極僅かな
あれから一日がたった。
筋力も一日でかなり回復してきたらしく、自分から起きられるようになった。
「やぁ、俊哉くん。気分はどうだい?」
「最初に目が覚めた時と同じくらいですかね。」
昨日のローガンとの最後の会話以降、俊哉に与えられた情報量が多過ぎたのか一時間もしないで寝てしまっていた。
そして目が覚めた時にも、この世界が夢ではないことを自覚させられていた。
「まだ君に伝えなければならない事が山ほどあるんだが、今日も話してくかい?」
「お願いします。やることない上に、話し相手はローガンさんしか居ないので。」
「俊哉くんがもう少しこの世界の事と、この時代の自分の事を理解できれば、AIも良い話し相手になってくれるはずさ。」
「そうですか。」
俊哉には、AIが自分の良い話し相手になってくれるとは、まだ信じきれなかった。
「今日は軽めに、2218年の世界について知ってもらおうと思ったんだが、これは歴史と一緒に話してもらった方がすんなりと理解できる。だから人類の記憶について担当している君の父親にでも詳しく聞いてくれ。代わりに私からはVRSの説明をする。」
俊哉は頷きそうになったが、ローガンの発言に「自分の父親」の発言があったことに驚いた。
それに気づいたローガンは慌てて訂正しようとした。
「すまない。VRSの説明の中にその事を織り交ぜて話していこうと思っていたのに、つい先走ってしまった。」
「大丈夫ですよ。」
確かに衝撃的な発言ではあったが、俊哉はもう慣れ始めていた。
「じゃあさっき言った通りVRSについて話していくよ。
VRSは前にも言った通り効率的な成長を促すことが出来るため、全世界共通で実施されている。対象になるのは、少年少女の成長期の後半に当たる時期ということで男子は17歳、女子は14歳に行う。実施日は地域によって異なるが、だいたい七月~九月だな。」
「すみません、VRSを知った頃から気になっていたのですが、それ以外に教育機関はあるんですか?」
「もちろんあるとも。読み書き程度の軽い育児支援機関と教育というか研究に当たる働き場が希望者対象にあってだな、昔の大学に当たるものがある。それ以外には人と触れ合って習いなさい。って感じだな。」
俊哉は、楽そうだけど無責任にも思えると感じていた。
「基本VRS内で使用される仮想現実は2000年前後をモチーフにしていて、体験者の家族については、万が一のために過去の体験データから現実と大差なく登場させてもらっている。
家族以外の人物についてだが、体験者の記憶に強く残っている人物がキーパーソンになるよう設定されていて、全く関わったことのないような人物はこちらが用意したデータで作られたものになる。」
「それって、さっき話で出てきた様に父さんや母さんが実在していて、澄真や莉子も探し当てることが出来るかもしれないってことなんですよね?」
俊哉の目が綺麗に輝き、恐らく目覚めてから1番大きな声で反応した。
それだけ俊哉の生きていた証とも呼べる仲間たちは、彼にとって愛おしいものだったのだ。
「そ、そういうことになる。だがその澄真くんと莉子ちゃんには仮想現実内の記憶は全くないことを理解しておいてくれ。」
「そうですね。自分の記憶に強く残っていたとしても相手がどう記憶してたかは別ですからね。」
「どうであれ私には、君が最も望む未来になるように手伝う義務がある。まずはその澄真くんと莉子ちゃんのフルネームと特徴を教えてくれ。」
「何に使うんですか?」
「同年代ならここのVRSを、ここ数年の内に体験しているはずだろう?」
「なるほど。」
俊哉は二人の名前と特徴を言うと、とても大きな喜びに満ちていた。探すにはかなりの時間と労力が必要であると思っていた俊哉はここまで順調に進みそうになるとは思ってもいなかった。
「さて、話が逸れてしまったがVRSの説明に戻るとしよう。通常はVRSが終わると三週間程度、リハビリや栄養バランスの調整などが必要なんだが、君は一週間程度でも大丈夫だと思う。既に上半身だけなら動けるようになっているだろう?」
「はい。もう歩けるんじゃないかと思えるくらいにピンピンです。」
「VRSを体験している間も筋肉は仮想現実と同じように動かされるから、少し疲労が溜まりやすい傾向にある。だから目が覚めた初日は起き上がれないこともある。歩くことに関しては起き上がるよりも持続的に筋肉を使うから補助を用意させてもらう。」
部屋の片隅には四輪の歩行補助車のようなものが置いてあった。
「これで身体についての説明は終わりだ。次に記憶についてだが、法律上VRS内の鮮明な記憶を残してはいけないことになっている。」
「えっ。」
「今後の脳への負担や精神的ダメージの危険性ゆえの法律だ。だから昨日も言った通り、通常と同じく記憶を整理する期間として最大の一ヶ月を目安に、仮想現実内の鮮明な記憶を徐々に消去していく。」
「つまりだな。澄真くんと莉子ちゃんを探す期限は一ヶ月だ。一ヶ月を過ぎれば確実に君の記憶から二人の存在は消える。」
「そんな。」
「わかる。確かに同情する。だからといって法は破れないし、君のこの世界での生活を壊すことはできない。」
「大丈夫です。ローガンさんがいれば見つけられる気がしますよ。」
「そうだな。私も全力でフォローしていくよ。」
「じゃあ私はもう行かなければならない。上司や世界の人々に君のことを報告する仕事も増えたからな。今日はもう会えないだろう。」
ローガンは笑いながら言う。
「そうなんですね。頑張ってください。」
俊哉は申し訳なく微笑み返す。
「そうだ、君の両親が夕方頃に面会の予定を入れていた。心待ちにしとくといいよ。」
そう言って彼の足音が遠のいていく。
「本当に、おっちょこちょいな人だな。」
「あぁ、忙しいからなのだろう。」
俊哉は突然反応したAIに驚いた。
「今まで何してたんだ?」
「前半は聞いてたんだが、途中で飽きてしまってな。世界のニュースを確認していたんだ。」
「呑気なヤツめ。本当にAIか?」
冗談交じりに言う。
「失敬な。これでも俊哉よりは頭がよろしいぞ。」
無機質な声でありながらも、しっかりと感情があるかのような発言をするこのAIには、いつも驚かされる。
「とは言ってもローガンの話には、俺にとって余分な情報が多過ぎた。もう一度要約して話してくれないか?」
「生意気なやつめ。」
なんだかんだこのAIとも上手くやっていけそうな気がした午前11時であった