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王子たち、怒られる

 手早く状況を説明しながら、トリスタンとジークフリートはせわしなく視線を交わした。無言のやり取りを言葉でどのように言い表すかは難しい。


 お前も共犯だ、という確認。そんなつもりはなかった、という弁解。公爵や男爵を示して、だが納得してはもらえないぞ、と迫る。叱られることへの恐怖、不安、同意、同情。愛する女性のためだ、という説得、渋々ながらのうなずき、決意。

 計画の失敗に、愛する人を傷つけてしまったことに焦り慌てる王子たちの目は言葉よりも雄弁に語り合い、説明が終わる頃には何とか合意に達していた。全てを両親と公爵たちに打ち明けるという合意に。


 つまり、彼女たちと面倒なく結婚したいがためにユリアーネとアーデルハイトに嘘をついていたこと、更には思ったように進まなかった計画を修正するために嘘を重ねて、結果的に彼女たちを一層傷つけたこと。それら全てを明かして潔く断罪されることにしたのだ。




 そして話を聞き終えた親たちは、何を言うべきか言葉が見つからないようだった。王は重いため息をついて頭を抱え、王妃も珍しいことに顔色を青ざめさせてあからさまに眉をひそめている。レーヴェンブリュール公爵とアイヒェンオルト男爵が無言だったのは、怒りの余りに口を動かすことを忘れていたからだろう。

 判決を待つ囚人の気分でふたりの王子が俯いていると、公爵がやっと口を開いた。しかし、王子たちを楽にしてやろうというつもりはないようで、まずは男爵に対してだった。


「――アイヒェンオルト男爵にはお詫び申し上げねばなるまい。ユリアーネ嬢は清らかな心の持ち主でいらっしゃるようだ」


 男爵もやはり王子たちを無視しながらこれに答える。


「いいえ。アーデルハイト嬢こそ。まことに高潔で公正な、王妃に相応しい令嬢でいらっしゃる」


 臣下が口火を切ったのに励まされたのか、王がため息混じりに吐き出した。


「義務よりも恋を取ったとはいえ、トリスタンは最低限の筋を通したと考えていた。そしてジークフリートも王太子の資質は十分だと。息子には恵まれたと思っていたというのに、ふたり揃ってこの有り様とは。もちろん性根は叩き直すが――一体何年かかることか。余が存命のうちに果たして済むだろうか」


 父からの切り捨てるような言葉に、両王子は更に顔色をなくした。

 彼らは特別に王位を望むということはなかった。ジークフリートも兄と張り合うのはアーデルハイトのためだけで継承者争いなど考えたこともなかった。だが、父の息子として不適格だと言われること――彼らがしでかしたのがそれほどの重さのあることだと突きつけられるのは、彼らの根幹を揺るがす衝撃だった。


 凍りついた空気に耐えられなくて口を開いたのは、ジークフリートの方だった。


「愚かだったと、今なら分かります。でも、私も兄上も、愛のために、良かれと思ってやったのです!」


 勇気を振り絞った少年の発言は、しかし、冷たい目で迎えられた。


「愛のために我が娘は貶められたのですね。王妃の地位を狙う女だなどと……! トリスタン殿下からの贈り物でさえほとんどを固辞した娘だというのに」

「アーデルハイトのことも。公爵家の務めとして王妃の位に足るよう教育をほどこしはしたが、無論夫である殿下にも――恐れ多くはありますが――相応の器を求めるつもりでした。決して娘だけに献身を強いるつもりはございません。そしてこのようなことになった以上、トリスタン殿下はもちろん、ジークフリート殿下にも娘を差し上げる訳には参りません!」

「そんな……!」


 ジークフリートはこの世の終りが訪れたかのような表情でがくりとその場に膝をついた。なお、辛うじて立ってはいるもののトリスタンも同様の顔色をしている。拒絶の色もあらわに言い放った公爵の横で、男爵も何度もうなずいていたからである。

 自分たちがしたことがいかに愚かで許されないものだったか改めて突きつけられて、ふたりの王子は絶望の淵に落とされた。


「お二方とも、どうかお怒りを収めてくださいませ」


 男親たちにくらべて幾分柔らかい声を上げたのはふたりの母である王妃だったが、それは決して息子に救いの手を差し伸べるためではなかった。


「息子たちの教育は、わたくしの責任でもありますから本当に心苦しくは思うのですけれど。ですが、愚息の責を問うのは後で()()()()()やることにして、今一番に考えるべきはご令嬢方のことではありませんか?」


 じっくりと、のひと言で息子たちを更に突き落としながら王妃が述べたことに、公爵と男爵も表情を改めた。


「確かに。仰る通りでございます」

「ふたりは一体どこに行ってしまったのか……」

「誰にも告げずに出て行くなど」

「ふたりとも、お互いに会いたがっていたということだが……」


 いまだ立ち直れない王子たちをよそに、父親たちは顔を見合わせて不安げな視線を交わす。


「アデルはユリアーネ嬢のことを誤解したままなのだろう。害をなそうなどと考えていなければ良いのだが……」


 レーヴェンブリュール公爵がつぶやけば、アイヒェンオルト男爵も難しい顔で腕組みをする。


「ユリアもアーデルハイト嬢の悪口を信じ込んでいるはず。鉢合わせてしまった時にひどいことを言ってしまったら……」

「まさか、すでに世を儚んで、などということは――」

「陛下! 滅多なことは口になさらないでくださいませ」


 王は公爵たちがあえて口にしなかったであろうことに触れ、息子たちとの血の繋がりをうかがわせた。王妃がたしなめても時すでに遅く、父親たちの顔色は紙のように白くなった。


「まさか、そのようなことは……」


 ない、と言いたいのだろうが、ふたりとも断言はできない様子だった。婚約破棄も、廃太子も、まだ十代の娘たちにとっては耐え切れない重圧になっても仕方ない。しかも、娘たちはいずれもそれを自分のせいだと考えてしまったようなのだから。

 重い沈黙が降り、親たちの脳裏に最悪の光景が描かれようとした時だった。トリスタンが、叫んだ。


「そのようなことはありえません!」


 他の者たちの視線が彼に集中する。が、つい先ほどまで罪悪感に押しつぶされていると見えたこの王子の声に、表情に、力が戻っていた。


「ユリアは心優しい女性です。ご両親を愛し、故郷の森を、そこに住む人々を愛している。愛する人たちを悲しませるようなことを彼女が選ぶはずはない! それに、人を嫌って傷つけるようなことも。ユリアは人の悪口を言えるような子ではないでしょう。

 彼女を見誤っていたのは私自身もだが……父君が信じてあげないでどうするのですか!?」

「そうだ――アデルだって!」


 ジークフリートも――まだ床に膝をついた体勢だったが、立ち上がるよりも先に口が動いたようだった――兄に唱和して公爵に訴える。


「彼女は僕の想像も及ばないほどに気高い人です。どんな事情があっても、彼女が我を忘れて愚かな振る舞いをするはずがない。アデルなら、まず誰も傷つかない方法を考えようとするに決まってる!」


 愛する人について熱弁する王子たちの声は、さすがに父親たちの心に響いた。彼らがしでかしたことを許すつもりは一切ないが、娘たちの美質を改めて思い出したのだ。


「それは……」

「確かに」


 不安に陰った親たちの表情に、わずかながら希望の光が射した。しかし完全に晴れることがないのは――


「だが、現にふたりとも姿を消したではないか」


 王が無神経にも言い放ったように、ユリアーネもアーデルハイトも行方が知れないからだ。

 王子たちの言葉にすがりたいのは山々だが、娘たちの無事な姿を見るまではとても安心することなどできないだろう。公爵と男爵の顔は希望と絶望の間でせわしなく揺れ、王妃は夫の失言に眉をつり上げた。


「陛下! また――」

「だから、私たちが探します!」


 しかし、王妃の叱責よりもトリスタンが宣言する方が早かった。私()()、と。勝手にまとめられたジークフリートも兄の言わんとすることを察して大きくうなずく。


「そうです。僕たちに、償いの機会をください! 彼女たちを傷つけてしまったのは僕たちだから、必ず見つけ出して謝ります。嘘も全て打ち明けて、彼女たちからの罰も受ける! だから――」


 王子たちの目は、だから許してほしい、などとは語っていなかった。弟王子が言った通りに、ひたすら贖罪の機会だけを求めるものだった。令嬢たちからの許しも期待せず、ただ傷つけた罪を詫びることだけを望んでいた。


「トリスタン。ジークフリート」


 王の表情が和らいだ。愚行を犯したとはいえ、息子たちがそれを省みることができる程度の人として最低限の器量を持ち合わせていたことに、安堵したのだ。

 令嬢たちの父親ふたりも、王子たちを見る目がほんの少し変わっている。唾棄すべき犯罪者を見るような目から、信じがたい失敗をしでかした無能な部下を見る目へ、といった程度の変化だが。だが、とにかく教育の余地がまったくないという訳ではないらしい、と見直したようだった。


「それでは――」


 親を代表して、王妃が優雅に首を傾げた。


「息子たちへの罰を決めるのは令嬢たちに任せるということではいかがでしょうか。もちろん、前提として無事に探し出すことができたら、ですけれど。父君方も、それはお心を痛められたことでしょうけれど、今回のことではお嬢様方が一番の被害者なのですから」


 王子たちが調子に乗らないようにか、母親はあくまでも執行猶予に過ぎないことを強調し、彼らの表情を引きつらせた。とはいえ、これも一種の助け舟だ。公爵と男爵が、うなずきやすくなるための。


「まあ、娘さえ戻れば……」

「ですが、本当に探し出せるのでしょうな?」


 多少の気概を見せたところで、王子たちへの信頼はすでに地に落ちている。自然、向けるのも信頼よりは疑いの眼差しとなってしまう。

 試されていること――下手なことを言えばまた怒りと失望の目を向けられること――を察して、王子たちの顔もかつてなく真剣なものになる。親たちを納得させられるだけの推論を述べようと必死に考え――先に口を開いたのは兄のトリスタンだった。


「ユリアは――やはり、頼るならば父君だろうと思います。王宮での知己は私だけで、その私と話が通じないとなれば、父君に訴えることを考えるのではないでしょうか。実際にはアイヒェンオルト男爵は王宮へと発たれていましたが、彼女はそれを知らないから――」

「行き違いで領地に戻っているかも、か……」


 男爵はトリスタンの言葉を吟味するように顎に手をあてた。


「だが、先触れの手紙もなく? それほどに余裕がなかったのだろうか……」


 そこまで追い詰めた、と言外に責められて、トリスタンはまた顔色を青ざめさせた。それでもここが正念場とあって必死に言い募る。


「それでもご領地のどこかにいるのでは、と思います。ユリアの居場所はいつもあの森だったのですから。……私は無理に連れ出してしまったのですが。父君に会う前に心を落ち着けるような……友人などはいないのでしょうか」

「ふむ」


 これには男爵に対しても説得力があるようだった。意外とまともなことを言う、とでも言いたげにトリスタンをしげしげと眺め、腕組みをして首を傾げる。


「確かに娘は領内の民とも交流が深いですからな。頼るとすれば――修道院。信心深い娘でもありますから。あとは屋敷に出入りの商人。同じ年頃の娘がいる富農。いくつか思い当たるところはありますが……」

「全て回ります! 教えてください!」

「……そのようにいたしましょう」


 食らいつく勢いで迫ったトリスタンに気圧されるように、アイヒェンオルト男爵は慌ただしく頷いた。

 傍らでは、もうひとりの父親――レーヴェンブリュール公爵が下の王子に品定めの目を向けている。


「ジークフリート殿下は? アデルの行き先についてお考えはおありでしょうか」

「アデルは……」


 取りあえず立ち上がってはいるものの、先ほど娘はやれないと言われたばかりとあって、ジークフリートの顔は緊張に固まり、白い額には汗が滲んでいる。だが、重圧のただ中にあっても、この少年は必死に頭を回転させていた。


「アデルは、やはりユリアーネ嬢と会おうとしていると思います。僕や兄上からの話だけで決め付けてはならないと思って、話し合える余地がないか考えようとするはず」

「だが、ユリアーネ嬢の部屋を訪ねたなら使用人が証言するだろう……」


 公爵の視線を受けて、トリスタンは首を振った。アーデルハイトの訪問があったなら、真っ先に報告を受けているはずだった。

 もちろんジークフリートもそこのところは承知している。疑わしげな兄や公爵の眼差しにもめげずに頬を紅潮させて高らかに自身の推測を述べる。


「アデルは一度ユリアーネ嬢に逃げられている。だから、そんなことがないように彼女と必ず会える状況を作ると思う。例えば、お父上と先に会って紹介してもらうとか」

「アーデルハイト嬢も我が領地を目指していると?」

「僕たちは、令嬢たちだけと話を進めようとしてしまいました。でも、本来ならまずご両親と話すのが筋だったはず。アデルなら、そこに気づけるはずです」

「確かに、よく礼儀を知る娘ではあるが……」


 男爵が興味深げに瞬き、公爵も賛同を示してうなずいた。そこへ、王が総括する。


「令嬢たちは同じ方角を目指した可能性が十分にあるということだな。無闇にあてもなくあちこちを探し回るよりも、十分な指針になるだろう。

 ――トリスタン、ジークフリート」

「はいっ」


 父王に鋭く見据えられて、二人の王子は声を揃えて背筋を正した。彼らに続いて掛けられた言葉は、厳しい為政者のものだった。だが同時に、息子を切り捨てることになるのを恐れ、成長を待とうと願う父親のものでもあるようだった。


「そなたたちにそれぞれ騎士の一団を与えよう。それを指揮してトリスタンはユリアーネ嬢を、ジークフリートはアーデルハイト嬢を――それぞれの愛する女性を探し出せ。必ず無傷で父君の元に返し、傷つけた罪を詫びるのだ。

 その成果によってそなたたちへの評価を下すとしよう。父と母の信頼が無駄ではなかったと、見せるが良い」

「はい!」

「必ず――!」


 ふたりの王子はその場に跪き、両親と恋人の父親たちに決意を見せた。

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