第五話「仲間」
「おーい、ちょっと」
不意に後ろから声を掛けられる。振り向くと、いつぞやの赤毛の少女が立っていた。いつぞやと言っても、十分ほど前だが。
「あれ? 君は……」
「もう忘れちゃったのかい? と言っても、名前も知らないんだし仕方ないか」
顔は覚えているのだが、名前がわからず言葉が途切れてしまう。赤毛の少女は忘れたと言っているが、一応覚えている。
「そういえば、君はこいつと話をしていたんだっけ……」
「うん、そのことなんだけどさ。ボクも君達の話に混ぜてもらえないかい?」
俺がどうしたものかと悩んでいると、少女から一緒に話さないかと提案される。
むむむ……悪い話には見えないが……。
「君はいいのか?」
「うん。というか、君も勇者なんでしょ? ボクもその人に勇者にならないかって話を聞いていただけなんだ」
ゆ、勇者に? なんか、頭がこんがらがってきたな……。
「……わかった。なら、俺の知っている店で話そう。そこなら客もいないし、そっちのほうがコイツも話しやすいだろうしな」
「あ、あはは……ゴメンナサイ」
ソフィの腕を力強く引っ張り、俺はいつもの店へと向かった。
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「いらっしゃ……ロ、ロニード、どうしたんだ、そんなに人を引き連れて。熱でもあるのか?」
「んなわけあるか! 客連れてきてやったんだから、感謝しろよ」
いつもの店とは、当然ながらグリームの店のことである。
グリームが開幕から全力で煽ってくるが、適当にあしらいつつテーブル席に座る。
「おう、そいつはご苦労さん……うおっ、お前は昨日の“勇者を導く妖精の遣い”!」
なるほど。グリームの発言のおかげで、ソフィがこの店に訪れた妖精の遣いとやらに違いないことが分かった。
あとはどうするかだが……
「ねぇ、とりあえず自己紹介から始めたほうがいいんじゃないかな?」
「あ、そうだったな。じゃあ、まずは俺から」
悩んでいると少女が助言をくれるので、ここは賛成して俺から自己紹介を始める。
「俺の名はロニード。一応勇者をやっている」
「ところでそこのお前さん達、注文はどうする? この店で一番美味い酒はだな、グリーム特製エールっていう……」
「ボクは未成年だからいいよ」
俺が簡単な自己紹介を終えると、グリームが店の酒について語りだす。しかし少女がぴしゃりと言い放ち、グリームは少ししょんぼりした様子で店の奥へと消えた。
「じゃあ次はボクが。名前はアルマ、格闘家の冒険者をやっているよ」
アルマという名の少女は立ち上がり、ストレートのパンチを空にぶつけて見せる。
膝が見えるほどのデニム生地のズボンをはき、上衣は黒服の上にマフラーを大きくして装飾を施したような外套を羽織っている。
口紅のような赤色の短い髪をしており、瞳も髪と同じような赤色。口調も相まって、どこかボーイッシュさを感じさせられる。
「わ、私はソフィ……ゆ、勇者を導いてますあはは……」
ソフィの姿は、初めて会った時とほぼ変わっていなかった。
緑の長ズボンにタンクトップと外套、それから額にゴーグルもしているようだった。
「なぁソフィ、その勇者を導くっていうのは何なんだ?」
カチカチになっているソフィを解凍するかのように、優しく尋ねる。
ソフィは「えっと」や「その」とか言って俯いてもじもじしていた。
しかし何か踏ん切りがついたのか、やがてゆっくりと話し始めてくれた。
「……私、本当は前勇者の仲間じゃないの。普通に生活していたある日の夜、“妖精”を名乗る声からお告げが来るようになったんだ」
ソフィが語る、衝撃の新事実。
俺は素直に驚いたが、アルマは特に驚く様子もなく話を聞いていた。俺も顔には出さなかったが。
「そのお告げは『勇者を目覚めさせろ』って言って。私も最初は夢だと思ったんだけど……次の夜、お告げが『欲しいものは何か?』って聞いてきたから……」
「……まさか、ありきたりな『お金』なんて答えを出したんじゃあるまいな?」
ソフィに尋ねると、彼女は眼をそらす。ということは……そう答えてしまったのだろう。
「それで? 空からお金が降ってきたとでも言うのかい?」
「朝起きたら、枕元に金貨が置いてあったから……ま、まあ、大体そんな感じです」
アルマの問いかけに否定をしないソフィ。
つまり、まとめるとこういうことか。
「自分はただの一般人であり、ある日から夢にお告げが来るようになった。お告げから金をもらったので、無関係な人を勇者に仕立て上げていた。こういうことか?」
「はい……付け加えると、勇者にしていた人はお告げから指示のあった人だけです、ハイ……」
ソフィはバツの悪そうな顔でテーブルを見つめる。
それも仕方がない。ソフィは利己的だったのである。それが悪いとは一概には言えないが、勇者になるということは命を懸けるということでもある。
みんな大なり小なり覚悟を決めていたとは思うが……そもそも、ソフィが来なければこんな命と隣り合わせの職業とは縁がない者がほとんどだろう。
つまるところ、ソフィのおかげで本来無関係な人間が死んだかもしれない、というわけだ。
まあ、これはあくまで『ソフィの裏側に誰かいなければ』という話なのだが。
「……随分と人を飼いならすのが上手いやつだな。その“妖精”って奴は」
「ふぇっ!? か、飼いならす!?」
“妖精”を名指しで称賛すると、俺の発言に驚くソフィ。
……何を言っているんだ、この女は。まさか、自分が操られていないとでも思っているのか。
「ああ、そうだ。お前、その“妖精”とやらに飼いならされている自覚がなかったのか?」
「う、うぅ……私もおかしいとは思っていたけどさ~……」
「お金という欲望に勝てなかったんだね」
俺の無慈悲――当たり前ともいえる――な発言に、ソフィはうなだれながらも反論する。しかし、アルマの止めの言葉によりソフィのヒットポイントはゼロになる。
ア、アルマさんって……結構容赦がないんですね……。
それはともかく。俺は机に突っ伏して気絶しかけているソフィに、ある提案を持ちかける。
「だったら、ソフィ。俺と一緒に旅をしないか?」
「……え?」
ソフィが顔だけを俺に向け、こぼす。
俺はソフィの双眸をじっと見つめたまま話す。
「お前の行ってきたことは、多くの人を不幸にしたかもしれない。だが、それだけじゃないはずだ」
ソフィは頭上にクエスチョンマークを浮かべている。まだ分からないようだ。
そんな彼女に笑みを向けて、俺は話を再開する。
「少なくとも、俺は幸せだよ。あの田舎で一生を終えるよりかはな」
「――! ほ、本当!?」
「ああ。と言っても、最初の頃はすぐに勇者なんてやめようと思っていたんだけどな」
ソフィが勢い良く立ち上がり尋ねてくるので、俺は苦笑しながら答える。
実際、最初の頃は勇者なんてと思っていた。しかし、勇者を続けているうちに故郷にはないものや新しい発見があり、あと一カ月、もう一カ月と家に帰るのすら先送りにされていた。
そのままずるずると二年も勇者を続けているのだから、自分でも驚きである。
「とにかく、罪を償うためにも、そして“妖精”の正体を掴むためにも、俺の仲間にならないか?」
さっきはああ言ったものの、ソフィが自己の利益のために意図的に他人を動かしたことには変わりない。たとえ操られていたとしてもだ。
ソフィは勇者である俺をバックアップし、俺はソフィの手助けを得て魔王の下を目指しつつ、“妖精”の正体も探す。
悪い話ではないと思うのだが……
「おい、ソフィ? な、泣いているのか?」
恐る恐る尋ねるが、返答はない。
「あーあ。女の子を泣かせちゃったね、ロニード」
「そ、そんなひどいこと言ってないだろっ!? って、うわあっ!?」
アルマのほうに向けていた視線をソフィに戻すと、突然ソフィが飛んで抱き着いてくる。
無防備だった俺は抵抗する間もなく、椅子から転げ落ちて頭をぶつける。
本日二度目の打撃。だが、そんなことはどうでもいい。
「そ、ソフィ……さん? ち、ちょっと近すぎやしませんかね……?」
ソフィは俺の胸に顔をうずめ、泣きじゃくっている。
家族以外の女性に抱き着かれたことなど、初めてだ。恥ずかしさでほのかに顔を赤らめながら言うと、ソフィはただ力強く俺を抱きしめた。
「う、うぅ……ずびっ……ありがとう、ロニード君……こ、こんな私を、仲間にしてくれて……」
俺はどうしたらいいのかわからず、アルマに助けを求める。しかしそっぽを向かれた。
おおお落ち着け、落ち着くんだ。……まずは深呼吸をして、それからどうするか考えよう。
すぅー、はぁー……よし。
「……なんでそんなに泣くんだ? 俺の言ったことは、泣くほどのことか?」
「わ、私、いつも一人だったから……ごめんね、もう少しだけこうさせてて……」
少しだけ嗚咽が収まったソフィが、か細い声で答える。
(そうか、こいつはずっと孤独だったんだな……)
別に、同情したわけではない。憐れんだわけでもない。
ただ一つ。仲間としてできることをするために、俺はソフィの頭を撫で続け、ソフィにしか聞こえないくらいの声で呟いた。
「……言ったろ。お前は俺の仲間だって」




