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妖怪博士、曰く

怪異退治という字面の荒唐無稽さに反して、その実態は地味極まる。


よくよく考えずとも当たり前なんだが、怪異に逮捕状などは必要無いし、通用しない。


人になぞらえるのであれば、現行犯。


怪異はそれそのものが取り締まりの対象ではあるが、それは確かな輪郭を持った存在ではなく、あくまで現象に過ぎない。


現象に罪はなく、裁く法もない。


人の世にあって、人ではなくましてや生き物でもない、相手は神出に現れ、鬼没に消える「現象」なのだ。


比喩ですらなく。


それらへ対処するのが俺たち陰陽一課の仕事であるからして、まずはお目当の怪異に遭わないことには始まらない。


怪異との遭遇。邂逅。それは、対峙そして退治することよりも遥かに難しい。


なぜなら怪異とは本来、人が「遭うべくして遭うもの」であるからだ。


因果の結びつきによって人はその現象に見舞われる。縁と言い換えてもいい。


そこに赤の他人である俺たちが介入するのは、道理に反することでもあるのだ。


因果を捻じ曲げて、干渉する隙間を作ること、または己を供物として「招待状」を得ること。


怪異の正体、もしくはその副産物である妖怪とのどんぱちなどは、所詮は仕上げであって、俺たちの仕事の本質はそういう、地味で面倒な仕込みの部分にあると言える。



さて、では件の「人斬り」に遭うために、俺たち陰陽一課はなにをするべきか。


すぐに思いつくので二つある。


一つは「人斬りが次に襲う人間を予測する」こと。人斬りが現れるところに先回りするということだ。


もう一つは「人斬りに襲われる」ことだ。それにたる理由を用意し、己を餌とする方法。


まあこんなところだろうが、これは「人斬りが再び現れる」というのと「無差別ではない」というのとを前提にしている。


ひょっとしたら、5、6人を無差別に細切れにしたことで気が済んでしまったかもしれない。ということも考えられる。


事実、快楽殺人に及ぶ妖怪だってないわけではない。


それに、そういうことをしたがるのは、なにも妖怪だけではないわけで。


なんにせよ、相手の正体がわからないことにはどうしようもない。


もしこれが仮に人間の仕業だったとして、その時はその時で、政治的振る舞いに忙しい捜査課並びに、保安課の赤坂先生のケツに蹴りをいれなければならない。



「陰陽一課ってぇぐらいなら、死体を使って占いでもするのか?」などとよく言われるもんだが、勿論そんなわけはないし、もし出来るならとっくにそうしている。



陰陽と名がついてはいるが、俺や又三郎ちゃんにそういうオカルティックな力が備わっているわけではない。


又三郎ちゃんのアレは、人外に片足を突っ込んでいるような気がするがそれはさておき、


千里眼だとか、式神だとか、占術だとか、そういうものを扱えるわけではない。


やることは、普通の刑事と変わらない。



捜査は結局、自分の足だ。





筋違橋 千。


俺や又三郎ちゃんの、軍学校での恩師で、今は郊外に隠居している。


陰陽一課が怪異退治の専門家とするならば、先生は怪異そのものの研究家といったところか。



古今東西問わず、人理の外側に、広く、深く精通する【妖怪博士】である。



居眠りを始めた又三郎ちゃんを置いて、俺はその人の居を訪ねることにした。


所謂「アポ無し」というやつだが、


まあ、余程のことがなければ外に出ない人だから、留守ってことはないだろうし、


そもそも連絡を取ろうにも、


何故か書簡が届かないのだ。


都から二駅ほど行った郊外にあって、秘境でもなんでもない筈なんだが、


配達員らはどいつもこいつも


「地図にない」だの


「道に迷った」だのと言って、結局届かずじまいだ。


それなら郵便を介するより、自分の足で直接会いに行った方が早いということだ。


留守なら留守で、書き置きでもしていくつもりだ。


とはいえ手ぶらもなんだし、甘味の一つでも持っていこうと【銘菓屋 威風堂】のある通りへと足を運んだ。


この辺りは、都の中でも特に洒落ている。


一面が石畳で、意匠の統一された赤いレンガの街並みに初代商工議長井上正蔵の青銅像が碧く映える。


高級な街だ。


美しいが、それと同時にいけ好かない感じもする。


白々しいというか、高飛車というか、


そこにいるだけで値踏みされてしまいそうな雰囲気の街である。


気の休まる場所ではない。


底の減った靴を履いているだけで、何か悪いことをしているような気分にさせられる。


固い石畳が尚更靴を削る。


貧乏人には歩くことも許されないとでも言いたげである。いや、俺の被害妄想だろうけども。


そんな街をゆく内に、一頭の馬を見つけた。


いや、馬車なら幾度となくすれ違ったが、そうではなく、馬車に繋がれていないただの馬なのである。


こんな街中に一頭、なんの変哲もない馬がおり、そして傍らにはその馬をなだめる童女が一人。


この街には似つかわしくない光景である。が、俺は妙に納得してしまった。


そして、そうして腑に落ちてしまうことにうんざりもした。


どうして馬がこんなところにいるのかは知らない。


俺が知っているのはこの童女の方である。


艶やかなおかっぱ頭、果実のように瑞々しい瞳の燐光、白磁の肌。


見紛うことなどあるものか。


遭うべくして遭うのが怪異だというのなら、


この童女、否、この人こそが怪異なのである。


妖怪博士とは、文字通りそういうことなのだ。


神出鬼没、そして不老。


童女の姿をした、怪異を識る妖怪。


妖怪博士、筋違橋 千。



ただでさえ、人を食ったような人だ。

いつか食われる気さえしてくる。


そんな薄ら寒さを纏った彼女は、こちらに気づくやいなや、馬の鼻柱を撫でる手を止め


「おやおや。三好くんじゃないですか。これは奇遇ですね」


と、実に白々しい台詞を吐いた。


「先生。奇遇もなにも、いや、あんたからすればそうなんだろうが、俺は元々あんたに会いに行くつもりだったんだぜ」


だから、奇遇というよりは、


やや大袈裟だが「運命」と呼ぶ方が近いだろう。と思ったが、少々キザにも思えたので口には出さなかった。


先生は何故か小さな肩をこわばらせ、胸の前で、きゅう、と両の拳を握り締めて、こちらを不安と訝しみの入り混じった表情で睨みつける。


「話が出来すぎです」

「へ?」


なにを突然。というか、今更。


この人はこういう、因果の巡り合わせ的な話が好物だったはずだが。


「私の居場所をどうやって知ったのですか。


怪しいです。


一体私をどうするつもりですか。


全体私はなにをされてしまうのですか」


そうだった。


この人は自意識過剰かつ、自分が可愛らしい童女の姿をしている自覚があるのだった。


厄介である。


本当はとんでもない歳のくせして。


「おい、手塩を掛けて育てた教え子を誘拐犯みたいに扱うな。


どうもしねえよ。一応おまわりさんなんだぞ。


舐めんな」



「そっちこそ、手塩とか、おばあちゃんがおむすびを握るみたいな言い方をしないでください」


自意識過剰か。


いや、実際そうだろ。


と思ったが言わなかった。流石に言えなかった。



「あ!今、実際そうだろ。と思いましたね!許しませんよ!」


「臆面もなく心を読むな」


洞察力か、はたまた本当に妖力のなせることか、それともただ単に自意識過剰気味なだけか、この人の地獄耳は相手の内心にまで届く驚異的な聴力を持つ。


「違います。私は妖怪じゃないので心なんて読めません。三好くんの考えることはお見通しなだけです」



「じゃあ俺が今なんて考えてるか、当ててみてくれよ」


「可愛い。です」


ーーーポジティブすぎる。



「残念ながら間違いだ。正解は『一体何故こんなところに先生が?』だ。


わざわざこんなところまで出向くとは、ていうか先生、馬に乗れたのか」



隠居とは往々にして出不精である。


先生にしたって例外ではない。


まして馬なんて、この背丈では跨る事すらままならない筈だが。


「たまには美味しいご飯を頂こうと思って、都に繰り出してきたのです。


ていうか、子供扱いしないでください。


まあ、馬になんか乗れませんけれど、とにかく子供扱いはしないでください」


年寄り扱いするなと言ったり、


子供扱いするなと言ったり、


本当にわがままである。



「じゃあこの馬はどうした」


「さあ。馬車馬のようですが、逸れたか逃げ出したか、とにかく迷子みたいです」


言われてみれば確かに、口輪があるが、鞍も鐙もなく、両目の横に覆いがされていることから、馬車馬であることは間違いなさそうだ。


何故、こんなところに。


まあ、いいか。


都まで出てきた先生は偶然この馬と出会い、


これを宥めている最中に俺とばったり遭遇したということなら、手間が省けたわけだし、この馬に感謝せねばならないのかもしれない。


「先生、今晩、具体的はなにを食べるつもりなんだ」

ハンバーグ、というのをご存知ですか」


ハンバーグ、俺の記憶が正しければ、卵などを繋ぎに成形した牛の挽肉を焼いた西洋料理のことである。


「ただ、洋食店が開くのには、まだしばらく時間があるぞ」


「むう、そうですか」


どう時間を潰そうか。先生は暫く考え込んだのち、不敵な、悪戯な笑みを浮かべて言う。


「では三好くん。私とデートをしましょう。又三郎には悪いですけど」


ーーーデートとはなんだ?


そして、何故又三郎ちゃんの名前が出てくるんだ?

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