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みんなの人気者に

 サッカーの授業の後、変化があった。

 女子たちに笑顔で話しかけられるようになったのである。


「来栖くん、見てたよー」


「カッコよかった!」


「ありがとう」


 女の子たちに囲まれてほめられる経験なんて初めてだったので、困惑しながらも親切に対応した。

 男子たちも僕のことをすっかり認めてくれたようだ。

 もっとも、サッカー以外は大したことがないとすぐにばれてしまったため、「サッカー無双の男」「サッカーは神、他は凡人」なんて言われちゃったりするようになってしまったけど、できないものを期待されるよりいい。

 女子のほうも


「サッカーしている時の来栖くん、最高にカッコいいね!」


 とほめてくれる。

 サッカーをやっていてよかったと思ってしまった僕は単純なんだろうなあ。

 谷口くんはと言うと、あまり干渉してこなくなった。

 トイレでばったり会ったので、聞いてみる。


「そう言えば谷口くんとはあんまり話してない気がする」


「……お前、みんなと仲良くできてるからな」


 意外な答えが返ってきた。

 びっくりして彼の顔をまじまじと見つめると、彼は照れたようにそっぽを向く。


「父ちゃんが言っていたんだ。ひとりでいる子、周囲になじめてない子を助けてやるのが男だって。でも、来栖はもう大丈夫だろう?」


 そうだったのか……。

 僕を心配して声をかけてくれていたのか。


「うん。ありがとう。谷口くんがいてくれたおかげで、僕は何とかやってこれたよ」


「よせよ。俺は父ちゃんと違って、大したことできないよ」

 

 谷口くんは手を洗いながら照れた笑いを浮かべる。


「谷口くんのお父さん、すごい人なんだ?」


「そうなんだぜ。父ちゃんは消防士でさ、みんなが危ない時に命を懸けて助けるんだ。最高にカッコいいんだぜ。俺も父ちゃんみたいなみんなを助けられる、カッコいい男になりたいんだ」


 谷口くんは得意そうに話す。

 普段、みんなに頼られてもほめられても静かに笑っているだけの彼が、とても生き生きとしていた。

 よっぽどお父さんが好きで、尊敬しているんだね。


「谷口くん、サッカーしてみない?」


「サッカー? 嫌いじゃないけど……」


 お父さんのようにと語っていた表情がくもってしまった。


「そうじゃなくて。はじめるだけなら別にいいじゃない?」


「そりゃそうだろうけど……」


 何か迷っているらしい。

 

「サッカー選手だってみんなのヒーローになれるんだよ」


「ふーん?」


 もう一押しって感じだったので僕はあることを告げる。


「イギリスにプレミアリーグってあるの知ってる?」


「名前くらいは。Jリークの仲間みたいなもんだろ」


 プレミアリーグをまねしてできたようなものだけど、とは言わないでおく。


「見てる人の数、十億人って言われるんだよ」


「じゅ、じゅうおく……?」


 谷口くんは絶句してしまった。


「スペインのエルクラシコ……レアルマドリードとバルセロナの試合を見る人は八億人くらいだってさ」


「は、はちおく……?」


 谷口くんは目をむいている。


「どう、すごいだろう?」


「すごそうなのは何となくわかった」


 谷口くんは圧倒されているようだったけど、だからと言ってそのままで終わるほど単純でもなかった。


「ただ、俺がサッカーはじめるのと関係はなくね?」


「いや、サッカーが上手くなれば十億人のヒーローになれるんじゃないかと思っただけ」


 僕はそう言った。


「うーん……でも、俺がなりたいのは消防士か警察官なんだよなあ。困っている人を助けたい」


「そっか」


 どうやら失敗に終わったらしい。

 無理に誘うことはやめておこう。

 

「ごめんね」


「いいさ。来栖に誘ってもらえてうれしかったよ」


 谷口くんはいつものさわやかな笑顔を浮かべて出て行った。

 ここ、トイレの洗面台だったのにカッコよく決めるよなあ。



 このようにして僕の小学校生活は一気によくなったようだったけど、実は例外があった。

 優海ちゃんが僕を見る目がちょっと冷たくなったのである。


「翔くん、ちょっとやりすぎたんじゃない?」


 何だろうと思ってたらスクールでそんなことを言われてしまった。


「うん、ちょっと反省している」


 しょぼんとして言うと、彼女は機嫌をなおした。


「そうなんだ。難しいよね、サッカーを習ってない子とサッカーをやるのって」 


「うん」


 どうやら彼女も苦労しているらしい。

 ところでどうして彼女の機嫌は悪かったんだろう?


「うん、どうしたの?」


 他の女子たちが集まってくる。

 他の子たちは別の小学校のようだ。


「サッカーの授業があってね、難しいねって話をしていたの」


「ああ、そっかー。優海ちゃんも翔くんも大変だろうねえ」


 女の子たちはすぐに分かってくれる。


「ふたりとも将来はプロになるの?」


「うん、私はそのつもりよ」


 優海ちゃんは即答する。


「優海ちゃんは可愛いから、モデルにもなれそう」


「本当はいやなんだけどなあ。サッカーだけ見てほしいもの」


 女の子たちがほめるように、優海ちゃんはルックスもナンバーワンと言えるんだけど、本人は不満そうだ。

 そりゃサッカー選手としての実力とルックスって何の関係もないもんね。

 僕は女の子たちにカッコいいと言われたらうれしいけど、優海ちゃんはそう思えないらしい。

 

「翔くんはどうするの?」


「プロにはなりたいなとは思っているよ」

 

 女子たちの問いに答えたところで、他の男子たちが集まってきたので着替えに行くことにした。

 

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