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王子たち、正念場

 賊が巣食う館の外で、木立に紛れて、ジークフリートは焦れながら待っていた。

 騎士が作ったクジのうち、当たりの印がついたのを引いたのが、どうして彼でなかったのだろうと今でも思う。同時に手にとって同時に引いたのだから、誰が悪いということもないはずだけど。でも、だからこそ、彼の想いが兄に劣っていると神にでも告げられたようで不本意だった。


(僕だってアデルを助けたいのに……)


 もちろんユリアーネのことを忘れている訳ではないけれど、愛していながら傷つけてしまったアーデルハイトに、すぐにも謝りたかった。良いところを見せたら彼女の怒りも少しは和らぐのではないかという打算がないとは言わないけれど、とにかく早く会って無事な姿を――そうでない可能性など考えたくもない――確かめたかった。


 彼より先に令嬢たちに会えるであろう兄が羨ましくて仕方ない。お前のことも伝えるから、とは言っていたけど、実際ユリアーネに会ったら弟のことなど頭から吹き飛ぶに決まっている。そもそも兄はユリアーネに慕われているだけでなくアーデルハイトからも案じられている。羨ましい。彼に出番を譲ってくれても良さそうなのに、ずるいし大人気(おとなげ)ない。それに――


「殿下。お気を散らされませんように。もう、いつ中で騒ぎが起きてもおかしくありません」

「あ、ああ。分かってる……」


 心の中で兄を罵るのに夢中になっていたところを騎士に忠告されて、ジークフリートは慌てて我に返るとうなずいた。希望した方ではないとはいえ、こちらも重要な役割であるのに変わりはない。直接に助け出すことができなかったのなら、せめて与えられた役割をこなして令嬢たちに対して点を稼ぎたいところだった。


「まだか……」


 視線の先では、館の入口を守る見張りたちがしきりにあくびをしている。深夜を回り、夜明けの方が近いような時刻だから気が緩みきっているのだろう。これなら無理に突入を試みても良いのでは、とさえ思うが――取り決めた以上は兄たちが成功するのを待たなければならない。

 彼も兄も――父や重臣のレーヴェンブリュール公爵に大いに幻滅されたとはいえ――この国の王子なのだから。無闇に暴走して命を危険にさらしてはならない。彼らに万一のことがあれば、罰せられるのは騎士たちなのだ。

 そう、分かってはいても待つのは辛い。だからジークフリートはまたつぶやいてしまう。


「……まだか?」


 そう、口にした瞬間だった。

 ジークフリートたちが見つめる中で、館の扉が大きく開いた。中から顔を出した男たちが、見張りに何ごとか告げる。叱責のような。狼狽したように顔を見合わせて、手振りも交えて弁解するような素振りを見せる見張りたち。次いで、内側から現れた者たちも見張りも館の中へ駆け込んでいく。


「トリスタン殿下が成功したようですな!」

「うん!」


 抑えた声で、それでも嬉しそうに騎士たちが声を弾ませ、ジークフリートも立ち上がりつつ大きくうなずいた。

 そして剣を抜くと、館の扉を真っ直ぐに示す。


「行くぞ! 彼女たちを――あと、兄上も――傷つけさせはしない。こちらに敵を引き付けるんだ!」

「はっ!」


 少年のまだ高い声に応えて、騎士たちも剣を抜いて夜の森に(とき)の声を響かせた。




 開きっぱなしの扉から、王子たちは館の内部へと飛び込んだ。

 まず目に入ったのは、不意に現れた侵入者――トリスタンたち――の方へと向かう賊たちの背中。駆け込む足音に気づいて振り向きかけたところを踏みつけ、あるいは切りつけて戦力を削ぐ。おそらくは余罪がたっぷりとある連中だから、後で追求するためにも命までは奪うことのないように。


「な、何だ!? なぜ後ろから――」

「裏切りか!?」


 堅固なはずの館の内に突然現れた敵と、入口からもなだれ込むジークフリートたちと。挟み撃ちにされたことに気づいた賊たちは、浮き足立っておもしろいほどに脆かった。


「黙れっ、成敗してくれる!」


 幼いとさえ言えるジークフリートでも戦力になるほど――と思っているのは本人だけで、もちろん騎士たちの援護があるからこそではあったけれど。とにかく戦果らしきものを挙げることができていた。


「ジークフリート、無事か!?」


 敵を蹴散らしながら進むうち、やがて一行の前方にトリスタンが率いる一隊が現れる。両者の間に残る賊は、もうほんの数人まで減らされている。


「アデル! 無事で良かった!」


 しかしジークフリートの目に映るのは、兄王子に庇われたアーデルハイトだけだった。ドレスは汚れ、顔色も憔悴しているけれど、目立った傷はないのを見てとって喜びの声を上げる。


「女め……本当に王家が探しに来たのか!? 疫病神めっ!」


 そしてその歓声は、令嬢たちに賊の注意を向けることになってしまった。人質に取るつもりか、単に一番弱いからか――首領らしき大柄な男が立ちすくむふたりの少女へ突進する。


「危な――」


 精鋭の騎士たちですら、警告を発するのが精一杯の速さだった。


「ユリア!」

「アデル!」


 だが、更に速かった者がふたりいる。

 素早く令嬢たちの前に進み出て彼女たちをかばったトリスタンと。

 騎士も、残った賊もすり抜けて、首領に体当たりしたジークフリートと。


 愛する人を守ろうという王子たちの想いが、訓練も経験も超えた瞬間だった。


「大丈夫!?」

「怪我はなかったか!?」

「は、はい……」

「ありがとう、ございます……」


 呆然としてとりあえず礼を述べる令嬢たちと、彼女たちを揺さぶる勢いで無事を確かめる王子たちと。その横では、賊よりも早く我に返った騎士たちが残る敵を取り押さえている。

 かくして、夜明けを待たずして賊の住処は王子たちが率いる騎士の一団に制圧された。




 朝日が昇って辺りが明るくなる頃には、状況はかなり片付いていた。

 騎士たちは手分けしてある者は王都へ駆けて令嬢たちを送るための馬車を呼び、ある者は近隣の街へ行って官憲を呼ぶ。捕物で怪我をした賊の手当をしつつ、交代で見張る。一方で館に蓄えられた盗品を改める者もいる。


「兄上……」

「何だ?」


 王子たちも、騎士たちの指示のもと事後処理に当たっていた。彼らにはこのような場面で指揮をとった経験はないし、そのための訓練もしていない。となれば若くて体力があるだけが取り柄なのだから、とにかく働くしかない。


「謝った?」

「いや、まだ……」


 身体を動かしていれば、余計なことを考えずに済んだということも理由だったが。兄と弟は、怪我人の傷を洗う水を桶で運びながら、令嬢たちの姿をちらちらとうかがう。騎士たちも、彼女たちを働かせようとは毛の先ほども考えていないので、ふたりはスープの椀を手に休息している。賊が作っていたものではあるが、食べ物には罪はないのだ。


「気づいたよね、きっと」

「多分な……」


 高貴な身分のはずの王子たちは、こそこそと声を低めてささやきあった。ふたりとも主語を省いているものの、何のことかは言うまでもない。


 アーデルハイトも、ユリアーネも、彼らがお互いに吹き込んだことが嘘だと気づいたに違いない。


 何しろ彼女たちはとても聡明な女性たちなのだから。実際に会って話をすれば、目の前の相手の人となりはすぐに分かることだろう。そもそも彼らが好きになるくらいに優しく気高く清らかな心の人たちだから、彼らの嘘に耳や目を塞がれることなく相手を正しく評価することができるはずだ。その点、トリスタンもジークフリートも確信している。膝が触れ合う距離で仲良く座っている少女たちの姿からも、彼らの考えは当たっているようだ。


 だが、それはすなわち彼らがすっかり嫌われ軽蔑されているのではないか、という恐怖を引き起こす。


 ただでさえ傷つけ振り回してしまったというのに、嘘の罪まで加わって。全て彼らのせいだったと知られてしまって。

 一体にどう思われているのかと考えると、王子たちは令嬢たちをまともに見る勇気さえ持てなかった。

 無事な姿を目にした瞬間に駆け寄ることができたのは、それだけ我を忘れて喜んだからというだけだった。自分たちの立場を思い出した今、王子たちはすっかり怖じ気づいてしまっていた。


「だがこちらから言わなくてはならないだろう」

「あちらから言わせるなんて最低だと思う」

「まさしく。だが騎士たちがいたのでは……」

「後始末がひと段落したら時間を作れないかな?」

「うむ。席を外してもらうか、連れ出させてもらうか」

「王宮に戻る前に、とにかく謝らないと」


 王子たちは、父王や令嬢たちの父親の前で、彼女たちの裁きを受けると豪語してみせた。

 しかし彼女たちが贖罪に何を望むかに関わりなく、彼らはすでに罰を受けていた。愛する人に嫌われ軽蔑されてしまったのだ。それも彼らの考えなしの行いのために。

 真摯に向き合うのを怠ったために、彼女たちの心を得る機会を永遠に失ってしまった。それこそが、彼らに与えられた罰なのだろう。




 重くどこまでも沈み込む一方の王子たちの心とは裏腹に、日は高く昇っていく。そして同時に片付けも進み、各所へ送った使いも馬車と共に戻ってきた。捕らえた賊を護送し、盗品を運ぶための荷馬車が数台。そして、令嬢たちのためにより高級で乗り心地も良いものが一台ずつ。賊が作った狭い道を押し広げるように、館の前に乗り付けている。


「お嬢様がたを王宮へお連れいたします。父君がたもいらっしゃいますのでゆっくりお休みいただければと」

「まあ、お父様が」


 アーデルハイトとユリアーネは顔を見合わせて微笑み、周囲の者に朝の陽射しを一層まばゆく感じさせた。


「殿下がたも、ご一緒にお戻りください。令嬢がたの護衛をお引き受けいただきたく」


 次いで王子たちに役目が振られたのは、要はこれ以上ここにいられても騎士たちがやりづらいからだっただろう。


「…………」


 いよいよ()()()が来たことを知った王子たちは、沈痛な面持ちで視線を交わした。彼らの表情は、爽やかで美しい令嬢たちの微笑みとは対照的に、どこまでも暗く陰鬱なものだった。


「――ちょっと、待ってもらえるか?」


 兄弟の間で視線による会話が行われた結果、口を開いたのは兄のトリスタンの方だった。


「アデル。ユリア。君たちに話さなければいけないことがある。私たち――私がやったことについて、君たちを傷つけたことについて、謝らなければならないんだ」

「トリスタン殿下……」


 戦場に赴く兵士もかくやの緊張しきった表情で述べた兄王子に、ユリアーネは驚いたように目を見開き、アーデルハイトは少し首を傾げた。


「先にユリアーネ様とおふたりでお話になった方がよろしいかと思います。わたくしは後で構いませんわ」

「アデル、だが……」

「きちんと、お話なさいませ?」


 アーデルハイトは元婚約者にそれ以上言わせなかった。ユリアーネを愛するトリスタンでさえ息を呑む美しい微笑みで言葉を奪い、優雅な挙措で一礼をする。


「わたくしはジークと話がありますから。ジーク、手をとってもらえるかしら」

「は、はい!」


 指名されて第二王子は背筋を正し、公爵令嬢の白い手を取った。非常に高価で繊細な細工物を扱うかのような恭しく丁重な手つきで。


「騎士の皆さまにも心から感謝申し上げます。わたくしの勝手な振る舞いが原因でもありましたのに、ご迷惑をお掛け致しました。日を改めて、公爵家からもご挨拶にうかがいましょう」

「いえ……」

「そのような……」


 ひとりひとりに目を合わせて微笑みかけられて、騎士たちもどこかうっとりとしてもごもごと答えた。


「それでは、この場は失礼させていただきます」


 最後に一際艶やかな笑みを残して、公爵令嬢は馬車の中へと姿を消した。手を取って支えるはずのジークフリートが添え物に見えるほどの堂々とした振る舞いだった。

 形だけ見れば、アーデルハイトは婚約者をほかの女に奪われたと――捨てられたと見られても仕方ない立場の女性だった。だが、彼女はそんな惨めさは欠片たりとも見せなかった。

 王子を立てて、恋敵にも見えるユリアーネを思いやり、騎士をねぎらうことも忘れない。しかもそれを微笑みを絶やさず優しさに満ちて行える。慈愛に満ちた女王の風格を持つ貴婦人だと、その場の全員に示した一幕だった。


「ユリア……」


 そして残されたのはトリスタンとユリアーネ。何かと鈍いこの王子にも、さすがにアーデルハイトがお膳立てをしてくれたことは分かった。不甲斐ない元婚約者に、愛する人と向き合う機会をくれたのだ。


「ふたりきりで、話をさせてくれ」


 この期に及んでその想いを無にすることなどできない。長らく遠回りをしたが――やっと、トリスタンはユリアーネに愛も嘘も愚かさも、彼の全てを打ち明けようとしていた。

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