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クラブを辞めた少年、運命の出会いをする

 僕は内気で友達を作れるようなタイプじゃない。

 サッカーが好きで、サッカー選手が好きで、誕生日に買ってもらったボールに夢中になった。

 ジーダヌ選手はストリートサッカーをやっていて、穴やくぼみ、石を利用したパスを出せるらしい。

 そんな彼にあこがれて、石なんかを利用したパスの練習をした。

 視野が広いことで有名な選手は、子どものころ人ごみをぬってドリブルをしていたらしいと聞き、まねしてみて母さんに叱られた。

 <ルックアップ>、顔を上げて周囲を見ることはとても大切らしいと聞いたので、顔を上げたままドリブルやパスを出せるように、たくさん練習した。

 すると、ある時母さんが言った。


「そんなにサッカーが好きなら、クラブに入ってみたら?」


 母さんに連れて行かれたのは、小さな街のクラブだった。

 近所の子どもたちがワイワイやっているらしい。

 そしてそこで監督をしているおじさんが言った。


来栖匡くるすしょうくんか。ちょうどいい。ディフェンダーがひとり足りなかったんです」

 

 監督はそう言って僕にディフェンダーをやるようにと命じた。

 たったひとりでやっていた僕にとってはディフェンダーは難しく、つらかった。


「へたくそ! そうじゃない!」


 僕は六年生と五年生に怒鳴られながらやっていた。

 初めてのことだから分からないと言っても、いやみを言われ続けた。


「来栖、使えねえ−、まじいらねえ」


 監督がいないところで六年生たちが僕をののしる。


「仕方ないよ。あいついないとゲームができないじゃん」


「あいつが足を引っ張るせいで勝てないんだよなあー」


 大きな声で言われるけど、事実だったから何も言い返せなかった。


「攻撃に参加させてくれたら……」


 パスやドリブルの練習はたくさんしてきたので、ちょっとは役に立てると思う。


「はあ? お前みたいなヘタクソ、攻めを任せられるかよ!」


「頭数合わせがなに生意気を言ってるんだよ!」


「お前なんてやめちまえよ!」


 怖い顔をした六年生たちに言われ、怖くなって僕は黙ってしまった。

 そして新しい子が入って来て、なかなか上手くて僕の存在価値はなくなってしまった。

 僕にとってクラブに通うことはつらいことだった。

 このままじゃサッカーが嫌いになりそうだったと思って、母さんに相談してみた。


「ワガママねえ……まあ、いやなら止めてもいいわ。でも、危ないことはしちゃだめよ」


 母さんはダメだと言わなかったのでほっとした。

 監督に辞めたいと言うと、残念そうに顔になった。


「なじめてなかったものな……後二年我慢してくれたら……いや、俺のエゴか」


 それでも引き止められなかった。

 僕は安心したけど、悔しさやモヤモヤした気持ちを抱えながら、その場を後にする。

 途中いやみな五年生と六年生に遭遇してしまった。


「何だ、クルス。練習は?」


「ぼく、やめるから」


 心臓は恐怖でバクバクし、逃げ腰になりながらもそう説明する。


「はあ? やめんのかよ」


「別にいいだろ。邪魔なだけだったし」


「そうだな。あいつならいなくてもかわんねえか」


 むしろせいせいしたと笑う声を背に僕はとぼどぼ歩いた。

 やりたいことをやらせてもらえなかった悔しさ、仲良くなれるかもしれないと思った人たちと仲良くなれなかった悲しさで胸がいっぱいだった。

 悔しくて悲しくて、涙がこぼれてきて、でもサッカーを嫌いにならずにすんだという安心感もあって。

 家へまっすぐに帰らずに、土手に座って川をながめていた。

 あんまり遅くなると母さんが心配すると思って立ち上がった拍子に、サッカーボールが転がってしまう。

 あっと思って追いかけたら、通りがかった革靴を履いたスーツ姿の外国人のおじさんがキックして、正確に僕の胸にボールを返してくれた。


「上手い」


 僕は思わずそうつぶやいた。


「はは、昔ちょっとやっていてね」


 外国人のおじさんはちょっとぎこちないけど日本語をしゃべった。


「少年、君もサッカーをやるのかい?」


 僕はこくりとうなずく。

 外国人のおじさんならもしかしたら、僕のプレーを分かってくれるかもしれない。

 いったいどう見えるのか気になって、僕は近くの小石を目がけて蹴る。

 自分の足元に戻ってくるように回転をかけた自己パスである。

 戻ってきたボールをワンタッチで高く蹴り上げ、そして胸でトラップして足元におさめた。


「ブラボー」


 おじさんは青い目を丸くしてつぶやいていた。


「君、今のはわざとやったのかね!?」


「え、うん。あれくらいの小石ならどんな回転をかけたらいいのか、何となく分かっているから」


「まるでジーダヌやロナンジ―ジョじゃないか!」


 おじさんの名前からバロンドール賞(世界最高選手)をとった選手の名前が出て、ちょっとうれしい。

 彼らのようなプレーをしたいと思っていたからだ。


「他には何ができるのかね!?」


 おじさんの剣幕に押され、僕は下に降りてドリブルを披露する。

 舗装されていない上に砂利も多いけど、僕にとっては慣れ親しんだ道だからボールを見ずにドリブルできる。


「素晴らしい! <ルックアップ>もできている! しかもこんな荒れ地でボールが足に吸い付いているようじゃないか! 君はどこでプレーをしているのかね!?」


「えっと、今日クラブを止めて来たところだけど……」


 ほとんど追い出されたようなものだ。


「何だって!? 信じられない!? この国は育成がまだまだだとは感じていたが……」


 おじさんはものすごくびっくりしている。

 もしかして、新しいチームを紹介してもらえるのかな?

 あ、でも母さんはなんて言うだろうか……。


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― 新着の感想 ―
母親の「危ないことはしちゃだめよ」ってどういうことだろう。 流れ的にクラブを辞めたいってことを相談したんだろうけど、この発言に違和感を覚えた。
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