第四話「勇者の証」
今回、挿絵みたいなものが挟まります。
ソフィの俊敏性には目を見張るものがあった。
ものの一分と経たずにロニードの目をくらましてしまうほどだった。
「逃げられたか……いや、まだ諦めるな――ん?」
ロニードの耳にうっすらと聞こえてきたのは、男女の言い合いの声だった。
ソフィを探すことはもちろんだが、ロニードという人物は好奇心には逆らえない人だった。
ソフィを見失ってしまったから、という言い訳まがいの理由をつけてやじ馬に行くのだが、今回ばかりはそれが正解だったと言えよう。
「ちょっと、放してよ~!」
「あぁん? そっちからぶつかっといて、謝罪の一つもなしにおずおずと帰すわけがないよなぁ?」
馬車二台が通れる大通りにて、ソフィはガタイのいい男四人に囲まれていた。
その中でもひときわ体格のいい男に、ソフィは腕を掴まれていた。
「なあ、ゴルレス。この女、どうするんだ?」
「決まってんだろ。食べるんだよ」
ゴルレスという名前の腕を掴んでいるリーダー格が言うと、ソフィは慌てて腕を振り切ろうとする。
「わ、私を食べてもおいしくないよ!? お肉も全然ついてないよ~!」
「……何か勘違いしているようだが、まあいい――」
そしてゴルレスがソフィの腕を強く引っ張ろうとした、その時。
「待てッ!」
「ロ、ロニード君!?」
ロニードだ。
ロニードもソフィの腕を掴み、負けじとゴルレスの目を見る。
ゴルレスはロニードを値踏みするかのように眺めると、精神攻撃を仕掛けるように言う。
「なんだ、ガキか……子供は早く家に帰ってねんねしな」
「が、ガキ……!?」
しっし、と蚊を追い払う仕草をしながらゴルレス。対してロニードは心に杭を打たれたかのように沈む。
「――お、俺は大人だからな……全然気にしてないぜ……。そ、それよりも。お前達がコイツに何の用があるのかは知らないが、今日は俺の貸し切りなんでな。悪いが、明日とかにしてくれないか?」
わなわなと怒りで体が震えるロニード。気にしてないとはいったい。
「ふん。それを言うなら、こちらも言わせてもらおう。お前はその女のなんなんだ?」
一転、真面目な顔つきで尋ねるゴルレス。その厳つい顔は、威厳さえ感じてしまう、とロニードは思う。
そしてロニードは一瞬の逡巡ののち、盛大な嘘を吐いてしまう。
「そ、それは――仲間だ!」
ロニードの言葉を聞くと、ゴルレスは掴んでいたソフィの腕を放し、代わりに右手を天に突き出し大声で言う。
「仲間、か。それなら遠慮はいらねぇ。野郎ども、ぶっ潰すぞ!」
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「ゴ、ゴルレス! こんな事したら、それこそボスに怒られるぜ!」
「だったら隠蔽すればいいだろ!」
「そ、そんなむちゃくちゃな……」
ゴルレスの仲間の剣使いが発言すると、無理難題を言うゴルレス。すでに周囲には観客が散っており、中堅冒険者ゴルレスと謎の少年のバトルの噂は瞬く間に広まってしまうだろうと。
それを悟った槍使いはむちゃくちゃだと嘆く。
「ソフィ、お前は下がってろ」
「え……? でも……」
ロニードはソフィをちらりと見る。
「お前に聞きたいことは山ほどあるって、言ったろ? 装備に頼りっぱなしなのは悔しいけど、この装備メチャクチャ強いからな。心配されずとも、無事に終わるさ」
言うだけ言うと、ロニードはゴルレスたちのほうへと向き直る。
ソフィはこの小さくても安心感のある背中に、少しだけ惹かれた。
「今のうちに投降することを勧める。この装備は強すぎて、加減ができずに最悪殺してしまうかもしれない」
「はははっ! 次はもっとうまい脅しを考えるこったな」
投降を勧めるロニードに、極めて愉快そうに笑って見せるゴルレス。
「おい、あれは中堅冒険者のゴルレスじゃないか?」
「マジかよ! じゃあゴルレス一派と四対一をやるあのチビは何者なんだ?」
「なんだっていい、売り上げを伸ばすチャンスだ!」
観客はゴルレスに注目した後、ロニードの正体について会話に花を咲かせる。
中には売り上げを伸ばそうと屋台を早急に作り上げてしまう商人もいた。
それほどまでに、この都市におけるゴルレスの影響力は多大なものなのだろう。
次第に観客はゴルレスコールを行い、ロニードにとっては完全にアウェーとなった。
「さぁて、観客も盛り上がってきたことだし、そろそろ始めるか。……行くぞッ!」
戦いの火蓋は切られた。ゴルレスがナックルを両手に握りしめ、突撃をかましてくる。
ロニードは剣を抜刀し、受け身の体制をとる。左の小手で受けるようだ。
「お望み通り、まずは左腕! 粉砕ッ!」
ゴルレスの右手がロニードの左腕に接触、そして――
「な、にっ!?」
「言ったろ? 俺の装備は強い、ってな!」
ガキン、という音を立て攻撃をはじき、そのまま時計回りに回転して回し蹴りを命中させる。
ゴルレスは血を吐きながら衝撃で後ろまで吹っ飛び、後ろに続いていた剣士にぶつかり倒れこむ。
「ゴルレス! う、うぉおおおおおお!」
少し離れた位置にいた槍使いが突進してくるが、ロニードはふと何かを思いついたかのような顔をすると剣をナイフのように投げつける。
「そんな攻撃――がっ」
「ふむ……やはりこの装備は何らかの力で俺にまとわりつくようだな」
後方から来るはずもない攻撃を体験して倒れる槍使いに、現在の状況を冷静に分析するロニード。
ロニードが今行ったのは、剣に付与された所有者から離れない性質を利用してブーメランのような攻撃を仕掛けたのである。
「あとは一人……!」
最後の一人は魔術師のようだった。
しかしすでに魔法の詠唱を始めており、ロニードは鎧で魔法を受けてから仕掛けることにする。
「……凍てつく氷柱よ、嵐となりて我が敵に立ち向かえ。〝アイス・ミサイルの嵐〟」
低い、呻き声のように詠唱した魔術師は、掌を前に突き出し魔法を展開させる。
氷の矢が連続してロニードめがけて飛翔するが、時には剣で切り裂き、時には回避することでロニードは攻撃を凌ぎ切る。
ちょうどロニードが最後の氷の矢を切り裂いた後。
「ごめんね~。これでも私、結構強いんだ」
いつの間にか姿と気配を消し去っていたソフィが、魔術師の背後に回り手首を掴む。
「……降参だ」
魔術師は呟き、やがて観客からは大喝采が巻き起こった。
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観客からの拍手と喝采は、一分以上も続いた。俺としてはあまり目立ちたくないのだが……まあ、今回は仕方がないのだろう。
多く見積もっても四対二の戦闘に勝利したのだ。しかも相手はこの都市でもそれなりに名の通る冒険者『一撃のゴルレス』のようだったしな。
「おい、お前……何者だ? この俺を負かすなんて、テメェどこのどいつだ!」
ゴルレスが腹を抱えながらも立ち上がり、俺を指さして言う。
こんなところで嘘をついても仕方がないので、俺は正直に自分のことを明かす。
「ただの勇者だよ」
「勇者って……そんな――! そ、その紋章は!?」
言いながらも俺は滑り止め用の手袋を外し、右の掌に刻まれた紋章を見せつける。
ゴルレスは知っているような口ぶりだったので、もしかしたらこれだけで勇者と俺を判断したのかもしれない。
「知っているのか、ゴルレス!」
「いや、知らねぇ……」
剣士がゴルレスに問い、知らないと答えるゴルレス。
えぇ……。まあ、知らないなら説明してあげるか。
「し、知らないのか……これは、勇者の紋章だ。勇者になった者にしか刻まれない、勇者の証だ」
「ゆ、勇者の紋章……? そんなもの、信じられるか!」
俺が解説をしてあげるも、信じないと言い張るゴルレス。
うーん、確かにこんなへんてこな形の印なんて、やろうと思えば真似できるだろうが……。
「なら、これでどうだ。――〝ヒール〟」
〝ヒール〟をゴルレスに唱えてあげると、周りからは「おおっ」と声が上がる。
「ま、魔法の呪文を詠唱せずに……お、お前、まさか本当に勇者なのか!?」
魔法を無詠唱で展開できるのはこの世界じゃ勇者だけであり、第二の勇者の証みたいなものでもある。
さすがにゴルレスもこのことは知っているようで、俺に本当に勇者なのかと尋ねる。
「……ま、お前に勝てたのは装備のおかげだけどな」
自分のことはあまり知られたくないので、あえて質問の答えにならない返事をする。それはそれとして……
「よし。今度こそ逃がさないからな」
「わっ、ロニード君!? 腕、腕痛いよ~!」
俺はソフィが逃げないように腕をがっちりと掴みながら、有益な情報を吐かせるためにグリームの店に歩いていくのであった。




