コーチたちの会話
主人公の名前を来栖匡とさせていただきたく思います。
来栖匡という少年について、俺たちはゲームを見ながらある判断をする必要があった。
というのもマリオが特待生としてスカウトしたいと言い張るからだ。
マリオはスカウトして何人ものプロ選手を発掘した実績があるし、現役時代はブンデスリーガ・セリエA・リーガエスパニョーラという欧州四大リーグのうち三つでプレーしていた男だ。
残念ながらイタリア代表には縁がなかったらしいが、世界の一流を見続けてきた男と言える。
そんな男が熱心にすすめるのだから、我々としては反対できなかった。
そして実際に来栖を見た感想は。
「ほうあれをワンタッチで」
「足の使い方がいいな」
「もっとも安全に通せるコースを一瞬で判断したのか?」
「だとしたら大した視野の広さと判断力だな」
「ただちょっと強すぎたか」
そう口々に言い合う。
しっかり収まっていたら面白かったな。
「オフ・ザ・ボールはダメというわけではないが、そんなによくもないな」
「守備はやろうとしているものの、そこまで効果的じゃないな」
七人制サッカーの存在すら知らなかったようだが……。
そう言っているとマリオが口を挟む。
「仕方ないだろう。彼があのポジションでまともにプレーしたのは今日が初めてのはずだ」
「初めて!?」
街クラブであまりいい扱いをされていなかったという話だが……。
「ちらりと聞いた話だと、守備のやり方をろくに教わらず、ただ怒鳴られていただけらしい」
小さなクラブあるあるだな。
それじゃあまり責めるわけにはいかない。
「しかし、どうして小さな街クラブを選んだのだ? Jリーグの下部組織に行けば、おそらく合格できただろうに」
「親が彼の力に気づいていなかったようだ。特に母親はサッカー自体に興味がないらしい」
「それはあまりにも勿体ないな……」
幼少期の神童が二十歳になれば凡人になっていることは決して珍しくない。
来栖も十年後はどうなっているか分からない。
しかし、順調に育てば日本代表の十番を背負えるのではないかと期待したくなる。
「あれは<ルーレット>か!? ちょっと違うが」
ああいうプレーもできるのかと思っていたら、さらに驚かされた。
「<クライフターン>だと!?」
ちょっと無理がある出し方だった気がするが、結果的にはビッグチャンスになっているのだからオッケーだ。
さらにキーパーが出て来たところを、冷静できれいなループシュートを決める。
まともなゲームが初めてでこれか……末恐ろしいにもほどがあるぞ。
「マリオ、君が熱心に推薦していた理由が分かったよ」
まだまだ粗削りだが、間違いなく宝石の原石だ。
「だろう? 本当はイタリアに連れて帰りたいくらいなんだけどね」
「おいおい。いま十八歳未満の国際移籍は厳しいだろ」
お茶目にウインクしてきたマリオに、苦笑しながらツッコミを入れる。
昔ならいざ知らず、いま来栖がイタリアのクラブの下部組織に所属するのはほぼ不可能だろう。
彼がイタリア人だったり、EUの国籍を持っていたりすれば話は違うのだが、どう見ても日本人だ。
それに言語でも苦労するだろう。
──後世のサッカー界において<ショウ・タイム>とは来栖匡のスーパープレーを示すのが常識になると、この時誰も思っていなかった。