序章 約束
「決めたぞ」
親友が呟いた。唐突の出来事に振り向いてみれば、見慣れた表情を浮かべる顔が夕日に照らされていた。
茜色の空はひどく晴れているのに親友は真逆のようだ。秘めた思いを隠し、覆い、別の感情にしようとしていた。
泣きたいなら泣けばいいのに、などど言ってしまえば本気で殴り掛かってくるだろう。勝ち目は無いし、痛いのもつまらないので見ぬふりに徹する。
だから平然を装う言葉を紡ぐ。
「何を?」
「俺は・・・」
親友はかっ、と口を開いて力むが続きが出て来ない。ひょっとすると吹き抜ける風にかき消されて聞こえなかったか。頼む風、どうかこの筆舌に尽くしがたい雰囲気も吹き流してくれないだろうか。
ああ。気味が悪い。関節が妙にかゆく感じる。
言い淀んでしまう姿なんて記憶をたどっても見当たらない。しかし変に気を遣えば、誇り高いあいつのことだから意固地になって閉口し続けるだろう。いやそれこそ殴り掛かってこられそうだ。
ああ。面倒くさい。
「あのねぇ。いつも君が隊長役で、自分が部下役でしょ」
「だから内容を言え。一緒にやるから」とは恥ずかしくて言えなかった。それでも気持ちを汲んでくれるはず。
後は待つだけだった。その間、置き場に困った視線は、普段と異なる街並みに吸われた。
毎日通う学校は、古びた教室を露わにして、大型の丸時計が設置された正面棟には鉄骨が突き刺さっている。たぶん登下校路の途中にある橋のそれだ。確か名前は武良大橋。名前に反して小さいと思った気がする。
学校の周囲も。いや街全体が。似た有様だ。建物は焼け、崩れ。アスファルトが隆起して持ち上がった大型車。ガラスが砕けて落ちたデパートに電車が風穴を開けている。まるで巣穴に帰る蛇のようだ。
そういえば自分たちの孤児院と院長はどうなったか。まあ壊れていても良いのだけども。
しばらく一人で物思いに耽っていれば、空は夜の色を見せ始める。青と朱が混じるそれは子供ながらに好きだった。
そして流れるようにそれは聞こえてきた。
「俺は帰るよ『あっち側』に」
なんてことはないいつもの親友が言った。なら余計なことは考える必要も、言葉をはさむ意味もない。
「変えるんだ。狂ったこの世界を」
それだけ言うと、こちらを凝視してくる。反対するとでも。面白そうでいいじゃない。心からそれくらいしか浮かばなかった。我ながら淡泊な反応だ。
「乗った」
自分たちは互いに視線を逸らさない。それこそが約束の結びかのように。
案の定、親友は言った。
「じゃあ約束だ」
あとは自分が果たすのみ、とでも考えているのが手に取るように分かる。満足した表情に腹が立たないわけではない。
親友が阿呆を言い出す、誘われて、二人で計画し、二人で実行する、ここまでがテンプレ。コイツのせいで酷い目にあったことも少なくない。
が、しかし約束は守らなくていけない。だから仕方なく自分は頷いた。
もう辺りは薄暗い、あと数分もすれば太陽は地球の裏に隠れるだろう。そうなれば少し肌寒くなる。
「風邪、ひくなよ」とずいぶん臭い台詞が聞こえた気がした。もう少し明るければ赤面を拝めただろうに。これには悔やむばかり。
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