら、中田譲治や玄太哲章だろう。
「よう、黒菜! 使い魔をダウンロードしてくれてありがとな! 一生ついていくぜ! 火の中水の中、もちろん風呂にも更衣室にもトイレにも……ぶげぇぇ!」
黒菜は反射的にゴエモンを殴っていた。もちろんぬいぐるみなので、被害はどこにもない。
「あ、ごめん。あまりにも予想外だったから……」黒菜は口に手を当て、自分の行動に驚いた。
ゴエモンはベッドの上で弾みながら起き上がった。「大丈夫大丈夫!」と短い手を振っている。
「使い魔は、お前の性格に合わせて選ばれているからな、そんな暴力、気持ちいいくらいだぜ!」
黒菜は気持ち悪かった。
「あの。そのキャラクター、ゴエモンっていうんだよ? 知ってる? 私、そのイメージで使い魔を選んだんだけど……」
「知ってるぜ! でも、あのキャラクターはお前の性格にあわない! お前に会うのは俺だ!」
ゴエモンは短い手を自信ありげに腰に当て、フンっと鼻を鳴らした。
アニメの可愛いゴエモンを期待していた黒菜は、落胆した。漫画を実写にした上で、好きなキャラクターを改変し、嫌いな俳優がやる感覚に似ていた。つまり、ぶち殺したいという意味だ。
黒菜は怒れる感情を抑え、後で違う使い魔を買えばいいと思い、その場はこらえた。今は、魔法の使い方を教えてもらうのが先だからだ。
「呼び方は黒菜でいいかい? それとも黒菜様? クロちゃん?」
「とりあえず、クロちゃんだけは無い。黒菜でいいよ。様づけはなんかやだ」
「オッケー! 黒菜!」
ゴエモンは短い手をパタパタと動かしている。声は渋いが、見た目はやはり可愛いと思ってしまい、黒菜はにやけそうになった。
「黒菜。まずは名称を確認するぜ! お前が契約したスマホは魔法の装備だ。だから略して『魔装』と呼ぶ」
「うん、契約書に書いてあったね」
「よく読んでいるな。そして、魔装の中でも一番手軽なのは……お前が持っている『魔法のスマートフォン』略して『マホーン』だ!」
「ダサいね……」黒菜は生暖かい目でゴエモンを見た。
「というわけで、俺は今後、そのスマホをマホーンと呼ぶから、そのつもりでな!」
「あ、はい……」どうでもよかった。
「では、絶対にダウンロードしておきたいオススメ魔法シリーズ!」ゴエモンは高らかにそう言い、片腕を挙げ、ポーズを決めた。そして催促した。「拍手は?」
黒菜は死んだ目で拍手をした。室内に一人分の拍手が虚しく鳴った。ゴエモンは腕を下げ、言った。
「なんか虚しいな」
「じゃあやらせんな!」黒菜は珍しく大声を出した。
「俺がお勧めする魔法、一つ目は『取り寄せ魔法』だ!」
「取り寄せ魔法?」
「その名の通り、ターゲットしたものを自分の目の前に瞬間移動させる魔法だ」
「うん。それがなんでお勧めなの?」
ゴエモンはニヤリと笑い「なんでだと思う?」と意地悪な声を出した。
「え? 忘れ物取り寄せられるとか、手ぶらで買い物に行けるとか?」黒菜は人差し指を顎に当て、天井を見ながら答えた。
「お、良いとこつくな。でも、ちょっと違う……ヒントだ。この魔法だけは、マホーン無しで使う事が許されてるんだ」
「マホーンを忘れても大丈夫って事⁈」
黒菜は、ゴエモンのクイズ形式の会話が、だんだん楽しくなってきていた。無理もない。黒菜は学校でも家でも、人と話す機会が少ないからだ。
「その通り! どんだけ魔法をダウンロードしてても、マホーンなしじゃ使えない! でも、『取り寄せ魔法』さえ覚えておけば、いつでもマホーンを手元に瞬間移動できる! 早速ダウンロードだ!」
黒菜は言われるがまま『取り寄せ魔法』をダウンロードした。ダウンロードは一瞬で完了し、アプリ内に表示された。
黒菜は「試してみる!」と言い、一階に下り、マホーンを台所のテーブルに置いてきた。なんだか興奮して、早く魔法の結果を見たいと思うあまり、早歩きになった。そして、二階の自室に戻り、ゴエモンに言った。
「置いてきたよ!」
「よし、やってみろ。呪文は必要ない。話せない状況の事も考えてあるからな。心の中で『マホーンよ来い』的な事を思えば良いんだ」
「マホーンよ来い!」黒菜は興奮のあまり、つい言葉に出してしまった。
一瞬でマホーンは黒菜の手元に現れた。手元のマホーンを見た黒菜は、「すごい!」と満面の笑みになった。
「凄いねー魔法って!」黒菜は満面の笑みをゴエモンに向けた。
ゴエモンは、ニヤニヤして、言った。
「だろう? 黒菜の笑顔も見れるしな!」
「え⁈」黒菜は顔が赤くなるのを感じた。こんなイメージの違うゴエモンに、頬を赤らめるとは、不覚!
「で、次のオススメ魔法だが」ゴエモンは何事も無かったかのように話を進める。黒菜は不覚を無かった事にして、ゴエモンの前にあぐらをかいて座った
「おい、パンツ見えてるぞ。俺は何も感じないがな」
「何も感じないなら良いじゃん」黒菜はそう言いながらも、スカートを直した。
「ふふふ、可愛いやつめ」ゴエモンはそう言い、肩(?)をすくめた。
(なにこいつ、猫のくせに!)黒菜はそう思いながら、またスカートを引っ張り、中が見えてないか確認した。
「次のオススメは、『緊急防衛魔法』だ!」
これは流石に、名前で予想がついた。黒菜はすかさず、答えた。
「わかった。怪我しそうになったら、防いでくれるんでしょ?」
「その通り! いくら魔法を使えても、不意をつかれたり、事故にあったら終わりだ。『緊急防衛魔法』は、そんな不意の事故をバリアで防いでくれるんだ!」
「じゃあ、殴られそうになったり、車にひかれそうになっても?」
「大丈夫だ」ゴエモンはニヤリと笑う。
黒菜は、喜んで緊急防衛魔法をダウンロードした。アプリ内に緊急防衛魔法の文字が出る。今は『無効』となっている。
「緊急防衛魔法は、常時有効にしておく事をお勧めするぜ。寝てる間だって、なにがおこるかわからないからな。就寝中の火事から救われたって事例もある。どうせ使い放題だ、使った方が得だ」
「うん、わかった」黒菜はうなづき、緊急防衛魔法を有効にした。
「有効にしたな?」
その問いに黒菜がうなづくと、ゴエモンは足元にあった枕を思いっきり黒菜に投げつけた。
「はぶ!」枕は黒菜に直撃した。
黒菜は枕を床に落ちる前に抱きとめ、文句を言った。
「ちょっと、驚かせないでよ! っていうか、緊急防衛魔法が作動してなくない!」
「ならこっちはどうかな?」ゴエモンはいつのまにか、机の上に乗っていた。速い!
ゴエモンはペン立てに入っていたカッターを持ち、チャキチャキと刃を出していた。黒菜の背筋に悪寒が走る。つぎの瞬間、ゴエモンにカッターを投げつけられた。そのスピードは、短い手足からは想像できないほど早く、弾丸のようだった。黒菜は思わず腕で顔を隠し、カッターから目をそらした。
しかし、黒菜は、指で押されたような感触を腕に感じただけで、カッターは床に落ちた。
「ちょっと、びっくりするじゃん……」黒菜は腕を下げ、足元のカッターを確認し、言った。「当たったらどうすんの?」
「当たったぜ?」
「え?」
よく考えてみれば、あれだけのスピードで飛んだカッターが外れていたら、後ろの壁に刺さっていたはずだ。しかし、カッターは床に落ちている。
「え? どういうこと?」
「つまりは、怪我をする事象や、痛みとして認識する事象だけを防ぐんだ。何でもかんでも防いでたら、恋人のキスまで防いじまうだろう?」ゴエモンはウインクをした。ロマンチックな言葉を言って、黒菜をドギマギさせたいという思いがあった。
「え? じゃあ、恋人じゃない人のキスは防げないの?」
「え?」ゴエモンは思いもよらない質問に驚いた。
「好きでもない人にキスされそうになったら、防げないの?」黒菜はまじめに聞いている。
「残念だが、それはほかの魔法で対処するしかない。特定の人物を、自分に近寄らせない魔法とかあるから、それでやってくれ」
「なるほど」黒菜はそう言い、腕を組んで考え込んでいる。無理やりキスされた経験でもあるのだろうか?
「それにしてもすごいよねー」黒菜はカッターを自分の手首にあて、刻む動作を繰り返している。
カッターは、腕にあてることは出来るが、いざ力を加えると、透明なバリアが発生し、刃が、肌から1ミリほど浮くのだ。
ゴエモンは、最初から躊躇なくカッターに力を加えた黒菜に、少し引いていた。
「げほん、では、最後のお勧め魔法だ」
ゴエモンは咳をすることで、気分を切り替えた。黒菜は期待した顔で振り返った。
「最後の魔法は……『自動修復魔法』だ!」
宣言したゴエモンは、今回も決めポーズを取った。
「なるほど!」黒菜はそう言うと、早速『自動修復魔法』をダウンロードした。
「いや、ちょっ、待てよ。少しはクイズを楽しもうぜ」
「クイズにならないよ。どうせ、マホーンが壊れてもすぐ治る魔法でしょ?」
「はい正解」ゴエモンはつまらなさそうに答えた。
正直言って、黒菜は聞いた瞬間、この魔法を早く使いたかった。なぜなら、このマホーンは、前のスマホに魔法のアプリが入っただけだ。つまり、ヒビが入っているのだ。
自動修復魔法をダウンロードし、有効にした瞬間、ヒビは消え、新品同様になった。
「うわぁ、なんか嬉しい」
黒菜はテカテカになったマホーンを、照明にかざし、ニヤニヤと見つめている。
「もう一つ気づかないか?」
「え? なにが?」
「自動修復魔法を有効にしたら、傷や故障が治るだけじゃないぜ?」
ゴエモンはクイズが好きなのか? またしても黒菜を試している。黒菜は素直にマホーンを観察しはじめた。最初は裏を見たり、画面に傷がないかを確認していたが、ゴエモンは『傷や故障が治るだけじゃない』と言っていた。つまり、傷や故障以外に変わった場所があるのだ。
「あ、充電が100%になってる!」
「その通り! 自動修復魔法は充電もしてくれるんだ。オススメの理由がわかっただろう?」
「うん。なんというか……ゴエモンのお勧め魔法って、マホーンを使えない状況に対処する魔法が多いね。取り寄せ魔法も、緊急防衛魔法も、自動修復魔法も、全部そうでしょ?」
「魔法はマホーンがないと使えないからな。大事なのは、大事な時に魔法を使えることだ。ラスボスと戦っている時に、魔法をド忘れする魔法使いなんてダサいだろう?」
「情けないね。ふふ……」黒菜はRPGのゲームの一場面を想像した。『勇者はホ○ミを唱えようとした。呪文をど忘れした! 魔王は究極の呪文を唱えた。ど忘れして唱えられなかった!』酷いゲームだと思い、笑った。
「よーし。あとは、実践あるのみだ。色々試してみようぜ!」
「うん!」
黒菜はそう明るく答えると、マホーンを机の上に置いた。マホーンのアプリに、どんな魔法があるかじっくり見たかったが、それ以上にお風呂に入りたかった。なにせ、今日の放課後、トイレに顔を突っ込まされていたのだから。
魔法の効果で、服と髪は綺麗になったものの、体と心は洗い流されていない。黒菜は便器の匂いを思い出し、吐き気を感じながら、ブレザーを脱いだ。一階に降り、お風呂の湯沸かしスイッチを押した。
お風呂が炊けるまでにマホーンをチェックし、炊けるとバスタオルを持ち、脱衣所へ向かった。ゴエモンは当たり前のようについてきた。黒菜は脱衣所でYシャツに手をかけながら、ゴエモンを睨んだ。
「まさか、いっしょに入る気じゃないよね?」
「安心しろ。使い魔となった人形は濡れないし、汚れもすぐ落ちる! つまり、いっしょに入っても問題ないのだ!」ゴエモンは高らかに宣言した」
「そういう問題じゃない!」
黒菜はゴエモンを掴み、脱衣所の外へぶん投げた。「私の部屋で待っててよ! 絶対入っちゃダメだからね!」
ゴエモンは「まったく……」と肩をすくませ、黒菜の部屋に退散した。