友達
中学でもいじめられていた晴斗は、同じ中学校出身の人がいないであろう高校に進学した。高校デビューとまではいかなくとも、中学のような孤立した日々を過ごさないためにそれ相応の努力をした。
しかし、その努力は一ヶ月そこらじゃまったくの無意味だった。中学同様いじめられる日々。やっぱり、高校デビューなんて俺には無理だったのかと思い始めた頃、話しかけてくれたのが蒼真。晴斗と友達になってくれた唯一の男で、後に晴斗を裏切り引き籠りにさせた張本人である。
その日から、晴斗は少しずつだが学校が楽しくなっていた。いじめは引き続き起こってはいるが、それでも同じ趣味を持つ同士な蒼真と過ごす時間が楽しかった。十五年間生きてきて、初めて友達の大切さを知ったような気さえした。そう思った時物凄く悲しくなったけど。俺、友達いなかったんだなってしたくもない再確認をする羽目にもなった。それでも、楽しかったのだ。
だが、友達というものを詳しく知らなかった晴斗は気付くことが出来なかったのだ。晴斗が、蒼真に利用されているということに。
蒼真は、よく晴斗にお金を貸してくれるよう頼んできた。理由は、欲しいゲームが買えないとか晴斗も確かになくなると実感できるものだった。欲しいものはすでに買っており、お金も十分に余っているから晴斗はその都度蒼真にお金を貸した。どのくらい貸したかはもう忘れてしまったが、軽く五万は超えていたと思う。
流石におかしいと流石の晴斗もわかる。だけど、きっと何かあるのだろうと蒼真を疑うようなことはしなかった。だって、友達なのだ。信じずして何が友情か。初めて出来た友達なのだ。自分にやれることはやりたいのだ。それが、晴斗のやりたいことなのだ。いや、正確には“だった”だろうか。
そうして、ある日のこと。晴斗は目撃してしまったのだ。蒼真と晴斗をいじめていた奴らが密会している現場を。
帰宅の支度を終え、教室を出ると何処かへと向かう蒼真の姿を見かけた晴斗は、一緒に帰らないか? と聞くために後を付けた。まぁ、言い方は悪いかもしれないが、その通りだから仕方がない。
そうして、蒼真が何処かの部屋に入ったのを確認した後、晴斗も入ろうとしたところで、物凄く聞き覚えのある声が聞こえた。毎日晴斗をからかっているという名目でいじめているあいつらの声だった。
晴斗は、どうして蒼真があいつらと一緒に? という疑問に首を傾げながら、中には入らず聞き耳を立てる。悪いことをしているような気がするが、このまま部屋に入ったところでいじめられるだけだ。ならば、バレてないこの状況を利用しない手はないというわけだ。
そして、蒼真とあいつらの会話が聞こえ……。
「おい、蒼真。あいつどんだけくれたんだ?」
「今回は五千円だな。くそ、もう少しくれてもいいってのによ」
「いいじゃねぇか。これで今日も遊びに行けんだからさ……、って、外に誰かいるのか? 足音が聞こえた気がすんだけど」
「気のせいじゃねぇか?」
そんな会話を聞いた晴斗は、その場から逃げ出すように走り去っていた。これ以上はあの場所にいたくなかった。あの会話を聞きたくなかった。あの顔を見たくなかった。
蒼真が晴斗に親しく接してくれていたのは、すべてあいつらのためだった。つまり、晴斗は利用されていたのだ。あいつらにとってのいい金蔓だったのだ。
晴斗に初めて出来た友達は、実は友達じゃなかった。普通の人にとっては、悲しいことだけれどそこまで重く捉えるようなものではないのかもしれない。しかし、晴斗はそうじゃない。初めての友達だったのだ。気を許せる同士だったのだ。
それが、実は友達どころかただの金蔓と思われていた。晴斗の心に出来た傷は一生治らないかもしれない程大きく深かった。
それ以来、学校に行くのが怖くなった晴斗は引き籠ってしまったのだ。因みに、この理由は誰も知らない。言っていないし、言ったところで意味がないだろうからだ。まぁ、両親は薄々勘付いてはいるだろうが。
そんな過去を話していると、いつの間にか自分の手が震えていた。一体何時から震えていたのかはわからないが、一年以上経ってもその傷口は癒えないらしい。そもそも、癒えていたら学校にも行けているはずである。
すると、晴斗の震える手を温かく、柔らかな感触が包み込んでくれた。俯いていた顔を上げれば、自分の手を握ってくれたのは六花だった。その優しい表情に、眼差しに、晴斗は後ろめたさに目を逸らす。
「晴斗君、辛いことを思い出させてごめんなさい」
「いや、さっきも言ったけど六花さんが気にすることじゃ……」
「ごめん……なさい……」
六花は、そう言いながら静かに涙を流した。晴斗は自分のしてしまった大罪に慌てふためく。よりにもよって女の子を泣かせるとか下手をすれば蒼真とかあいつらよりも最低なことをしてしまったことになる。というか、現在進行形でしてしまっている。
「ど、どうして六花さんが泣くんですか!? 俺、何かしました!?」
「いえ、晴斗君は何もしてません。すみません、取り乱してしまいました……」
晴斗が何かしたから六花が泣いたという訳ではなかったので、安堵したとともに、もしかしたら自分のために泣いてくれたのではないか? という考えに辿り着き、途端に嬉しく思った。自分のために泣いてくれる人がいるとは思ってもいなかったのだ。
唯一の友達に裏切られ、他人が信用できなくなった晴斗だ。自分を想って何かをしてくれる人なんていないと思うのも無理はない。
「その、ありがとうございます。六花さんのお陰で少しは楽になりました」
「いえ、私は何も……。ですが、晴斗君。これだけは聞いてください」
「えっと、何か聞いてもいい?」
「……晴斗君にどう思われていても、私は友達だと思ってますよ、晴斗君」
咲き誇った花のような可憐な笑顔で六花がいってくれた言葉に、晴斗は心が温かくなったように感じた。否、本当に温かくなった。まるで、心を凍てつかせていた氷が六花の優しさという名の炎で溶けたかのようで、それほど六花の言葉は温かいものだった。
晴斗の頬を一粒の涙が伝った。それはきっと、凍てついた悲しみや辛さといった晴斗の心に積もりに積もった負の感情が六花の優しさという炎によって溶けたものなのだろう。やはり、先程の例えは間違ってはいなかったのかもしれない。
「は、晴斗君……? どうかしましたか……? どこか痛いところでも……?」
「いや、痛くはないよ。ただ、嬉しかっただけで……」
流石に、友達と言われたのが嬉しすぎて泣いてしまったなんて恥ずかしくて言えるわけがない。だが、先程言った通り嘘は嫌いなのだ。嘘も方便という言葉もあるが、友達と言ってくれた六花に嘘は吐きたくない。
もしかしたら、六花は嘘を吐いているのかもしれない。もしそうなら、今度こそ晴斗は立ち直れないかもしれない。そう考えると、簡単には信じることは出来ない。
でも、それでも信じてみようと思うのだ。二、三カ月ずっと会って会話をして、六花がどれだけ優しいのかを晴斗は知っている。蒼真のように演技という可能性もある。でも、そうだったとしても信じてみようと思うのだ。いや、正確には信じたいのだ。
一年以上も苦しんだ苦しみや辛さから救ってくれた六花を、ただ純粋に信じたいのだ。それが、晴斗が六花に返すことの出来る恩だと思うから。一方的に決めてしまった恩返しだけど。
「ありがとう、六花さん」
「……いいえ、どういたしまして……」
静かな、されど暖かな時間が流れる。そんな時間が、晴斗には心地よかった。
「あ、あの、晴斗君……!」
「? どうかした?」
「……いいえ、何もないです。気にしないでください」
そう言う六花の表情は、どこか哀しげで何かを言いたげな様子だったが、六花が言いたくないのならそれでいいだろうと晴斗は気付いていないフリをした。
しかし、晴斗は思いもしなかっただろう。まさか、この会話が六花との最後の会話になるなんて……。
ども、詩和です。お読みいただきありがとうございます。
さて、今回はいかがでしたでしょう。楽しんでいただけましたか?
友達がいなかった時期に、こういう女の子に出会えてたら俺も救われてたんですかね? まぁ、過去は変えられないんで今更なんですけど。
話すこともないのでやっぱり宣伝を。
『兄が好きな妹なんてラブコメ展開はありえない。』、『黒の死神と白の吸血姫』を連載しています。そちらもどうぞ。読んでくれている方々はいつもありがとうございます。
今回はこの辺で。
それでは次回お会いしましょう。ではまた。