表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/20

王子たち、奔走

 何度目かに呼び止めた乗合馬車に、ユリアーネもアーデルハイトも乗っていないのを確認し――トリスタンは深くため息をついた。


「すまなかった。行って良い」


 沈んだ声で告げると、何ごとかと不安そうだった御者は表情を緩めて馬に鞭を入れた。


「殿下――」

「ああ、大丈夫だ。ありがとう」


 遠ざかる馬車を見送りながら悄然とうなだれる(元?)王太子に、王が与えた騎士が気遣うような声を掛ける。それに対して、トリスタンは無理に笑顔を作ってみせた。




 令嬢たちは馬や馬車を出させた形跡はなかった。だから、王子たちはふたりとも遠くへ行くなら乗合馬車を使うだろう、と検討をつけた。庶民でも割と安価に都市間の移動ができる乗合馬車の交通網は、この国が誇るものでもあるのだ。彼らの推測通りに令嬢たちがアイヒェンオルト男爵領を目指しているなら、その路線を走る馬車のいずれかに彼女たちが乗っている可能性は高い。


 とはいえ男爵領へ至る経路は一つではないし、その区域を走る馬車も多い。だから、トリスタンとジークフリートは二手に分かれて馬車を呼び止めつつ各駅で場違いに品の良い美しい少女を見かけた者がいないか、聞き込みをしているところだった。

 それでも、少なくともトリスタンが担当している方では、今のところ有力な情報を得られていない。


(まだ何も手がかりがないとは……前提が間違っていたのか?)


 まったく見当違いの場所を探しているのではないか。あるいは、父王が無神経にも口にしたように、彼女たちはもう――


(そんなはずはない! ユリアもアデルもそんな早まったことはしない!)


 トリスタンは馬上で激しく首を振った。

 ユリアーネもアーデルハイトも、家族や領地を――アーデルハイトにいたっては国土全体に及ぶ視点を持っているかもしれない――愛しているし、愛されていることもよく分かっている。大事に思う人たちを悲しませるようなことを選ぶような女性たちでは決してないのだ。そういう女性だからこそ、トリスタンはアーデルハイトを尊敬し、ユリアーネを愛しているのだ。


(なのに、私は自分のことしか考えていなかった……!)


 愛する人と結ばれたいがために、アーデルハイトの覚悟を踏みにじり、ユリアーネを傷つけ困惑させてしまった。

 今もユリアーネを愛する心に変わりはないが、罵られて嫌われても仕方のないことをしたと思う。だが、とにかく彼女たちを見つけなくては謝ることさえできないのだ。


「行くぞ。ふたりを見つけるまでは休んでなどいられない!」


 引き連れた騎士たちに高らかに告げると、トリスタンは馬腹を蹴って先を急いだ。




 一方、ジークフリートは兄の状況よりも恵まれていた。


「本当か!?」

「え、ええ……金髪に青い瞳のとても綺麗なお嬢様を、確かに乗せました」

「この路線で!?」

「アイヒェンオルト男爵領を目指していると……とても不慣れな様子だったので、他の客が気にかけていました」

「そうか、ありがとう!」


 馬車を止めて聞き込みをすること何度目か、やっとアーデルハイトらしき少女を見たという御者を見つけたのだ。


(僕たちの推測は当たっていた……少なくともアデルは男爵領に向かっている!)


 舞い上がるあまりに落馬するのではないかというほどの高揚を感じながら、それでも彼は気を取り直して騎士に命じた。


「兄上の方へ連絡を。アデルを下ろした駅を伝えて。そこで落ち合うように、と。そこからならば彼女が採る路線も限られるだろう」

「はっ」


 兄が愛しているのはユリアーネだが、アーデルハイトのことも同じくらいに心配しているだろうから。どんな些細な情報でも喜ぶだろう。

 そしてその逆もまた真実だ。ジークフリートも、ユリアーネのことを心から案じている。事の発端は兄ではあるけれど、令嬢たちに対して積極的に嘘をついたのは彼なのだから。


(ユリアーネ嬢もアデルに劣らず清らかな心の持ち主だ……兄上から話を聞くだけでも、よく分かっていたはずなのに)


 愛する人に思いを寄せられている様子の兄への苛立ちだとか、アーデルハイトと結ばれたいがための焦りとか。彼なりの理由はあるけれど、もちろん彼女たちを傷つけおとしめて良い理由になるはずがない。


「僕たちもそこへ向かいつつ聞き込みを続ける。ユリアーネ嬢の情報も探すんだ!」


 ユリアーネの目撃情報はまだ得られていない。ひとりで外出したこともろくにないであろうアーデルハイトに比べて、彼女なら目立たず民に紛れていたのかもしれない。ユリアーネは相当早い時間に王宮を抜け出したようだから、それだけ見た者も少ないのかもしれない。ユリアーネは父親の代理で出かけることも多いというから、道に迷って途方にくれているなどということはない……だろう、と思いたいのだが。

 それでも、無事に彼女を見つけるまでは安心することはできなかった。ユリアーネにも謝らなくては、アーデルハイトに許しを乞うことさえできないだろう。

 焦りに唇を噛み締めて、ジークフリートも男爵領の方角へ馬を走らせた。




 ふたりの王子が、アーデルハイトが降りたと思われる街の外で合流したのは、日が完全に沈み辺りが闇に沈む時間になってからだった。


「手がかりは……あれ以上はないようだな」

「結局アデルもユリアーネ嬢も、見つけることはできなかった」


 兄弟はお互いの顔を見て状況を察し、馬上で揃ってため息をついた。


「……とにかく地道に探し続けるしかないだろう」

「そうだな。アデルは目立つだろうから、覚えている人もいるかもしれない」


 そして王子たちは騎士たちを引き連れて街へ入ろうと馬を進め――異様な雰囲気に気づいて眉を寄せた。


 乗合馬車の駅があるからには、ここはこの辺りでも比較的大きい街のはずだった。なのに、夜になったばかりのこの時間でも妙に暗く、活気もない。普通ならば、仕事を終えた人々が酒場や食事どころを賑わせる時間ではないのだろうか。


「これは……」

「何があったんだ!?」


 街に入ると、尋常でない事態が起きたのだといよいよ明らかになった。

 馬車のために整備されているはずの広場は踏みにじられ、いびつな轍の後が幾筋もついている。まるで、馬車が暴走したかのような。広場を囲むように並ぶ店も荒らされて、料理や野菜や果物があたりに散乱しているのが夜目にも分かる。

 何より事態を知らせてくるのが、そこここから聞こえる呻き声。それを発するのは、地面に倒れた、あるいは打ち壊された屋台にもたれた者たち。白い包帯や、そこに滲む赤い血があまりにも鮮やかで。


「騎士様がた! 良いところに来てくださいました!」

「そなたは……この街の長か?」


 転げるように進み出た老人に、一行を代表してトリスタンが受け応えた。すると、その老人は全身を使ってうなずいた。


「助けを呼ぼうにも馬も逃がされ馬車も壊されてしまったので途方に暮れておりました。攫われてしまった娘がいるのです。どうかお助けを――」


 王子たちが返事をする前に、王から預かった騎士がその耳にささやく。必死の形相の町長には聞こえない程度の小声で、けれど鋭く。


「令嬢がたを探す方が大事です。気の毒ですが、周辺の街から助けを呼ぶくらいしかできないでしょう」


 トリスタンとジークフリートは顔を見合わせて視線を交わした。兄弟ならではの呼吸で意思を伝え合い――そして瞬時に結論は出た。


「いや、彼女たちなら迷わず助けることを選ぶはず」

「ここの人たちを見捨てたりしたら、ふたりに合わせる顔がない」


 かつての彼らならばどう答えていたか分からなかったが、今の彼らには愛する人たち――ユリアーネとアーデルハイト――に対して恥ずかしくないか、というのが最も優先される行動理念になっていたのだ。


 それぞれに断言した王子たちに、町長は顔を輝かせた。そして、結果的にふたりの判断が正解だったことはすぐに分かった。




「公爵令嬢を名乗った金髪の少女……?」

「栗色の髪と瞳の可愛らしい少女……?」


 沈んだ声でつぶやいた王子たちに、疑われたとでも思ったのだろうか。町長は汗を拭きつつ、身振り手振りも交えて熱弁した。


「は、はい。私はその場にいなかったのですが、複数の者の証言ですから間違いございません。

 最初、金の髪の令嬢が進み出て賊どもを止め、次いで栗色の髪の令嬢も。自分を連れて行けと言い出したそうです。金髪の方が宝石を見せ、栗色の髪の方が王太子殿下の――その、恐れ多くて信じがたいのですが――婚約者だと名乗ったので、金になると思われたらしく……」


 攫われてしまった。


 最後まで聞く必要もなかった。相槌を打つ余裕もないふたりに対し、町長は更に語り続ける。


「栗色の髪の方はアイヒェンオルト男爵令嬢だったと言う者もいたのですが。ですが王太子殿下とのご縁があるような方でもなし、そこはよく分かりません。

 とにかく、その令嬢たちはふたりとも大変お綺麗だったということで……幸いにというか、他に攫われた者もおらず、被害も思いの外少なく済みました。……身代金が取れるとでも思ったのかもしれませんが。ともあれ、街の恩人とでも言うべき人たちです。見捨てる訳には――」


 もっとも王子たちはそのほとんどを聞き流していたが。くだんの令嬢が何者かを判断するのに、話のごく最初を聞くだけでも十分だった。


「間違いないな。ユリアだ」

「そしてもうひとりはアデル。さすが、民のためなら犠牲を厭わないんだな……」

「ユリアも。襲われた中には男爵領の民もいただろうからな。放っておけるはずがない」


 彼らが愛する女性たちは、この上なく高潔で慈悲深い心根の持ち主なのだ。彼らとしてはどこかに隠れていてほしかったと切に思うが、そんなことはできないからこそ彼女たちを愛したのも事実だった。


 どうしてふたりが一緒にいたのか。どうしてアデルは宝石なんかを持ち歩いていたのか。疑問は依然として尽きないが、令嬢たちを探し当てるという彼らの目的は最悪の形で達成されてしまったことになる。

 不安そうな表情で、祈るように手を組んで見つめてくる町長に、トリスタンは毅然として告げた。


「とにかく、話は分かった。頼まれるまでもなく、彼女たちは我らが助ける」


 ジークフリートも大きく頷いて兄にならう。


「騎士を連れていてちょうど良かった。賊どもの逃げた方向くらいは分かるな? すぐに追いかけて――」

「お待ちください、殿下!」


 今にも飛び出しそうなふたりを止めたのは、先ほど街を捨て置くよう進言した騎士だった。比較的年配の者で、王や公爵が若い王子の歯止めとなるように配した者でもある。


「御身を危険にさらすことなどなりませぬ! 令嬢がたも心配ですが、将来国を背負って立つお立場のおふたりではありませぬか! すぐに遣いを出して兵を出させるのです。殿下がたは指揮にとどまってくださいますよう……!」


 必死の形相で訴える騎士に対し、ふたりの王子はいたずらっぽく笑った。


「だが、私は内々とはいえ王太子の身分から廃された身だ。それほど重要な立場ではないと思うが」

「そして僕は()()王太子ではない。気楽な第二王子の身分なのだから、多少は融通も利くだろう?」

「殿下……!」


 あまりに都合の良い屁理屈に、忠実なる騎士は絶句した。すると、王子たちは表情を真剣なものに改める。


「愛する人も救えなくて、何が王だ。王太子だ」

「彼女たちを見捨ててしまったら、どの面下げて民を守るなんて言えるんだ?」

「殿下……」


 ふたりの真摯な表情を見て、騎士も表情を改めた。トリスタンとジークフリートの顔を見比べ――数秒の逡巡の後に、頭を垂れて彼らの意を受け入れる。

 それは、呆れ返ったからでも屁理屈に屈した訳でもない。まして王子たちの身がどうなっても良いと投げやりになった訳では決してない。

 この騎士は、実のところ事の経緯を聞いて王子たちの気質に大変不安を感じていたのだが――今のふたりには、恋に盲目になっているだけではない、上に立つ者の気概があるらしいことを感じ取ったのだ。


「承知いたしました。それでは、お二方の仰る通りに。御身は必ず我らがお守りいたしますゆえ」

「ありがとう」

「僕たちも無茶や無謀をするつもりはない。君たちの助けを期待している」


 騎士の賛同を得て、両王子も安堵したように微笑んだ。改めて一同を見渡すと、決意も新たに宣言する。


「ユリアも、アデルも」

「必ず助け出す――!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ