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王子たち、無我夢中

 賊の住処(すみか)は割とあっさりと見つかった。馬を逃がして追跡の手段を奪ったと信じ込んだのか、あるいは端から追いつけるはずがないとタカをくくっていたのか、彼らは逃げる方向を偽ることをしていなかった。目をつけられることを恐れて息を潜めて隠れていた街道沿いの農家などの民も、実は賊が令嬢たちを連れて駆ける様をしっかりと見ていた。


 ましてトリスタンとジークフリート、ふたりの王子につけられたのは国王とレーヴェンブリュール公爵が選び抜いた精鋭の騎士たちだった。夜の闇が迫る中とはいえ、寄せ集めの賊の足取りを追えないなどということはなかったのだ。


「ここか……」


 騎士たちの尽力のおかげで、王子たちは暗い森の一角に、木々に紛れるように建てられた館にたどり着いた。いずれかの貴族の別荘が遺棄されたものか、無法者が密かに建設したのか。とにかく、山肌を切り出した崖を背に立つその館は砦のように堅牢に見えた。


「すぐに中に――」

「お待ちください!」


 飛び出そうとする王子たちを、例の騎士は必死に止めた。彼らの評価を上方修正したのは尚早だったかもしれない、と思いながら。


「なぜ止める!? こうしている間にも彼女たちが何をされているか……!」

「僕たちは既に彼女たちの心を傷つけたのに、この上肉体までも傷つけさせたら合わせる顔がない!」


 顔色を変えて――時刻が時刻で顔はよく見えないから声音からそうと判断されたのだが――食ってかかる王子たちの言い分は、まったく未熟で考えなしのものだった。だが同時に非常に真摯でもあったので、止めた騎士も一瞬だけ返事に窮した。それでも彼らの暴走を見過ごす訳にはいかないので、王子たちの自尊心を傷つけないように、これ以上焦らせることのないように慎重に言葉を選ぶ。


「賊どもは身代金目当てで令嬢がたを攫ったようです。ならば怪我をさせて王家や公爵家の怒りを煽るようなことはしないでしょう。それに、踏み込むにしても無策という訳には参りません。お二方に万一のことがあれば、それこそ令嬢たちを救う者がいなくなってしまいます」

「そうか……」

「そう……だな」


 不承不承といった声音ではあったが、王子たちはひとまず落ち着いた。


「せめて館にいる賊の人数など分かるまではうかつに動けませぬ」


 だが、なだめようとする騎士たちの努力も虚しく、彼らはとにかく何かしたくてたまらないようだった。


「人の出入りを見張るのか? それでは時間が掛かりすぎる!」

「それこそ見張りの者がいるのではないか? ひとりやふたりずつならば見つからないように捉えられないか?」


 だから騎士たちは王子たちの安全を確保しつつ彼らを満足させる方向を探ることにした。


「確かに。たやすいことでございます――」


 王子ふたりと、騎士の中でも年配の経験のある者たちは、闇に紛れる低い声で計画をまとめた。




 そして数刻の後。トリスタンは賊が巣食う館に潜入していた。むろん王子のきらびやかな衣装ではなく、ぼろのような――臭いも耐え難い――服をまとっている。剣だけは他人の、しかも賊のなまくらなど役に立たないから、宝石をあしらった鞘に布を巻いてごまかした。


「殿下、顔を伏せてくださいませ。歩き方も、そのように堂々とした様子ではなくて、猫背にするとか酔った振りをするとか。――()()()()()()のが悟られぬように」

「分かっている。分かっているが難しいな……」


 同じく汚れた服に着替えた騎士たちに()()()()を受けながら慎重に進む。館の造りが捕虜から聞き出したのと変わらないのに安堵しつつ。これなら、令嬢たちが閉じ込められているという一室にもすぐに辿りつけそうだった。




 騎士たちは非常に優秀だった。館に踏み込むのは無謀でも、周辺を少人数で見回っている下っ端――つまりは強いものに従うだけで大した訓練も積んでいない連中――を、音も立てずに捕縛することは可能だった。

 平和な時代とはいえ――あるいはだからこそ? ――騎士たちは尋問の訓練も十分に受けていたので、捕らえた者たちから館の構造や賊の人数、装備なども供述させた。そして諸々の状況を考慮した結果、王子たちと騎士たちで制圧が可能だろう、という結論に達したのである。


「扉が一箇所というのが懸念ではありますが。とにかく入口を迅速に突破しないと。手間取って令嬢がたを人質にされると厄介です」

「ふむ。では――」


 顎に手を当てて考え込んでいた様子のトリスタンは顔を上げて目を輝かせ、反対に周囲の騎士たちは不安げな表情を隠さなかった。王子たちは、熱意に溢れてはいるのだがこの上なく世間知らずでもあるのは、この一日でよく分かっていた。

 一体何を言い出すのか、と見守られているのにも気づかずに、トリスタンは高らかに言った。さすがに辺りをはばかって幾らか声量を抑えてはいたが。


「陽動、というのはどうだろうか」

「陽動……ですか」

「そうだ」


 トリスタンは縛られて地面に転がされた捕虜たちを指差した。


「この者たちが帰らなければ、それはそれで怪しまれて警戒されてしまうだろう? ならば服を剥ぎ取って我らが潜入すれば良い。まずは彼女たちを救い出し、ついで中で騒動を起こす。それを見計らって外からも突入するのだ」

「挟み撃ちにするということか」


 ジークフリートまでもが明るい声で賛同の姿勢を示したので、目付の騎士たちの不安はいやました。


「まことに妙案だと存じます、殿下。ですが――」


 騎士たちはお互いに目を見交わし、代表して例の騎士が慎重に尋ねた。この男は昼間から王子たちの行動を止めてばかりだ。いつの間にやら他の者たちからお守り役として扱われるようになってしまったようだった。


「まさかご自身で潜入役を引き受けようなどとはお考えではありませんな?」


 疑いと反対の意図をたっぷりと含ませたにも関わらず、王子たちは当然のようにうなずいた。


「そのつもりだが」

「僕だって恐れはしない!」


 王子たちがあまりに当然のように力強く宣言したので、騎士たちはまた目配せしあって反論を探す羽目になった。いや、反論ならばいくらでもある。だが、この若者たちが大人しく聞き入れてくれるかどうかについて、彼らは全く自信を持てなかったのだ。


「ですが危険が……」


 ひとまず口にしたのは最も無難かつ説得力のあることのはずだったが、案の定というか王子たちは頑なに首を振った。


「ここを突き止めたのも、見張りを捕らえたのもそなたたちの手柄ではないか。私たちは何一つ役に立てていない」

「彼女たちのために、命を賭けさせて欲しいんだ」


 三度、騎士たちは顔を見合わせた。今度は諦めの色も混ざっている。王子たちはいずれも決して譲らない強い意志を目に宿していた。

 彼らが令嬢たちを探すことになった経緯は騎士たちも聞き及んでいるから、その気持ちも分からないではないのだ。誰しも恋に溺れた経験はあるから。盲目になるあまりに愚かな振る舞いをしたことあるし、好きな相手に嫌われたくない思いも理解できる。王子たちは、恋慕の発露が――控えめに言って――ただちょっと極端なだけだった。


「そこまで仰るならば、分かりました」


 やはり目で同僚たちと相談した後に、騎士はとうとう決断した。

 無理に諦めさせるよりは、思い通りにさせた方が彼らは悔いを残さずに済みそうだった。王子たちのどちらが王位を継ぐか、また、令嬢たちが彼らを許してくれるかははなはだ不透明ではあるが、その方が彼らのいずれかが導く国の未来も明るくなるのではないかと思えたのだ。


「おふた方のいずれかおひとりに、陽動に混ざっていただきましょう。もうおひと方には外で待機する方を指揮していただきたいと存じます」


 騎士たちは、三人――令嬢ふたりと王子ひとり――ならば、守りながら戦うことも可能だろう、と見積もったのだ。残る方にも指揮官の地位を与えることで、多少は王子たちが受け入れやすくなるだろうとも計算していた。

 そして幸いにして、王子たちもこれで妥協してくれたのだ。




 かくしてトリスタンは陽動部隊に加わっている。捕らえた見張りからは合言葉も聞き出しているから、館への侵入は何事もなく済んだ。王子の金髪はあまりに眩しすぎるので、捕虜から奪った布切れを巻いて隠している。

 ちなみにトリスタンがここにいるのは、兄がより危険な役割を引き受けたからでも弟が見せ場を譲ったからでもない。兄弟のいずれも、令嬢たちに先に会えるであろう役目を勝ち取ろうと一歩も譲らなかったので、騎士たちが見かねてクジを作ったのだ。

 そのやり取りに時間が掛かったお陰で、時刻は深夜を回ってしまったが――賊の緊張が緩む時間でもあるだろうから、彼らにとっては都合が良いはずだった。


「こちらです」

「うん」


 館は山肌にめり込むように建てられていた。だから令嬢たちが捕らわれているという部屋も、山をくりぬいた部分に位置していて、外側から侵入するのが不可能な――地下牢のような造りになっている。


(やはりこの作戦にして正解だった……)


 正面からのみの強行突破を試みた際に、最奥までにたどり着くのに掛かる時間を考えると、加えて焦った賊どもが令嬢たちに何をしていただろうかと考えると、トリスタンの心臓は冷えた。ついでに潜入役を引き当てた自身の幸運に感謝し、外で待機している(ジークフリート)にも心の中で礼を述べた。


(お前のこともちゃんとアデルに伝えておくから……だから私が先に助け出してしまうのを許してくれ)


 そんなことを考えるうちに、牢の扉が近づいている。当然のように、その両脇には見張りが立っている。初めての実戦の予感に、剣の柄を握るトリスタンの手に汗がにじんだ。


「何だ? 交代の時間にはまだ早――」

「――覚悟!」


 眠そうな目で問うた見張りに、トリスタンは最後まで言わせることをしなかった。一声叫ぶと同時に、剣を抜いて斬りかかる――が、ためらいながらの一撃は髪ひと筋のところでかわされた。


「な、どこから!?」

「くそ、倒れろ!」


 驚愕に目を見開いた見張りと、焦りで無様な動きになってしまうトリスタンと。警戒していたかどうかの違いか、勝ったのは辛うじてトリスタンだった。抜いた剣もさほど役に立たず、柄で殴り倒すような形ではあったが。


 一方、隣では騎士がもうひとりの見張りをより静かにかつ手際よく取り押さえ意識を失わせている。


「早く中へ!」

「鍵が掛かっています。この者たちの身体を改めましょう!」

「そ、そうだな……」


 騎士に促され、トリスタンはぎこちない手つきで気絶した見張りの衣服を探った。


「――あったぞ!」


 騎士たちが周囲を警戒する中、トリスタンは震える手で鍵穴に鍵を差し込んだ。錆び付いてでもいるのか引っ掛かりを感じるが、とにかくどうにか鍵は回った。次いで扉も。ぎしぎしと耳障りな音を立てながら開き――


「何者です!? 何をしようというのですか!」


 真っ暗な室内にいたのは、令嬢がふたり。声を震わせながらも毅然として立ち向かおうとしているのは、アーデルハイト。そしてその背後に庇われたもうひとりの姿を見て、トリスタンの理性は飛んだ。


「ユリア! 無事で良かった!」


 気絶した見張りを踏みつけるように、アーデルハイトを押しのけるように、彼は恋人のもとへ駆け寄った。


「トリスタン殿下……まさか、来ていただけるなんて……」


 安堵のためか喜びのあまりか。涙をこぼすユリアーネを、トリスタンは優しく抱き締めた。


「君のためなら何だってすると言っただろう? それに君にとてもひどいことをしてしまったから……絶対に、無事に助け出さなければならないと思ったんだ」


 感動にまかせてトリスタンはユリアーネに口付けようとした。が、アーデルハイトの冷静な声に阻まれた。


「――状況はおそらく分かりました。わたくしたちのためにご尽力いただき、心から感謝申し上げます」

「わ、わたしも! 本当に、ありがとうございます」


 騎士たちをねぎらうアーデルハイトの言葉を聞いて、ユリアーネもはじかれたようにトリスタンの腕から逃れ、一拍遅れて礼を述べる。

 ここで初めて、トリスタンは謝罪する相手がひとりでないことを思い出した。ユリアーネに劣らず傷つけ迷惑をかけた元婚約者に対し、元王太子はぎくしゃくと向き直った。


「あ、アデル。ユリアだけではなくて、君にも謝らないと――」

「まだ賊は残っているかと思います。わたくしたちは足手まといになってしまいますね? どのようにしていれば良いでしょうか」


 だがアーデルハイトは彼に全てを言わせなかった。とはいえ怒りや軽蔑のために無視しているという雰囲気でもなかった。単純に、真摯に、この状況を脱するためになすべきことを、聞くべき者に尋ねていた。


「外ではジークフリート殿下も待機していらっしゃいます。中で――こちら側で騒動が起きると同時に突入する計画でございます。ですから、賊どももそちらへ引き付けられることとは思いますが、令嬢がたには我らの後ろに下がっていていただきたく」

「ジークも? ……そうですか、承知いたしました」


 冷静かつ明晰に事態を受け入れ大人しくうなずいたアーデルハイトに、騎士はほっとしたように説明と指示を与えた。ユリアーネもこれを聞いてトリスタンから離れ、騎士たちの方へ歩む。

 物分りの良い令嬢たちに安堵した騎士たちは、次にもうひとりの足手まといを片付ける。


「殿下には、令嬢がたの護衛を受け持ってくださいますよう」

「わ、分かった」


 さりげなく前線から外されたことにトリスタンは気付かない。子供のような素直さで任務を与えられたことに満足して、ふたりの令嬢に寄り添った。


「では、全員無事にこの場を脱出するぞ。まずは、ジークフリートにも聞こえるように館の内の賊どもを蹴散らすのだ!」

「はっ!」


 騎士たちの後ろから激励する王子の声は、指揮官としてはやや頼りなかった。が、とにかくやるべきことは変わらないし、令嬢たちも――王子も守らなければならない。だから騎士たちは一斉に剣を抜き、命令に応えた。

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