第2話 ハーレムVS逆ハーレム
12人連続膝枕という地獄のような試練をなんとか乗り越えると、もう昼休みの残り時間は5分を切っていた。俺は泣く泣く教室に戻ることに。結局昼ごはんもほとんど食べられなかった。マジ、ハーレム崩壊しろ! 長い長い白い渡り廊下を歩きながら、心の中でひとり毒付く。
そんな俺の背後にはもちろん12人のハーレムメンバー、一列に並びゾロゾロと俺の後を追いかけてくる。通行人は俺たちを見ると、怪訝な顔をして道を譲ってくれる。うわー、モーゼみたいだなぁ。うん、軽く死にたい。
すると前方から、茅色の塊が近付いてきた。よく目を凝らすと男子生徒の集団だということが分かった。見たところ10人以上はいるな。それも全員、揃いも揃ってイケメン。まるで何かを守るみたいに、人垣になり一糸乱れず行進していてーー。
俺が足を止めると、彼らも一斉に歩みを止めた。そして一番先頭に立っている西住君(高身長・俺様系イケメン)が俺をぎろりと睨みつけた。
「道を開けろ。馨の邪魔をするな」
うわぁ、顔だけじゃなくて声までカッコイイ! 聞いているだけでなんだか俺、キュンキュンしてきちゃったよ。あー、こんなイケメンに無理矢理キスとかされたいなぁ。
ん?
俺はようやくその時、イケメン人垣の中に1人の女の子が紛れていることに気がついた。初めて見る顔、しかも櫻子さんにも引けを取らない超弩級美少女だ。
前髪ぱっつんの腰まで伸びた長い黒髪、肌は雪みたいに白くて。身長は150センチあるかないくらい小さい。小柄な体型と大きな黒目がちな瞳は小動物を連想する。見ているだけで庇護欲がメラメラと燃え上がるーー。
俺は一瞬で理解した。ああ、この娘はモテる。そうか、このイケメン達は彼女を守る騎士団いや逆ハーレムということか。乙女ゲーでよく見るやつ。うーん、実に羨ましい。
すると、櫻子さんが俺の前にずい一歩出る。
「道を開けるのはそちらではなくて? そんなに大人数の殿方を引き連れているなんて、相変わらずふしだらですわね。北条院馨さん」
えっ、なんで櫻子さんこんなに攻撃的なの? 怖っ!
彼女ーー馨さんも恐怖を感じたようで、肩をビクンと震わすと俯いてしまった。すると西住君が俺の胸ぐらを掴む。
「貴様! 俺の馨を悪く言うなら許さんぞ」
えぇ、 俺何も言ってないよね? なんで俺が怒られてるの? とんだとばっちりだよ。
ま、いっか。こんなイケメンと接近できるなら悪くない。クンクンクン、スーハースーハー。なるほど、これがイケメンのスメルか。悪くない。
「イヤーー! なんて野蛮なの!」
「早くその汚い手をはなしなさい」
「モテないからって透様に八つ当たりはやめなさいよ」
俺のハーレムメンバーは揃って西住君を罵倒し始めた。西住君の体が怒りのせいかプルプルと揺れている。ああ、君は怒った顔もイケメンなんだね。
「女に少しモテるからって調子に乗りやがって! 前からお前のそういうところが気に入らないんだよ」
西住君は右手を大きく振りかぶった。殴られる! そう思った俺は反射的に瞼を閉じる。ああこんなイケメンに殴られたら、俺は変な方向に目覚めてしまうのではないだろうか? 少しの不安と大きな期待で心臓が早鐘を打ちはじめた。
しかし、その時。
「やめて下さい! 私、暴力振るう人は嫌いです!」
鈴の音のような可愛らしい声があたりに響く。すると、西住君は俺から手を離した。チッ、いいところだったのに!
「き、嫌い……。そ、そんなこと言わないでくれ馨」
「それならもう暴力は振るわないと誓って下さい」
「誓う。誓う。だから機嫌を直してくれ、な」
顔面蒼白となった西住君は、馨さんに縋り付く。おお、あんなイケメンを手玉にとるとはすごいなぁ。素直に感心する。
さて、このまま無駄に時間を浪費すると授業に遅刻してしまう。そろそろ場を収めるか。俺は小さく咳をすると、口を開く。
「すいません。こちらが道を譲るべきでしたね。どうぞ、レディーファーストです。ほら、みんなも道を開けて」
まあ、俺も女なんだけどね。俺は廊下の隅に寄り道を開けた。ハーレムメンバーは全員もれなく不服そうな顔をしていたが、しぶしぶ俺に倣う。
「キザ野郎め! 薫に手を出したらマジで殺すからな」
西住君は舌打ちすると、一瞥もせずに俺の横を通り過ぎていった。その後を残りのイケメン達が追いかける。横を通り過ぎる瞬間、滅茶苦茶睨みつけられる。 またこの目か。もうすっかり慣れっこだ。俺は男子に嫌われている。女の子をこんなにはべらせているんだから当然だ。故に男子の友達はゼロ。常に周りに女の子がいるからボッチではないが、男子とも仲良くしたいというのが本音だ。できればイケメン、そしてゆくゆくは秘密の恋人になれればなぁ。フヒヒ……。
「あの、申し訳ありませんでした。怪我はありませんでしたか?
薫さんの声で現実に引き戻された。ヤバイヤバイ、今軽くトリップしていたぞ。俺は顔の筋肉を引き締める。
「いえ、大丈夫ですよ。気にしないで下さい」
「で、でも……」
馨さんが俺を上目遣いで見つめてくる。瞳は潤み、まつげはすごく長くてーー。ああ、滅茶苦茶可愛い。同性の俺が思うくらいだからきっと男はコレでイチコロだろう。馨さんのポテンシャルの高さに改めて気付かされる。
「ちょっと北条院馨さん。透様に色目使うのはやめて下さらない? 本当にあなたって発情期の猫みたいに見境いないのね」
櫻子さんが、俺たちの間に割って入ってきた。その声色は聞いているだけで背筋が凍りそうになるくらい冷たい。
「えっ、そんなつもりじゃ……。誤解させてしまったなら謝ります」
「はいはいはい。そうやってまた私を悪者にしようとしているんですね。あなたの本性はここにいるみーんなが知ってるから無駄ですわよ」
櫻子さんを初めハーレムメンバー全員が般若の表情で、馨さんを睨みつける。えぇ、何この空気マジ怖いんですけど。馨さんも今にも泣き出しそうな顔をしているし。さっきから思っていたんだけど、なんでみんな馨さんに厳しいんだ?
「馨! その男はヤバイって散々言っただろう! 早くコッチに来い! 」
西住君の怒鳴り声。馨さんは我に返った表情に戻ると、俺たちに大きく一礼。そして走り去ろうかというその瞬間ーー。
「羨ましい……」
馨さんの可愛らしいさくらんぼのような唇が動いた。蚊の鳴くような小さな声、でも確かに俺の耳には届いていて。
え、今なんて言ったの?
そう聞き返そうとしたが、彼女はもうはるか遠く。うーん、一体今のはなんだったんだ?