第六話「抱き枕」
「グリーム、部屋借りるぞー」
「おう! 代金はあとでちゃっかりいただくぜ」
この守銭奴め! と叫びたくなるが、グリームは酒場のマスターでもあり、宿屋の主人でもある。
これが彼の仕事なのだから、あとで金額が倍にでもされなければ当然のことであると言えよう。
それをやってのけてしまいそうなのが、グリームという人物なのだが。
グリームの投げてよこした鍵を受け取り、泣き止んで眠ってしまったソフィを背に担いで階段を上る。
鍵の数字と同じ番号の部屋に入り、ソフィをベッドに寝かす。しかし、なぜか俺の左手とソフィの左手はずっと繋がれたままだった。
「……お前、起きてるだろ」
返事はない。だが、反応はあった。
ぴくりと動いたソフィの右手の指、それを見逃さなかった俺はさらに追い打ちをかける。
「ソフィの代わりにアルマでも仲間にしようかな……」
「わ、わわっ!? ま、待ってよ、ロニード君! ごめん、ごめんなさい~!」
ソフィが飛びあがり、必死に懇願する。なんだ、やっぱり起きてるじゃないか……。
「ったく……元気があるなら自分で歩け。いいな?」
「うぅ……はい」
教師のように説教すると、ソフィは生徒のように頭を垂れて反省する。
年は絶対俺のほうが下のはずなのに、なぜ俺がこんなことを……
「とにかく、今日はゆっくり休んでくれ。それじゃあ」
「ぅ……ぁ、待って!」
ほのかに顔を赤らめたソフィが、俺を引き留める。いや、顔が赤いのは夕日のせいかもしれんが。
「あの……私、一人だとまたあの夢見ちゃいそうだから――その……」
……つまり。一緒に寝ろってことか?
……女性と? 一緒に寝る? つまりそういうことだってばよ?
――俺は何を考えているんだ! ソフィはそんなこと考えてもいないだろうに、自分ばかり卑猥な考えをして……恥ずかしい。穴があったら入りたい。
しかも顔がトマトみたいな真っ赤に染まっていくのが実感できる。
いや、顔が赤いのは夕日のせいかもしれない。そういうことにしておこう。
「し、しょうがないな。今回だけだぞ――」
「やったー! ロニード君と一緒に寝られる!」
頬をポリポリ掻きながら承諾すると、ソフィは俺をベッドの中に引きずり込む。
「えへへ、ロニード君を抱き枕にして寝ちゃうもんね!」
「お、おいっ! 暑苦しいぞ! もっと離れろよ!」
ソフィは文字通り俺を抱き枕にし、眠りに落ちる。くそっ、前もそうだったがなんでこうも眠るのが早いんだ。
離れろと抗議の声を入れるが、寝ているので当然聞く耳は持たない。
(うぉおおおおおお! 落ち着け、俺のそこぉおおおおお!)
むくむくと起き上がり加減の息子を心の中でたしなめて、平常心を装う。だが、心音は跳ね上がったままだ。
ソフィの寝息が俺の口元に掠る。心臓がさらに稼働する。
(くっそぉおおおおおお! なんで俺はこんな女に興奮しているんだぁああああああ!)
===
同刻。グリームの店、酒場フロアにて。
「はぁ……ロニード、降りてこないね」
「あのままずっといちゃついてたりしてな、ガハハッ!」
暇そうに話しかけるのは赤毛の少女、アルマである。
対して小太りで正装が似合わないほどの豪快な顔をした酒場のマスター、グリームは笑う。
「それに、この酒場は夜が一番繁盛するんだ。もう少し待てば、客なんかいくらでも来るさ」
「ボクには今にもつぶれかけの店にしか見えないけどね」
自分の酒場のことを自慢げに話すグリームだが、アルマは皮肉そうに言う。
「ところでお前さん、腹は減ってねぇか? この店で一番美味い料理はだな――」
「それじゃあミルクを一つ」
「……可愛げのねぇガキだな――ほらよっ」
アルマはジョッキになみなみと揺れるミルクを一口、二口と飲む。
そして静かな笑みを浮かべ、至福だと言わんばかりに息を吐く。
「なるほど……期待のルーキー“アルマ”はミルクが好き、と……」
「……おじさん、なにメモってるんだい?」
「これでも俺は『情報魔のグリーム』って二つ名があるくらいだからな。俺は冒険者じゃないから、誰が最初に言ったのかは知らんがな」
中堅以上の冒険者になると、冒険者ギルドという組織から二つ名が進呈される。
二つ名が進呈されるということは、口先だけでなく真の意味で冒険者だと認められた証でもある。
しかし冒険者にあらず、ただの酒場のマスターに二つ名があるということは、中堅冒険者に匹敵するほどの技量があるのだろうとアルマは思う。
「ボクの情報なんて、持ってて役に立つのかい?」
「まあな。初心者の割には強くて、美人で、あと凛々しそうなところとかな」
「……なにそれ、半分以上はストーカーじゃないか」
「ファンともいうんだぜ」
アルマとグリームが会話しているとき、外へと通じる扉が開く。
「よっ、お疲れグリーム」
「その声はブルースか? よし、ジキルの奴もちゃんといるな!」
ブルースと呼ばれたのは青髪の男性だった。
軽鎧に身を包み、腰当やグリーブなどの軽い部分の防具しか装備していないことから、アルマは瞬時にスピードタイプの剣士だと見抜いた。
ジキルのほうは、黒髪に黒の軽装といった全身黒ずくめの男だった。
しかし前髪で目が隠れており、ネックウォーマーもしていることから表情は読み取れなかった。因みに、後ろ髪は結んでいるようだ。
「これ、頼まれてたやつ。まだ完成してないけどなー」
ブルースは言うと、書類のようなものをグリームに渡す。
手渡された書類に少し興味が出たアルマは、失礼とはわかっていても書類についてグリームに問う。
「ねぇ、それには何が書かれているんだい?」
「あん? これはだな――」
「うおっ!? 見慣れないと思ったら超可愛い子発見! ねぇ君いくつ? 名前は?」
グリームが答えようとするが、ブルースが話に割って入ってくる。
ブルースをうっとおしく思うアルマであったが、今は無視してグリームに目でサインする。
「あー、これは――」
「ねぇねぇ、彼氏とかいるの? もしよかったら今度俺と――うぼぁーッ!」
咳払いを一つしてから話し始めるグリームだったが、またもやブルースに話を中断される。
さすがにうるさく感じたのか、アルマが派手にぶっ飛ばしたのだが。
「さ、続けていいよ」
「お、おう……」
「……はしゃぎすぎだ、ブルース」
最後にジキルがぼそりと呟いた。
===
「俺がこいつらに依頼したのは“魔王”についてだ」
魔王。東の大陸に住まう魔族を束ねる、勇者と対立する存在。
そんな途方もないくらい遠く、大きい存在が話に出てきて、アルマはただ小首をかしげることしかできなかった。
「なあ、それ言ってよかったのか? せっかく俺達が隠密的に調べたのによ」
「……お前はただ暴れていただけだろう」
ブルースの発言に、的確なツッコミを入れるジキル。
そしてグリームは、どこか遠い存在を見るような目で語り始める。
「いいのさ。あいつが一人で頑張るにしても、限度ってもんがあるからな」
あいつとは? と思考を巡らせるアルマだったが、数秒後にグリームの口から答えが発せられる。
「誰のことを話しているんだ? って顔してるな、お前さん。ロニードだよ、あいつってのは」
「ロニード? なぜ彼が?」
「自分でも口で説明するのが難しいんだが……ロニードからは、何かすげぇことをやってのけるような力を感じるのさ」
グリームの本心を聞き、「おじさんもかっこいいところあるんだね」とアルマが口を開こうとしたその時。
「――だから、今のうちに恩を売って、あいつが偉業を成し遂げたときにはがっぽり謝礼を貰うってわけだ! ガハハッ!」
グリームの真意を聞いたアルマは、開けかけた口を元に戻し、やがて苦笑した。
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「ところで、君達はおじさんとどういう関係なんだい?」
各々が好きな料理を注文し、その待ち時間にアルマは二人に問う。
「ああ、グリームのことか? 俺達は、一言で言えば……えっと……ジキル、頼む」
「……拙者とブルースは、一言で言えばこの酒場の構成員だ」
ボケとツッコミが見事にはまった漫才のような掛け合いを見せる二人。
アルマはそのやり取りを見てくすりと笑うと、興味がわいたのかさらに質問をする。
「構成員って、どういうことをしているんだい?」
「構成員っつっても、俺らは従業員じゃない。だから、店の仕事は手伝わない。
ただ、この店に入り浸ってクエストをこなしているうちに、グリームのいいように使われているだけさ。ま、報酬には満足してるけどな」
アルマは説明を受けて、なるほどと感心する。
こうして上手いこと冒険者を使うことによって、ただの酒場のマスターが『情報魔のグリーム』の二つ名を手に入れるほどまでに情報通になったのかと。
「よしお前達! 今日は食って食って、食いまくれ! そして財布を空っぽにしてけ! ガハハッ!」
豪快に笑うマスターとともに、決して上手な盛り付けとは言えないが、とても美味しそうな料理が出される。
その後、新たにやってきた数人の客も交えて、プチ宴会が始まった。




