二度目の人生
胸の辺りに違和感を感じる。さわってみると心音を感じない。奴に目を向けると右手にさっきまでなかった何かが握られている。
「これがお前のォ心臓だ。ヒッヒヒ」
篤彦は今までにない異変を体に感じ、足がもつれうつ伏せに倒れた。意識が薄れる中、奴の声が聞こえる。
「最後に教えといてェやるよ。俺の通り名はパンデット、盗賊だ。お前ならまた会えるかもなァ。ヒッヒヒ、ヒャーハッハッハ!!」
声と共に足音が遠退き、意識も完全に途絶えた。
「…ん」
篤彦が次に目を冷ましたのは何も無い白い空間だった。天国や地獄があるとは思ってもなかったが、あの世がこんな殺風景な場所だとも思わなかった。
「やあ。お目覚めかい?」
いつの間に現れたか分からないが、自分と同じくらいの少女が自分の目の前に立っていた。
「君の名前は何かな」
彼女は男か女か分からない中性的な声の持ち主で、服は篤彦が通う学校の制服だった。
「…城島篤彦」
取り敢えず質問に答えると、彼女は楽しそうに笑う。
「篤彦。君は凄いね。こんな訳の分からない場所でもで全く動揺していない」
「一人ではないし、目の前の奴はこの状況について何か知ってそうだしな。で、お前の名前は?」
彼女はくるくるバレリーナのように回り、止まると満面の笑みを浮かべていた。楽しいのか、若しくは嬉しいのか、それかその両方を内包した屈託無い笑顔だ。
「名前は無いよ。僕は自分については何も知らない。人は僕を全能であると言っているけどね」
「全能?」
彼女が指を鳴らすと白い空間は宇宙の銀河系の中にいるような空間になり、地球、太陽、月がそこから見えた。
「さて、改めて自己紹介するなら僕はある存在のコピー体だね。そしてそれの事を、君達は魔道書と呼んでいる」
「魔導書?」
さらに彼女が指を鳴らす。また風景が変わり今度は人が大勢いて、よく分からないが研究のようなことをしているように見えた。
「これがその魔導書を作っている時の映像だよ。大体1000年くらい前かな」
彼女はあるものを指差した。
「ほら、あれが僕の本体」そちらに目を向けると確かに本らしきものがあった。なんの変哲も無いただの本に見えるが。
「この世界にはね、僕みたいな魔導書は沢山あるんだよ。ただ僕以上の魔導書は無いだろうし、普通の魔導書も殆どの人間は一生見ること無いだろうけどね」
さらに指を鳴らし、別の風景を見せる。それは俺が絶対に忘れること無いものだった。心臓を抜き取られ、地に伏している光景だった。
「まあ篤彦、結論を言うと君は殺されたんだ。僕によって力を手に入れた人間にね」
「お前の力?」
「そうだよ。僕は本体の指示にしたがって君ら死人をテストしている。言わばこれは面接だね」
俺が目を細めて見ると、彼女は嬉しそうに笑った。
「大丈夫だよ篤彦。君は余裕で合格だから。君は今まで見た人間の中で断トツで面白い」
別に合格かどうか聞きたいから目を細めたのではなく、単純に訳が分からないからもっと要領よく説明してほしいと言う抗議の目だったんだが。俺の気持ちをよそに彼女は喋る。
「普通の人間はここに来ると、泣き叫ぶか、取り乱すか、怒り出すかの3択か、物凄い行動を起こすバカな人かの4種類位しかいないから、君みたいな落ち着いている人間は初めてだよ」
彼女は元の白い空間に風景を変える。
「さて、本題に入ると篤彦、君は第二の人生に興味はあるかい?」
「何の話だ?」
「簡単に言えば君は蘇ることが出来る。僕の力の一部を手に入れて」
彼女は風景を自分の言葉の順に次々と変える。
「僕は世界であり宇宙である。地球であり太陽であり月でもある。この世の全ての生物であり無機物でもある。要するに僕は人間の言うところの神様だね」
彼女は笑って、そう結論した。あり得ない話のように聞こえるが、こんな所でこんなことをされたら信じるしかないだろう。
「それで…俺が二度目の人生を断ると言ったら?」
「面白いね。そんなことを言う人間は初めてだよ。大抵は嘘を吐いてるんじゃないかと疑うのが念頭に来るはずなのにな」
「殺されてこんな場所に来てお前が嘘を吐く利点があるのか?考えてもそんなことをする理由はないし、嘘を吐いてるように見えないから信じただけだ」
「でも、生きようとしない人間も初めてだ」
「そいつらと俺は違うんだよ」
俺には生存欲がない。今まで生きてきた理由は、なぜあの時死ななかったのか、生きているなら自分の存在理由とは何なのか、それを知るために生きてきた。ここで死ぬならそれもいい。
死にたいと思ったこともあるし、何よりこれで死ぬなら自分には存在理由はなかったという裏付けにもなる気がする。
「でもね篤彦、君の求める答えは世界中どこを探しても決して見つからないよ」
彼女はただ笑いそっと言った。
「動物にしろ植物にしろ、存在理由っていうのはないんだ。何故ならそこにいるから在るのであって、そこにいないから存在しないんだ。生物に求められるのは生存理由だよ。何のために生きるのか、何をしたいのか、それだけさ。だから君の求めるものはこの世のどこにもないよ」
俺は言葉を失った。彼女の意見に同意する気も少しある。けれど自分の気持ちを彼女が知っていたことの方が衝撃的だった。
しかし、彼女は別にどうということはないと言わんばかりに手を広げて言う。
「君の心を読んだんじゃないよ。僕はこの世の全ての生物だからね。君の気持ちも知っている。それだけの事さ」
そこで一旦区切り、彼女はまた風景を変える。忘れるわけがない。自分の親友たちと自分を殺した男がそこにいた。
「篤彦。君に選択余地はないよ。もし君が死んだのならこの人たちが危ない。何故なら君を殺したこの男は既に君の情報を全て手に入れて、君の友人たちを殺そうとしている」
一瞬何を言われたか分からなかったが、彼女はたんたんと告げる。
「彼、君の事がよほど気に入ったんだね。君の友達も面白いかもって殺す気だよ。とにかく危ないだろうね」
何を言われたか理解が出来ると、底知れない怒りが沸き上がってきた。篤彦にとって彼らは親友であり命の恩人に近かった。彼らがいたからここまで生きてこれたと本当にそう思っている。
「彼らを救うには僕の力を手に入れて戦うしかないね。それでどうする?」
どうやら彼女の言う生存理由が出来てしまったようだ。何一つ状況は分からないが、あいつらを守るためにもう一度生きるのならそれも悪くない。
「力をくれ。あいつらを助けられる力を」
彼女は今までより一層嬉しそうな笑みを浮かべて頷いた。
「それじゃあ篤彦。ルールを説明するよ。勝利条件は至ってシンプル。僕の本体を見つけた人間の勝ちさ」
「ルール?」
「そう。君は興味が無いかもしれないけど、君が僕の力を手に入れたのなら他の人間が君の平穏を約束しないだろう」
ここで言葉を区切り、
「僕はこの世の全ての存在。人間の欲を全て叶えるために当時の魔導師たちによって作られた。彼らが唯一間違えた事があったとするなら、僕を物だと思ったことだ。しかし、僕は物ではない。正確に言うなら物であって生物でもある」
そこまで言うと彼女は自分を指差し、“自分は何に見える?”と聞いてきた。
「女の子に見える。自分と同じくらいの。けれどそれがどうした?」
「僕に形はない。本体は本の形をしているがコピー体にはちゃんとした形はない。君に僕が女の子に見えるのなら、君の心がその少女を求めている。おそらくその少女は君の妹の成長した姿だろう。未だに君は家族を求めている。僕は全ての人間の欲を叶えられる存在だ。君が望むのなら…」
そこでそいつはあり得ない言葉を口にした。
「君の家族も蘇らせることが出来る」
その言葉は篤彦の中で何度も反芻された。
「さっき言ったルールは、君が君の家族を蘇らせる事に興味がなくても、他の連中が僕を見つけて何をするか分からないから、僕を見つけた方が良いという意味で言ったんだ。言っていることが分かるね?」
俺が頷くと彼女も笑顔で頷いた。さっきの言葉を要約するなら、他の連中が何をするか分からないから先に見つけて、自分の安全な願いを言った方が良いという意味だろう。
「それじゃあ篤彦どんな力がいい?」
「待て。いきなりそんなこと聞かれても訳が分からん。ちゃんと説明してくれ」
「簡単に言えば超能力が手に入ると思えば良いよ。空を飛びたいと思えば空を飛ぶことが出来るし、炎を出したいと言えば出せるようになるし。ただ少し条件が出るけどね。僕は本体のように万能じゃないから」
「じゃあ俺を殺したあいつの能力は?」
「それは答えられない。答えたらゲームが面白くなくなるだろう?」
俺は少し考え、貰う力についてはすぐに思い付いた。だがまだ聞きたいことがある。
「…力については思い付いたが、質問が3つある。いいか?」
「良いよー。答えられる範囲ならね」
「まず1つ目。死んだ人間は必ずここに来るのか?」
「いいや。本体に選ばれた人間だけ来て、後は僕らコピー体に気に入られないとダメ。だから2度目の人生を体験する人は極僅かだね」
「…なら俺の家族は」
「来てないね。残念だけど」
「そうか…」
ここに来ていたら両親や妹が何を思って死んだのか分かると思ったんだが、残念だ。
「2つ目の質問だ。お前を見つけたとして願いを言う。そしたらお前は何か条件とか付けるのか?例えば家族を蘇らせる代わりに俺に死んでもらうとか」
「いいや。それもないね」
「なら3つ目の質問だ。お前はどうしてこんなことをしている?お前は全ての生物なんだろう。人間として生きようとは思わないのか?」
彼女はまた嬉しそうに笑った。自分の事を知って貰うのが嬉しいのかもしれない。
「それは君と同じ理由だよ篤彦。僕は道具であって、君達でもある。君たちと同じ全ての人生を歩んでいる。それなら自分の人生を生きる意味はないじゃないか。殆ど限りある無数の人生を生きてしまったようなものなんだから」
彼女はそこで言葉を区切り、手を広げる。
「ただこうも思った。過去の僕を作った人間は僕を取り合い、争い死んだ。彼らは僕の力を使うことなく死んだけど、僕を求める人間が最初に何を願うのか、人間には様々な感情があるからね。君のように家族を蘇らせようとする愛ある人間が勝つのか。はたまた自分自身の事しか考えていない人間が僕を手に入れとんでもないことをするのか。それが見てみたいんだ」
「要するにお前の暇潰しみたいなものか?さっきゲームとも言ってたしな」
「それに近いだろうけど実際は違う。暇潰しもあるけれど、道具は人に使われて初めて役に立つ。それが僕にとっての生存理由だから、君らの願いを叶えないことには生きる意味がないんだ。君らと違って僕は人間ではなく物でもあるわけだからね。だから3つ目の質問の答えは、僕自身の生存理由を果たしているってことにしておいてもらおうかな」
俺が頷くと彼女はまた嬉しそうに笑った。聞きたいことは聞けた。こいつは悪い奴じゃないことが分かった。それだけでも収穫だ。
「さて、もういいかな?」
「ああ、もういい。」
「そうじゃあどんな力を望む?」
俺は望む力を言った。
「面白い力だね、そんな力は初めてだよ」
「出来るか?」
「もちろん。ただ条件が出るけど。まあそれは言わないようにしてるんだ。使っていく内に分かる方が面白いからね」
「分かった。自分でどんなもんか試してみる」
「よし。それじゃあ準備は良い?」
俺が頷くと彼女はまた満面の笑みを浮かべて言った。
「それじゃあね篤彦。二度目の人生楽しんでおいでよ。できたらまた会おうね。バイバイ」