表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

03 別離と再会

 * * *



「たけちゃん! たけちゃん!」

 (つき)()は大きな鏡を叩いて叫んでいた。





 (たける)が全身の体重を掛けて大きな鏡を押した瞬間、月華は地震が起きたかのような揺れを感じた。

 しかしそれは、目の前の鏡が震えたせいだった――と気付いた時には回転ドアのようにくるりと鏡が(ひるがえ)り、その隙間に健が吸い込まれて行くのが目に入った。


 慌てて手を伸ばすが間に合うはずもなく、叫び声ひとつあげず目を丸くして月華を見つめる健の姿は、見る間に小さくなって行く。



 健が暗闇にすっかり溶けてしまうと、鏡は満足気にまたぶるぶると揺れ始め、隙間を閉じるべくゆっくりと回り始める。



「だ、だめっ!」


 月華は慌てて鏡を押すが、鏡は小柄な月華を容易に押し返し、間もなくぴたり閉じてしまった。


 その後はどれだけ叩いても押しても、大きな鏡はぴくりともしない。





 呆然としてその場に座り込んでしまった月華には、目の前で起こったことが事実だとはまだ思えなかった。


 月華たち幼馴染み四人のうち、()()()がこの建物に飲み込まれてしまった――しかもその原因が自分であるということが、徐々に月華の上に重く()し掛かる。


 ()()()も、ここに入りたいと言い出したのは月華(あたし)だった。今日も、あたしが探しに行こうと言い出さなければ、健が消えることはなかったのに――


 激しい後悔が月華を襲う。



「どうしよう……あたしのせいで」


 助けを呼ばなければ、と頭の隅では思う。

 だがどうすればいいのかまったく思いつかない。


 鏡を叩き割るにしても手近なところに手頃な得物は見当たらない。

 携帯を持っていることすらも、月華の意識からはすっかり消えていた。




 どれくらいそうして座り込んでいたのだろう。

 ふと、月華の視界のの端で何かが動いた。それに気付いた時には月華の背筋に冷気が駆け上がったが、同時に一縷の望みも抱いた。


「たけちゃん?」と月華は呼び掛ける。「たけちゃん? 大丈夫だったの?」


 ふらふらする足で立ち上がり、その何かを追う。





 それが映っていたと思った場所は、三叉路のように分かれていた。


「どこにいるの?」

 心細さで声が震える。


 くすくすと笑い声が聞こえて来た。中学生の健のものではない、小さな子どものような無邪気な笑い声。



「だれ?」



「――あたし」


 今度は後方から声が聞こえて振り返る。しかし鏡に月華が映っているだけだ。



 と――鏡の中の月華が薄く微笑む。

「あたし。久し振りだね、月ちゃん」


「うそ……(にち)()?」



 薄暗い中で目を凝らしてよく見ると、月華より髪が短い。月華よりも目尻が上向きな気がする。

 何よりも左頬のほくろ、そして月華にはないえくぼ――それだけは見間違いようがない。


 似ていないと言われていた双子の日香が、そこに立っていた。



「嘘じゃないよ」


 そう言って鏡の中の日香はまた笑った。



 * * *



「たけちゃん!」



 倒れるままの体勢で健が振り返ると、手を伸ばしている月華の姿が見えた。

 どうやら鏡は中心を軸に回転するような仕組みだったらしい。



 だがそれらは、健の視界の上方へぐんぐん遠ざかって行った。





 ボフッ――



 健は肩と背中に柔らかい衝撃を感じる。

 マットレスのような物の上に落ちたらしい。左肩を下にして落ちたが衝突時の痛みは意外になかった。


 時間にしてほんの数瞬の落下だったはずが、上方に月華の姿は見当たらず、呼び掛ける声も聞こえない。



「鏡にぶつけた時の方が痛かったな。マットがあって助かった……でもここ、どこだろう?」と、健は独りごちる。


 そのまま飛び降りると、マットは胸の下辺りまでの高さになった。一メートル以上もの厚みがあったらしい。



 健は広い部屋にいた。


 ここが図面に載っていた――いや、()()()()()()()()場所なのだろうか、と周囲を見回す。壁には鏡の一枚もない、がらんどうの空間だった。

 迷路とは違う薄明かりが部屋に満ちている。


 光源を探して見上げると、明かり取りの小窓が天井についていた。

 スタッフルームとして使われていた場所のようにも見える。




()()()……」



 突然呼び掛けられて声の方向に振り向くと、小さな男の子が部屋の反対側の壁際にいた。


「誰だ? どうしてその名前――」健は相手を睨みつける。



「僕が怖いの? こんなに小さいのに」

 男の子はふふ、と笑う。その笑い方に聞き憶えがあった。



「まさか――()なのか?」


 いや、そんなはずがない……と心の中で続けてつぶやく。




 俺が中学生になったのだから、あいつも同じだけ成長していなければならない。こんな小さいままなわけがない、と。



「そう――()だよ。久し振りだね、(しずる)

 にっこりと微笑む。それは記憶の中の()と同じ笑みだった。



「でも、そんなはずは」


「何が?」と小さい男の子は首を傾げる。



「健は行方不明になって、万が一生きてたら俺と同じ――」


 健――いや、()は自分の言葉に愕然とする。

 ()()()()()()()()


 思わず出た言葉に、健がもうこの世にいないことを望んでいる、と白状してしまった気分になる。



「やっぱり、そうだよねぇ……僕、生きてるわけがないって思うよね」


 小さいままの健は自嘲的に笑う。

 未だ園児のように見える彼には不似合いな表情だった。



「どう説明したらいいかなぁ。僕と日香ちゃんは、ずっとこのままここに閉じ込められているんだよね。ミラーハウスに入って来た人たちの声は聞こえるけど、誰も僕たちの声には気付いてくれない。おかしいとは思ってたんだけどさ。空腹にもならないし眠くもならないんだ。ずっと……ずうっと」


「そ、そうなんだ」



 康は半信半疑で健の言葉を聞いていた。


 頭を打って幻覚が見えているのかも知れない……いや、いっそのこと幻覚だった方がよほどいい。

 そう思ったが、何度も目をしばたかせてもこっそり自分の腕をつねってみても、目の前の健は消えそうになかった。



「あの日、康たちとはぐれて迷って、仕掛け扉からここに落ちてさ。その日は多分、ずっと気絶してたみたいだ。目が覚めた時には周りが静かだったから」


「でもさ、でも、日香と一緒だったんだろ? 日香はどこに……」



「あぁ、そうなんだけどね――それはもういいんだ」

 ふぅ、とため息をつく。



 健の声を聞いているうちに、康の心には急速に恐怖が芽生えて行く。

 目の前にいる健が幻覚でなければ、幽霊の(たぐい)かも知れないという考えも頭の隅にあった。


 だが万が一、健がこのままの姿で今まで生きていたのだとしたら……?




「そうだ康。あの日、ここに入る前に記念撮影したよね。あの写真は?」

 と、健は幼く無邪気な声で問い掛ける。


「それは――つ、月華が持ってて」



 康は何故だか落ち着かない。寒いわけではないのに鳥肌が立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ