スカウトと推薦
女子の試合は優海ちゃんが一点とったものの、二点取られて負けてしまった。
東京ヴェルベット、強いんだね。
「東京ヴェルベットのジュニアチームってどれくらい強いんだろ?」
こっそり小声で聞くと高野先輩が教えてくれた。
「去年アンダー12のクラブの大会でベスト4だから、かなり強いよ。俺たちそんなところと引き分けだったんだよな」
自信になったという顔だった。
先輩はセレクションに選ばれたからね。
合格したんじゃなくて、試験を受けに来ていいって言われ方だったけど、夢への一歩をつかんだと言える。
「来栖がいなかったらたぶん負けてたけどな」
隣の先輩がそう言う。
「来栖がいる中盤を避けようとしてたから、攻めが単調になってたもんな
高野先輩が答える。
「安藤があっさり止められたのが相当ショックだったみたいだぞ」
「安藤へのパスは来栖がカットしてたしな」
安藤という人と知り合いの先輩が話に加わる。
向こうの攻撃のキープレイヤーだったらしい。
「来栖のやつ、本当にボコボコにして泣かせたな」
高野先輩が笑う。
「小坂優海さんだったかな? 君はどうだい? うちの女子チームは?」
「お父さんとお母さんに相談してみます」
優海ちゃんは少し考えて答える。
優海ちゃん、六年生を差し置いてスカウトされてる……他の人もセレクションに来ていいとは言われている。
「優海ちゃんと翔くん、おそろいだね」
五年生の女子がそんなことを言った。
たしかにふたりとも六年生に混ざってゲームに出たし、六年生を差し置いてスカウトされたもんね。
女子のほうは五年生が四人とも出ているけど、きっと優海ちゃんは人数が足りないかぎり真っ先に呼ばれただろう。
「スクールチームは大会に出られないのが残念だな。いいチームだと思うんだが」
東京ヴェルベットの人はそう言って帰っていった。
「結局、翔くんと優海ちゃんだけスカウトされたね」
「実力の世界だから仕方ないよ」
みんなそう言っている。
何だかちょっと後ろめたい気もするけど、六年生たちは誰も気にしていないようだった。
「他にもチームはあるからな。しょんぼりしているヒマなんてないさ」
「そーそー、まだまだ時間はあるし、いまから上手くなればいいのよ」
先輩たちが明るく言ってくれるので、僕としてはありがたい。
恨まれたりねたまれたりとなると、やりにくくて仕方がないからだ。
「さて、聞いてくれ」
コーチたちが手を叩いて声をかけてきた。
みんな雑談を中断してコーチたちのほうを見る。
「今日の結果にめげずにこれからも頑張ってくれ。君たちのサッカー人生はまだまだはじまったばかりだ」
そう言った後、解散された。
「コーチ、何で来栖はいままでトレセンに呼ばれていないんですか?」
五年の友達がコーチに問いかけている。
「そりゃ知られていなかったからだろう。来栖はいままで四年だったからトレセン選考会に推薦していなかったんだ。五年生になったから、そろそろ大丈夫かと思うんだが、来栖はどうだ?」
大会なんかに出ていないスクールの生徒は、スクールからの推薦がないと存在すら知られないらしい。
基本、調査は大会を中心に行われているそうだ。
「あ、はい。興味があります」
時任くんのような選手が集まりなら、参加してみたいと思う。
他にもすごい選手がいるんだろうな。
「ふむ。それじゃ今度おこなわれる選考会に推薦しておこう」
「コーチ、僕たちも推薦してもらえることはできるんですか?」
高野先輩が手を挙げて聞く。
「高野と酒井ならいいか。ダメもとで推薦しよう」
酒井とは九番をつけていたフォワードの選手である。
「ダメもと何ですか、僕ら」
酒井先輩は情けない声を出す。
「まあな。小坂や来栖はいいところまでいけると思うがな。小坂も推薦を出しておくが、いいか?」
「はい。いけるところまでいってみたいです」
優海ちゃんはきれいな顔立ちに決意をみなぎらせている。
トレセンかぁ……東京中から上手い選手が選ばれるんだろうなあ。
「推薦で選ばれるとはかぎらないんですか?」
「そりゃ推薦された選手を全員呼ぶわけにはいかないだろう」
僕の質問にコーチが笑う。
「ただ、東京ヴェルベットの黒崎コーチが選考担当のひとりだからな。そういう意味じゃ来栖と小坂はいいアピールをできたというわけだ」
どうやら東京ヴェルベットとのフレンドリーマッチにはそういう理由もあったらしい。
東京ヴェルベットにしても黒崎コーチにしても、有望な選手がいるかどうかチェックできたのだろう。
「もしも選ばれた場合は、五月中旬までに連絡が届くだろう。そのつもりでいてくれ」
「選ばれるかなあ?」
「来栖は確実だろうけど、他のふたりは微妙だね」
「女子も優海ちゃん以外は難しそう」
ざわざわと会話が行われる。
解散となって帰り道、車の中で母さんに聞いてみた。
「母さん、もし東京トレセンに呼ばれたらどうする?」
「トレセン?」
母さんは知らなかったので、いちから説明する。
「あんたがそんな大それたものに選ばれるのかしら……別にいいわよ。止められるものじゃないだろうし」
母さんはあきらめているような口調だった。
「学校の勉強もサッカーくらい頑張ってくれたらいいんだけどね」
ごめんなさい。