記者の目
ネクストサーガという新作はじめてます。
よければご覧ください。
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私こと水村はサッカー専門雑誌「ファンタジック」の記者である。
今日はU−12の世界大会の観戦と取材に来ていた。
私は三年目の若手に過ぎないが、火野上先輩はベテランである。
そのベテランの先輩が東京選抜の試合を見て、あんぐりと大きな口を開けて間抜けな顔をさらしていた。
「馬鹿なことがあるか、現代サッカーであんな中央突破があるなんて……」
「そんなにすごいことなんですか?」
私が聞くと先輩はじろりとこっちをにらんでうなずく。
「お前だってトップチームの試合を見たことあるだろう。ワールドクラスのプレイヤーだって、両サイドからドリブル突破を仕掛けているはずだ」
「言われてみりゃ、中央突破をトップの試合で見た記憶なんてなかなかないですね……」
私がそう言うと先輩が早口で言う。
「それが戦術ってものだ。ひとりで突破できるなら誰も苦労しないし、戦術なんてものはいらねえんだよ」
それはその通りだと思った。
個人が無双して解決なんて、理不尽にもほどがある。
「プレッシングサッカーが全盛期のいま、敵の圧力がすごい中央は避けてのサイドアタックが一般的になったんだよ。サイドからならサイドラインに守られるから、敵のプレッシャーを軽減できるんだ」
なるほど、サイドラインを越えたところにディフェンダーの選手がいたりはしないもんな。
敵にあっという間に囲まれてしまう中央を避けて、囲まれにくい両端を選ぶというのは理にかなっているのだろう。
「だいたいサイドからのドリブルは敵の守備を崩すために使われるもので、そのままシュートまでもっていける選手なんて、ほんのひとにぎりしかいないはずだ」
うん、何人かの選手の名前を挙げることはできる。
クリス・ロナディーノ、ネスマール、リオール・メネシあたりだ。
つまり東京選抜の十番は彼らのようなことをやっているわけか。
「そいつらだって中央突破はできないぞ。まあレベルが違いすぎるが……それに下部組織からトップチームまで昇格できるのはひと握りなのは、この国でも同じだし」
先輩の言うとおりで、クラブチームの下部組織の一員と言っても将来プロ契約を保証されているわけじゃない。
多くの選手はプロになれない厳しい世界だ。
「一番の驚きはあの十番、生粋の日本人らしいのにってところだな。海外、特に南米やアフリカの選手だったらたまには出てくるもんだ。幼少期、他を圧倒する個人技を持っているような選手が。そういう意味であの十番、ブラジル系っぽいな」
ブラジルではテクニックで敵を翻弄するプレーが喜ばれるし、個人技で敵をかわしていく選手が好まれる。
「日本だとサッカーはひとりじゃできないと叱られて、協調性やチーム戦術を教え込まれるからな。まあ日本人選手が一対一で海外のトップ選手に勝つのが厳しいのは事実だから、間違っていないと思っていた。あの十番を見るまでは」
火野上先輩はよほど強い衝撃を受けたらしい。
「今回いるサントスのファリザもバケモノだがな。あいつも<近代戦術を否定しかねない個人技>の持ち主だからな。対戦することがあれば楽しみだ」
サントスと言えば南米ブラジルの名門チームである。
「ファリザってそんなすごい選手なんですか?」
「ああ。早くもバルセロナ、チェルシー、バイエルンミュンヘンといったチームがコナをかけている。親に仕事を紹介するからってな」
「……まだあるんですね」
原則として十八歳未満の選手を海外のクラブが引き抜くのは禁止されているのだ。
ただ、例外があって「両親の仕事の都合」だと問題とみなされない。
これを利用して「両親の再就職先に子どもがついてきただけ」という名目で、戦力を獲得するチームがあるのだ。
もっとも、厳しくなってきている現状でそれをやるには、相当の才能がある選手にかぎられている。
「ファリザは少なくともブラジルの同世代じゃ敵なしと言われている。ブラジルでだぞ」
ブラジルは言わずと知れたサッカー超大国だ。
世界的スーパースターを過去に量産してきたし、ワールドカップの優勝回数も最多を誇っている。
才能あふれる選手なんてゴロゴロいる恐ろしい環境で、敵なしと言われているなんてどんなプレーをするのだろうか。
「今回、ファリザを見るためにヨーロッパのクラブのスカウトが多数来ているって話だ。東京選抜の十番、来栖だったか。そういう意味じゃいいアピールができたな」
うなずいている私はふと気づく。
「先輩、サントスはEグループです。一位通過同士なら準決勝で、そうでない場合は決勝で当たるんじゃないでしょうか?」
「Aグループで二位ならたぶん初戦がバルセロナだからな。対戦するチャンスはないだろうよ」
先輩は東京選抜がバルセロナに勝てるとは思っていないらしい。
正直のところ同感である。
バルセロナはスぺクタルなパスサッカーで世界を席巻した最強クラスのチームだ。
一強時代は終わってしまったが、あくまでも最強とは言えなくなっただけ。
そして育成組織が非常に発達していて、育成世代では最強の一角である。
そんなチームにあの十番がどこまで通用するのだろうか。
そう思いながら見ていると、東京選抜は二戦目を三対〇、三戦目は十番を休ませて二対一で勝った。
十番ひとりが抜けるだけで大きな戦力ダウンになると思われたが、みんなの力で埋めていたいいチームだ。
てっきり十番の超人的個人技頼みのチームかと思ったのに違っていたようである。