告白
ローガンが部屋を後にしてから俊哉は呆然としていた。何かの間違えだと信じたかったのだ。
しかし俊哉にはローガンを信じてみることしか他に道が思い浮かばなかった。
そこでAIに簡単な質問をしていく。
「なぁ、AIさんよ。ここはどこだ?」
「日本の静岡県だよ。」
200年経ってもしっかりと自分が住んでいた日本があることに安堵した。
「この施設は何なんだ?」
「ここはVRSさ。」
「VRSってなんだ?」
「Virtual Reality School.
そのまんまさ、仮想現実の教育機関。」
「近未来ジョークじゃないよな?」
「本当だ。まずこんな事も知らないなんて大丈夫か?」
俊哉は仮想現実で学校を再現するなんてことを小馬鹿にしたが、AIに心配されるなんて思ってもみなかった。
俊哉の中では共感し得ない教育機関ではあったが詳しく聞くことにした。
「それで、そのVRSってのは仮想現実の世界で授業でもするのか?」
「いや、実際の生活を体験するんだ。」
「実際の生活?」
「そう、生まれてから学校に行き就職して家庭を作るまでの40年間を体験するんだ。」
俊哉にはやはり理解出来なかった。
それは仕方がないことなのだ。2018年を生きていた俊哉と2218年のAIには知識と価値観の差がとても大きいのだから。
俊哉は一度AIとの会話をやめ、自分で考えてみることにした。そうすることで受け入れようとしていたのだ。
しかし、全てを理解することはさすがに出来なかった。
「なぁ」
「待たせたなー!」
更に質問をしようとした俊哉の声を渋い声が遮った。
「監視カメラでたまたまAIに質問してるのを見たが、どこまで理解出来た?」
「基本的な事はわかりました。ここが教育施設でどんな教育をしているのか。」
「そうか、じゃあもっと詳しく説明していくが、今からの話は君を不安定にさせると思う。話し終えたらじっくりと考えてくれ。」
「わかりました。」
ローガンは深く息を吸い淡々と話しはじめた。
「俊哉くんがいた2018年ってのは、この仮想現実で体験してもらっていた世界だったんだ。」
俊哉は口から何も発することが出来なかった。
「このVRSってのは今から180年ほど前に完成した脳へ直接接続するVR技術と50年ほど前に出来た記憶の圧縮技術によって作られたもので、短期間で人間性と知性の両方を育むことのできる技術だ。その性能の高さと臨床実験での完璧な成功から20年くらい前から使用されてた教育プログラムなんだ。」
長く沈黙が続くと、俊哉が口を開いた。
「でも俺はそんなものを受けた記憶が無い。」
「飲み込んでくれたようだね。そうなんだ、通常ならVRSを受ける前の記憶が残っていて、短くて1週間、長くて1ヶ月もすれば、仮想現実での不要な記憶は消えていく仕組みなんだが、俊哉くんはVRSを受ける前の記憶が消えていた。これは私の予測なんだが、通常40年間のプログラムを交通事故によって約17年間で終えてしまったことが関係していると思う。」
俊哉は固唾を飲んだ。
「不測の事態だったよ、病気を発症してプログラムが早く終わってしまう事例は何回かあったが、病気は期間が長い分しっかりと対策が出来た。俊哉くんのように突然で、しかも大きなストレスを抱えて中断されてしまったのは初めての事態だった。私達も常に監視をして、あらゆる事態に対応出来る準備をしていたのに・・・申し訳ない。」
俊哉は何となくだが理解ができ始めていた。
自分はこの時代に生まれ、更なる知性と人間性を求めて過去の世界を旅している間に生きていた時代の記憶を失ってしまった・・・。
なんとも言えない気持ちである。
澄真と莉子との別れを悲しんでいたはずなのに、そんな人物は存在しないと知らされた気持ちは、まるで生きていた証を失った気分であった。
そんな多大なる喪失感に襲われた俊哉は、もうローガンと目も合わせられずにいた。
「今日は以上だ。もう目も慣れただろう。カーテンは開けておくよ。」
ローガンによって開けられた窓の先には2018年の時よりも綺麗な庭と空の姿が見えていた。