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第4話 深夜のコンビニ

 ーー北条院馨さんってどんな人?


  そう聞いた時のハーレムメンバー達の顔は忘れられない。怒りと憎悪そして焦りが複雑に織り混じった恐ろしい表情。俺のたった一言で、ハーレムは一瞬にして修羅の国になってしまった。


  そして修羅達の口から飛び出すのは、馨さんの悪い噂ばかり。


 曰く、取り巻きの男子生徒全員とヤってる。

 曰く、金持ちのおっさんの愛人。

 曰く、もう子供を3人も降ろしている。

 曰く、公衆便器。


  まあ出るわ出るわ。他人をよくぞここまで口汚く罵れるなぁ、と逆に関心してしまうほどだ。


「透様、とにかく北条院馨という女は危険なのです。絶対に近付かないで下さい」


  櫻子さんのこの言葉で、ピシャりと〆られた。それ以上は聞ける雰囲気ではなかったので、俺は仕方なく口を噤んだ。


 しかし奇妙なことに、あれだけの悪い噂を聞いた後も、俺は馨さんに嫌悪感を一切抱かなかった。なぜなら、逆ハーレムに囲まれていた薫さんの顔は全く嬉しそうじゃなかったからだ。俺だったら気持ち悪いニヤニヤ笑いが止まらないと思うのに。だから彼女がそんなアバズレだなんてとても信じられない。


  それに去り間際に呟いた、「うらやましい 」という言葉。 一体誰の何が羨ましかったのか、俺は気になって仕方がなかった。


  ……ああ分かったよ、素直に白状する。俺は馨さんに興味がある。ふたりっきりでゆっくり話してみたいとまで思っているほどだ。でもまあ俺はハーレム、馨さんは逆ハーレム。互いの勢力に阻まれて、そんな機会はおそらくないだろう。








  ーーそう思っていたわずか数時間後、俺たちは再会した。


  土と埃の匂いが充満する薄暗い体育倉庫。仰向けで倒れている馨さんと、そんな彼女に覆いかぶさる俺。近くで見る彼女の顔は、やっぱりお人形さんみたいに整っていて。長い艶やな黒髪が床にサラサラと広がる。


  やっちまったぜ。ああ、なんというラブコメシチュエーション。このままでは馨さんとフラグが立ってしまうではないか!

 

  しかしーー。


「あの、退いてもらっていいですか?」


  馨さんは至って冷静であった。顔は凍り付いたような無表情、おまけに声も平坦で……。あれ、おかしいなぁ。普通なら赤面して、すごく取り乱すはずなんだけど。こんな反応の女の子は初めてだ。まあ、そういう俺も至極冷静だ。だって俺は女だからね。


「あっ、ごめん。今退くよ」


「はいお願いします」


「怪我はなかった?」


「大丈夫です」


「そう……」


  俺たちはさっさと体制を立て直す。 なおこのやり取りの間中、俺たちは完全に真顔であった。ラブコメ的ドキドキは一切なし。そう例えるなら、深夜のコンビニ店員と客だろう。互いに関心はなく、ただ淡々と作業をこなしていく……。

 

  なんだ、この違和感は?


  馨さんもそう思ったようで、首を可愛らしく傾げている。


「……あの、馨さん。なんでこんなところにいるの?」


「ええと、その、なんというか。私追われているんです」


「は? なにそれ」


  その瞬間、外から大きな声が聞こえてきた。


「馨ーー!どこにいるんだーー!」


  なんというイケボ、聞いているだけでキュンキュンしてしまうこの声の主は西住君だな。馨さんは体をビクッと震わせると、小さな悲鳴を上げた。


「もしかして、西住君から逃げてるの?」


  馨さんは大きく頷いた。


「はい……。どんなに断わってもしつこく追いかけて来るんです。もう私困っちゃって」


「はぁ、あんなにイケメンなのにもったいない」


「でも、その、全然タイプじゃないというか。だから迷惑以外のなんでもなくて」


  うーむ、やはりモテるだけあって馨さんは理想が高いのだろうか。俺だったら2つ返事でオーケーしてしまうのに。羨ましい限りだ。


「そういう白鳥君はなぜこんなところにいるんですか?」


「えーと、それは……」


  すると再び外から大きな声が聞こえてきた。


「透様ーー! どこにいらっしゃるんですかーー?」


  可愛らしい声に似合わず、鬼気迫るような叫び声。聞いているだけで背筋が寒くなるこの声の主は櫻子さんに違いない。


「……実は俺も追われているんだよ」


「もしかしてあの櫻子さんからですか?」

 

  俺は頷く。


「どんなに断わってもしつこく追いかけて来るんだよ。おかげで貴重な放課後が潰れてしまったぜ」


「えっ、あんなに美人の誘いを断わっちゃうんですか?」


「うん。実は彼女、俺のタイプからは大外れしてるんだ。申し訳ないけど、彼女の気持ちには答えられないんだよね」

 

  俺は大袈裟に肩をすくめてみせた。


  ……ん? つまり俺たちは同じ理由でここに逃げ込んだってことになるのか。


  馨さんもそのことに気がついたようで、俺のことを興味深そうに見つめている。彼女の黒目がちな瞳はすごく綺麗でーー。


「馨ーー!」


  西住君の声で俺たちはハッと我に返った。声がかなり近くなってきている。彼がここに来るのも時間の問題だろう。馨さんの顔がサッと青ざめた。


「ど、どうしましょう」


  俺は体育倉庫の中を見回した。バスケットボール、コーン、スコアボード、ハードル、それに跳び箱か。よし!


「あの中に隠れよう」


  俺は跳び箱の上段を外すと薫さんを中に放り込む。彼女の身体はまるで羽みたいに軽くて、同じ女として少しショックを受けてしまうほどだった。まあ今は落ち込んでいる暇はない。俺も跳び箱の中に飛び込むと、上段を元の通りはめ込んだ。


「狭いけど我慢してね」


「は、はい」


  中は本当に狭かった。身体同士は密着し、互いの吐息がかかる。馨さんの肌はキメが細かく、とってもスベスベだ。また俺は少し落ち込んだ。


  と、その時。体育倉庫に甲高く軋んだような音が響いた。長い間、雨風にさらされた体育倉庫の扉は開閉の時にこんな音がする。どうやら何者かが侵入してきたようだな。俺は跳び箱の隙間から外の様子を覗き見る。

 

  そこに立っていたのは予想通りの人物、西住君だった。馨さんがゴクリと生唾を飲み込んだ。


「ハァハァ……あと探していないのはここだけだ。馨ゥ……一体どこへ隠れたんだ?」


  息を切らせながら西住君は体育倉庫を見回している。その目は血走っていて……。恐怖のせいか馨さんの体がブルブルと震え、その振動が俺にも伝わってくる。


  なぜだろうか。俺はその時、馨さんを守ってあげたいと思った。自分と似た境遇の彼女をどうして放っておくことができようか。


  俺は無意識のうちにーー彼女の身体を抱きしめていた。


  そして彼女もーー俺の身体に強くしがみ付いた。


「ああ、分かったぞ。そこにいるんだろ、馨。全く手間をかけさせやがって。でも、これで隠れんぼは終わりだからな……」


  西住君がこちらへ向かってゆっくり近付いてくる。ああ、やはりバレてしまったか。俺たちはより強い力で抱きしめあう。お互いの鼓動がうるさいくらい聞こえてきてーー。


「透様! ここで透様を見ませんでしたか?」


  西住君が跳び箱に触れようかという瞬間、もう一人分の追跡者櫻子さんが体育倉庫に飛び込んできた。当然西住君の注意は跳び箱から櫻子さんに移り、くるりと背を向けた。


「はぁ、白鳥? そんな奴いねーよ。俺は馨を探しているんだ。お前こそ馨を見なかったか?」


「知るわけないでしょ。……ハッ!もしや透様、あの北条院馨と一緒にいるんじゃ?」


  うーむ、櫻子さんなかなか鋭い。


「ハァ? あのヤリチン野郎、俺の櫻子にまで手を出したのか! 許せん」


「先に手を出したのはそっちでしょう! 全くあのクソビッチ!私の透様を誘惑するなんて許せませんわ! 」


「馨はそんな女じゃねーよ!喧嘩売ってるのか、このクソ女!」


「透様だってそんな男性じゃありませんわ!この※※※野郎!」


  オウ、なんか喧嘩し始めたぞ。それにしても櫻子さん口悪すぎだろ。ちょっと引くわ。


「表へ出ろ!」


「望むところだですわ! どちらのハーレムが正しいか証明してやろうではないでしか」


  2人はギャアギャアと罵りあいながら、体育倉庫から出て行ってしまった。追跡者が去った後の体育倉庫は、しんと静まり返った。


「……プッ、フフフフ」


  そんな静寂を破ったのは、馨さんの笑い声だった。鈴が鳴るようなその声は本当に楽しそうで。俺もつられて笑い出した。


「アハハハハ、なんだよ今の!」


「本当に何だったんでしょうね、私可笑しくって。涙が出てきちゃいます」


  狭い跳び箱の中、俺たちは抱き合ったまま笑い続けた。ああ、こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。それくらい俺の心は弾み、温かかった。


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