名前、聞いてもいいですか?
それから三日後。早くも二度目の外出をしていた。今度はカップラーメンが切れてしまったのである。先日買ったコーラ同様、晴斗にとっては必需品なのだ。調理時間たったの三分で十分な栄養が摂取できるのだ。カップラーメン以上に安くて上手く、某宇宙人が戦い終わる頃には完成する食べ物はないだろう。因みに、時刻は三日前と同じ午後六時くらいなので外は寒い。すんげぇ寒い。
そんな必需品なカップラーメンを買うために、再びあのコンビニへと向かっているのだ。
実は、母親に買ってきてもらおうと思っていたのだが……。時は少し前に遡る。
「母さん、カップラー……」
いざ母親に頼もうとした時、晴斗の脳裏をある考えが過った。もしかしたら会えるのでは? と。ちょっと期待してる自分気持ち悪いと思いながらもそんなことを考えてしまった。
晴斗はいったん自分の部屋に戻り、外出の支度をした。引き籠ってから二度目の支度である。
支度を終えた後、念のため外出することを伝えるために母親の元へと向かった。普段部屋にいない人物がいなかったとなれば心配するだろうからだ。
「母さん」
「え? 晴斗!? その、どうしたの?」
部屋から出ただけでこの反応。普段の晴斗の生活が伺える。どれだけ部屋から出てないんだよ……。
「ちょっと、出かけてくる……」
「え!? 晴斗、一体何処行くの!? 外、外なの!?」
晴斗が心配な故の優しい気遣いなのだが、そこまで心配する? と晴斗は少し引き気味である。まぁ、それだけ心配させることをしているということにもなるので、申し訳ない気持ちになる。
「えっと、コンビニに……」
「晴斗死なない!? ちゃんと買い物できるの!? 本当に大丈夫!?」
「それくらいわかるし、死なないから!」
母親がどんな風に自分のことを思っていたのか知った晴斗は、少しショックを受けていた。外出ただけで死んでたら三日前に死んでいる。それに、買い物の仕方を知らない人の方が少ないだろう。まぁ、引き籠っていた息子がいきなり外出しようとしたのだ。パニックに陥るのも無理はないだろう。
「晴斗、誰かに脅されてたりしてない?」
「引き籠りを脅す人っている!?」
「じゃあ、どうして外に出ようとするの!? 今まで出ようとしなかったじゃない!」
「……行ってきます」
まさか、女の子に会えるかもしれないからなんて言えるわけもなく、晴斗は逃げるようにして家を飛び出してきたのだ。
そして、今に至るという訳だ。心のどこかで思ってしまっている「もう一度、あの女の子に会えたりしないかな?」という考えを、そんなわけがないと、否定しながらコンビニへと向かう。
そうしているうちに、いつの間にかコンビニへと着いていた。先日来た時よりも到着時間が早かったような気がするのは気のせいだろう。決して期待に胸膨らんで時間が経っていたなんてことはないはずだ。もしそうだったら自分の気持ち悪さに膝から崩れ落ちるところである。
店内に入る前にコンビニの前を見渡すと、あの女の子がいた。まさかいるとは思っていなかったので、心臓がどきりと跳ねる。嬉しさにではない。焦りにだ。
また会いたいとは思っても、いざ会うとなると緊張してしまうものである。引き籠りでコミュ障な晴斗なら尚更である。
晴斗は、女の子の視界に入らないように注意しながら店内に入ろうと歩き出す。顔を覚えられているとは思わないが、もしもという可能性はある。話しかけられたりしたら変な声を出せる自信がある。自然とフラグを建築してしまった気がするが、まぁ気のせいだろう、うん。
さて、晴斗君が建築したフラグ。勿論、回収されてしまうわけで……。
「あ、鍵を見つけてくれた人……!」
「ひゃい!」
いきなり話しかけられた晴斗は、宣言通りに変な声を上げて身体を跳ねさせる。声のする方を向けば、例の女の子だった。まさか、顔を覚えてくれているとは……。少し嬉しいかもしれない。だけど、話しかけられたことはまったく嬉しくない……と言えば嘘になるかもしれない。なんだかんだ言って、嬉しいことに変わりはなかった。男って単純だな。
女の子はとたとたと晴斗の方へと駆けてくる。どうして近づいてくるんですかね? 俺何かしましたっけ?
「あの、鍵を見つけていただきありがとうございました。お陰で助かりました」
「いや、その、よかった、です……」
ぺこりと頭を下げる女の子に、晴斗も無意識のうちにぺこりと頭を下げた。話しかけられたことだけでも驚きなのに、再びお礼を言われるとは思ってもいなかった。でも、悪い気はしない。ありがとうと言われるのは、やっぱり嬉しい。その証拠に、心が温かく感じる。語彙力なくてすみません。
「あ、じゃあ俺、用事あるので……」
謎の女の子が話しかけてきた! 晴斗はどうする?
戦う 守る アイテム ‣逃げる
晴斗は逃げた。
「あの、少しお話しできませんか?」
しかし、回り込まれてしまった! 折角話しかけてくれたというのに、それを無碍にしようとした罰だろうか。引き籠りなコミュ障には拷問に近いですよ? 俺を殺す気ですか? そうなんですか!?
まさかのお誘いに、晴斗は……。
「あ、あの、ここで待っててもらって、いいですか? 用事、済ませてきます……」
「は、はい……!」
そう言いながら微笑む女の子に、晴斗は何か裏があるのでは……? と考えつつも、しょうもない用事――カップラーメンの購入――を済ませるために店内へと入った。女の子を待たせてまで済ませるほどの用事ではない気がするが、というかないのだが、心の準備をさせてもらいたかったのだ。女の子からのいきなりのお誘い。引き籠りな晴斗が耐えられるわけがないだろう。
そうして、無事に用事を済ませ、店内を出ると女の子が待っていた。まさか、本当に待っているとは……。いや、女の子の方から言って来たんだから待っててもらわないと二度と外出たくなくなるからよかったんだけどね? ……いや、待て。待ってなかった方が話さなくていいからよかったんじゃ……。
「用事、終わったんですか?」
「あ、はい。えっと、それで……」
「じゃあ、あっちの方に公園があるらしいのでそっちで話しましょうか……」
「あ、そうですね」
女の子に連れられるがままに晴斗は公園へと向かった。こういう場合は男である晴斗がエスコートするのだろうが、生憎だが晴斗にそんなことは出来ない。そもそも、エスコートが出来てたら晴斗は引き籠っても無いしコミュ障でもない。
そうして公園に着いた晴斗と女の子はベンチへと座った。離れて座っているとはいえ、ベンチだ。女の子との距離は近いと言ってもいいだろう。晴斗のSAN値がガリガリと削られていく。
そうして、SAN値が削られていく中、晴斗は女の子と色々なことを話した。好きなもの、好きなこと、最近の出来事とか、そんな当たり障りのない他愛ない会話をする。
時折、というかほとんど挙動不審だったが、晴斗の趣味がアニメマンガラノベとか所謂オタク系統で、あまり好きじゃない人でも楽しめるように説明したつもりだったし、コミュ障故に説明が下手という自覚もあったし、受け入れられるかもギリギリだったが、それでも女の子は微笑みながら相槌を打ってくれる。
それが、途轍もなく嬉しかった。反応が返ってくることがこんなに嬉しかったんだな、と悲しい感想が零れるがそんなものは関係ない。嬉しければいいじゃない! 別に悲しくてもいいじゃない!
しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので……。
「あ、もうこんな時間……」
「そんなに時間経ってたんですね……」
女の子の言葉に、晴斗は自分のスマホで時間を確認する。いつの間にか、晴斗が外出してから一時間近く経っていた。一時間近く話していたためか、晴斗の挙動不審ぶりは少しマシになっていた。しかし、相変わらず敬語なのは晴斗の気弱さ故か。年齢もわからない、知り合ってまだ少しの時は敬語で話せば大抵のことはやり過ごせる、はずだ。
「それじゃあ、私はこの辺で……」
「あ、じゃあ俺もそろそろ……」
時間もいいところだし、解散しようとした時、一つ忘れていたことを思い出した。どうして今まで気づかなかったのが不思議で仕方がない。それほど大切なことを聞くのを忘れていたのだ。
「あ、あの……! 名前、聞いてもいいですか?」
晴斗は今にも帰ろうとしている女の子へと、そう声を掛けた。晴斗が聞き忘れていたもの、それは彼女の名前である。名前くらい最初に聞いておけよ……。
女の子は晴斗の声に振り返る。髪やコート、スカートがふわりと翻る姿は中々に可憐で、晴斗は自然と息を呑んでいた。それほど、女の子は可憐だった。
そして、ゆっくりと口を開き、
「……六花。雨宮六花、です……」
微笑みながら、凛と済んだ声音でそう言った。
「その、あなたは?」
「八雲晴斗です」
「八雲さん、ですか。その、また会ってくれますか?」
「あ、はい……!」
その後、再会を約束した晴斗と女の子改め六花はその場を後にした。
帰りの道中、終始にやにやしていた気がするが、気のせいだろう。道行く人に変な目で見られ、挙句の果てには子供連れのお母さんにこっちを指さしている子供が見ちゃいけません! と言われていても、きっと気のせいだろう。にやにやしていたとしても! 気持ち悪くはないはずだ! 決して!
ども、詩和です。お読みいただきありがとうございます。
さて、今回はいかがでしたでしょう。楽しんでいただけましたか?
まぁ、前話共々楽しむような話ではないんですけどね。
前回は、出会い。今回は再会と。まぁ、なんの進展もないので楽しめるわけがないんですね。
そんなことはさておき。
此度も宣伝を。
『兄が好きな妹なんてラブコメ展開はありえない。』、『黒の死神と白の吸血姫』を連載しています。そちらも、ぜひお読みください。読んでくださっている方々、いつもありがとうございます。
さて、今回はこの辺で。
それでは次回お会いしましょう。ではまた。