死にたがりと親友と悪人と
初めて投稿する作品です。少しでも楽しんでいただき、そしてアドバイスをもらえると嬉しいです。
皆、心の何処かで思っていることがある。それは自分が、あるいは自分の家族は、絶対に死なないと思っている事だ。しかし、それは大きな勘違いに他ならない。人の死、あるいは事故や病は唐突に訪れる。そして、気づいたときにはもう手遅れ。そこで終わりだ。
自分は何時死ぬだろうか?考えたことのある人間は余りいないだろう。だけど俺は常に考えている。家族が死んで自分だけが生き残ったあの日から。何故自分だったのだろうか?運命か、あるいは神の意思か。なら自分で命を絶ったらどうだろうか?必ず死ぬだろう。だから分からないんだ。自分の存在意義が。他の人間は余り考えないだろう。存在意義、アイデンティティー、様々な思いが交錯している。
ただ1つだけ分かる。知りたいということだ。ただ知りたいんだ。あの日、生き残った理由が。神か運命か、それとも何かやらせたいことがあったのか。もし何もないのなら、自分に生きる価値なんて無い。その時は潔く死ぬだろう。
だけど何らかの意味があるのなら、生きたいと思える。その何かを成し遂げるまで、生きなくてはならない。それが生き残った人間の成すべき事だと思う。
俺の成すべきことは何か、それを探すことが今の俺の存在理由だ。
その日はどしゃ降りの雨が降っていた。通行人の誰もが傘をさし、道を歩いている。俺もそんな通行人の一人だった。その筈だったが、そんな雨の日に傘をささない異様な男に、俺はいつの間にか殺されていた。
「ちゃっちゃらっちゃちゃ~ん。今日、朝一番の話題は怖い話でーす」
「…意味が分からないんだが?」
今朝普通に起きて普通に学校に登校してきた、城島篤彦高校二年生には本気で意味が分からなかった。だけど相手は構わず続ける。
「だから、ホームルームが始まる前に怖い話をしようって言ってんの」ホームルーム開始時刻は9時10分。今はその時間から20分位早い。
「ほらほら。もういつものメンバーは揃ってんだしさ。いいじゃんか」
「いや、でも俺は怖い話なんて持ってきてないぞ」
「気にしない、気にしない。篤彦は話を聞いてるだけでいいからさ」
強引に腕を引っ張られ、席に着かせられる。メンバーは篤彦を含めて4人。腕を引っ張った男が宮之城信正。幼なじみの内の一人。残り二人は女子でこちらも幼なじみ。一人の内の小さく、眼鏡をかけている方が秋野舞菜。女子にしては背が高く、つり目がちの方が源丞静代。他のクラスメイト達はよくやるなーと言う顔で俺達四人を眺めている。
「相変わらずしけた顔してるわね篤彦」
「そういうお前こそ鬼だろうが悪魔だろうが殺せそうな顔してるぞ静」
「ふ、二人とも。お、落ち着いて」
「さあさあ始めよう。恐怖の話を~~!」
昔っから篤彦と静代は挨拶がわりに悪態をつく。それをあたふたと舞菜が諌め、信正が気にせず話を進める。これが彼らの日常だった。
「注目のトップバッターは、舞ちゃんで~す。ぱふーぱふードンドン!!」
「効果音までやらんでいい」
俺達にとってはいつも通りの光景で、高校二年の中盤ともなればクラスメイト達も最早朝の恒例だと気にも止めない。
「そ、それじゃあ私の怖い話をさせていただきます」
舞菜の怖い話は普通の口裂け女の話だった。違う所があるとすれば、「私ってカワイイ?」と言う相手が目の見えない男で、彼は「私は目が見えないから顔は見えませんが、声がとても綺麗なので可愛いと思いますよ」と言って、口裂け女が泣きながらありがとうと言って消えることだ。簡単に言えば怖い話ではなく、感動する話だった。
「はい、拍手~ぱちぱちぱち」
「とてもいい話だったけど舞、それ怖い話じゃなくて泣ける話だからね」
「え………あ、そうでした。うっかりしてました!」
それとなく注意する静代の言葉にようやく自分の話が間違っていたことに気づいた舞菜。それを気にせず信正は進行を続ける。
「え~そんな天然な所も可愛い舞菜ちゃんでした。いかがですか、篤彦審査員?」
「…次行こうぜ」
「はい、相変わらずクールなムッツリスケベの篤彦さんでした」
「…変態ね」
静代が信正に同調して言う。篤彦はつまらなそうに息を吐き言った。
「そうですね、捨て猫を見るとそこらのコンビニで餌を買って可愛がる優しい静代さん」
「な!?」
静代の顔がカアーと真っ赤になる。
「はい、なんやかんや言っても面倒見のいい優しい静代姉さん。真っ赤に染まった顔も可愛らしいですよ」
クラスメイト達もその話を聞いてかうんうんと頷いている。そのせいで、静代は恥ずかしさのあまりに、顔を両手で隠してしまった。
「あ、あの!」
「はい、何ですか舞さん?」
「わ、私も静ちゃんは優しくって強くって素晴らしい女性だと思います」
「はい、ありがとうございます。フォローしたつもりが余計に羞恥心を煽るその天然ぶり、流石舞さんですね~」
静代は何も言わなかったが、顔を隠したまま恥ずかしがっているのは間違い無い。
「さあ~そろそろ次の話に参りましょう。足で踏まれたい女性ナンバー1、更に姉御と呼びたい女性ナンバー1の2冠を達成したうちのクラスの隠れたカリスマアイドル、げんじょ~~静代!!!!」
「…持ち上げすぎだろ」
正直やりすぎだと思う。誰だってそんなこと言われたら恥ずかしい。
「…あんたいい加減にしなさい!!!!」
顔を真っ赤にしながらもそう言いきると、途端信正だけでなく周りも静かになった。それに伴って、妙な沈黙が流れる。
「静、さっさと話したらいいんじゃないか?」
「うるさい、今から話すところよ!」
こうしてようやく静代の怖い話が始まった。内容は雨の日に傘もささないで立っている女性がタクシーに乗り、目的地に着くと消えて目の前に乗っていたはずの女性の首を吊った死体があるというそれなりの怖い話だった。「……静ちゃん」
「どうしたの舞?」
「……怖いです」
「…まあ怖い話だからね」
「なかなかの怖い話をしてくれた静代姉さん。ありがとござま~す。続きまして、見た目はクール中身はムッツリスケベ、きじま~~あつひこ!!!!」
「だから、俺は怖い話を持ってないって言ったろ」
ノリノリで司会を進める信正にやんわりと忠告する。
「私だってあまり知らないけどやったのよ。あんただってやるべきなんじゃない」
「信正は座ってるだけでいいって言ってたぞ」
「それは勝手に言った話でしょう。私には関係ないわ」
「お前はいちいちうるさいな。よく考えてもみろ。もう後五分くらいしか時間がないんだ。そもそも怖い話を題材にするってことは、何か怖い話を信正が持ってきてるってことだろうが」
「さっすが篤彦!!俺のことよくわかってるわ~。愛してるぜ♪」
信正がキスをしようとしてきたので、顎にアッパーカットをぶちこんだ。
「うぐっ!!」
信正は呻いた後、顎を擦りながら床を転がり、少ししたら立ち上がってしたり顔で言った。
「…君の愛は何時だって俺をたぎらせる」
「次ふざけたこと言ったらその顎砕くぞ」
「お、お待たせ致しました!!最後の最後で真打ち登場。ある時は格好いいモテモテ男子、またある時はニヒルなダークヒーロー。ミヤノジョウ~~ノブマサ!!」
…突っ込むのもめんどくさい。
「さてさて、私が話ますは恐怖の話。それもアッと驚くような話です」
コホンと咳払いをして、声を低くして信正は語り始めた。
「最近、この辺りで奇妙な死体が発見されているんだ。外傷は一切無し。見た目も寝ているような寝顔。それでもその死体達には共通してあるものがない。それはね………心臓だよ。心臓の無い死体なんだ。しかも外傷もない。一切何も解らない死体だ。警察はこれを世間に出すわけにはいかないと自分達の所で隠している。そして死体達は夜な夜な自分の心臓を探してまわっているとさ。だから俺達はこの可哀想な死体達を止めるために、今日は皆で夜の町に行くのさ」
「要するに、今日は暇だから遊びたいってことだろ。いちいち長い言い回しをすんなよ」
「ふっ…自分、不器用ですから…」
「お前、結局どんなキャラ設定なの?ていうか決め顔うぜぇよ」
結局このくだらない長い前置きの怖い話は、今日皆で遊びに行こうっていう話で皆用事がないようなので全員で遊びに行くことになった。城島篤彦達四人が通う学校、聖峯学園は私立のお坊ちゃんお嬢様学校である。物凄い金持ちで学力が高い者か、何か得意なスポーツがある者か、若しくは物凄く頭が良く特待生として入るか、それぐらい入るのが難しい学園だ。
宮之城信正、源丞静代の二人はこの国、日本にある古くからの武士の家系で大地主でもある。そのためこの学園にはスカウトされ入った。秋野舞菜は普通のサラリーマンの父と専業主婦の母を持つ一般家庭出身だが、とんでもない頭の良さで、歴代の学生の中で断トツのトップの成績でこの学園の特待生として入学した。
城島篤彦には少し複雑な事情があった。彼が五歳の頃、両親と三歳になる妹が車で遠出した帰り道で交通事故に会う。その日の帰り道はもう夜が遅く雨も降っていたため、大曲カーブを曲がりきれずに崖に転落した。三人とも即死だった。しかし、篤彦はその日に熱を出してしまい、遠出することができず、その頃からの知り合いの信正の家に預けられていた。彼がその事実を知ったのは、三人が帰ってくると言っていた予定の日の夜だった。その後は宮之城の家の養子となり、この学園に入学することになる。
帰りのホームルームも終わり、篤彦は帰宅の準備をしていると信正に声をかけられた。
「なあ、今日はどこに行く?」
「何だ、決めてないのか?」
「カラオケかな~位には思っている」
「じゃあそれでいい」
静代、舞菜の準備も出来ているようなので、教室を後にした。昇降口から外に出る際雨が降っていたため途端に篤彦の気分は憂鬱になる。雨の日に失った家族を思い出すからだ。
「…だるいな」
「まあまあ篤彦。雨の日っていうのもなくてはならないものなんじゃないかな。例えばこの雨空の中で、俺達は永遠の友情を誓う。例え槍が降ろうと雷が落ちようと、俺達の友情は砕けない。BYノブマサ」
「さっきと同じことを言うけど、お前のキャラ設定は何なんだ?」
呆れはしたがほんの少しだけ気が紛れた。この調子でたわいもない話をしながら駅へ向かう。この学園の最寄り駅は渋谷駅なので、自然と渋谷で遊ぶことになった。
「しっかし何でこんなウチの学校の授業は難しいんだろ」
「お前、運動神経だけは良いけど本当に勉強嫌いな」
信正は本当に運動神経だけは別次元にあるんじゃないかと思うくらい凄い。その代わり勉強はいつも赤点すれすれだ。ちなみに聖峯学園の赤点は40点である。「篤彦は勉強も運動も得意だよな」
「そうだけど、お前のように部活をやっているわけでもないしな」
篤彦の成績は常に上位で、運動神経も良い。ただ信正と違って部活をやっていない。信正は空手部の主将で、その他にもサッカー、野球、陸上、水泳、テニスなど様々な部活をやっている。だが空手部以外は、ほとんど大会だけだが。
「それに俺より頭良くて運動神経良い奴もいるしな」
篤彦は視線を静代に向ける。静代は剣道部の主将で勉強もトップ5には毎回必ず入るほど頭が良い。ちなみに剣道の全国大会で優勝し、今は2年連続を目指している。
「学校の成績が下がると両親がうるさいのよ。それに剣道は昔からお祖父様にやらされてたから自然と高校でもやってるって感じだし」
静代の家は祖父が古い剣道場を開いている。
「私からしたら全国模試でも一位を取っちゃう舞菜の方が羨ましいわ」
舞菜の成績は尋常じゃないくらい高い。東大にすら楽々合格できるレベルだ。
「で、でも私、運動音痴だから、信正君の方が羨ましいです」
「いやいや、そんな誉めないでよ~」
「調子に乗るなよ。結局はバカなんだからな」
たわいもない話をしながらカラオケの店に向かい、3時間ほどでその店を後にした。
「それじゃ俺はここで帰るわ」
城島篤彦の家は渋谷駅から徒歩五分ほどだ。彼は歩いて学校に通っていて、信正の家に世話になっていない。
「おー、また明日な」
信正が手を振りながら見送った。
「にしても、少しは元気になってくれたんかな」
唐突に信正が二人に問いかけた。
「さあ?分からないけれど、さっきよりはマシなんじゃない」
「大丈夫だと信じたいです!」
三人は篤彦の過去を知っている。それがどんなものだったのかも知っている。家族がいっぺんに死んだだけだったのなら良かったんだろうけど、事はそう単純じゃなかった。だから篤彦が無気力というか、何に対しても諦めるような態度を取ることも知っている。そして、三人は彼が昔のように笑ってくれることを望んでいる。
「いい加減あの辛気くさい顔をどうにかしてほしいわね」
「まあ落ち着いてくれよ。昔ほど酷くはないだろう」
あの頃の篤彦は本当に酷い顔をしていた。その事を知っている静代はそれ以上何も言ってこなかった。
「少しでも元気になってくれたら良いけどな…」
篤彦が家に帰宅する途中、今日の出来事を思い返していた。というか4人で遊んでいた記憶しかないのだが、それでも思い出していた。
(気なんか遣わなくても良いのにな)
篤彦には自殺願望はなかったが、それでもうつ病に近い無気力症候群のような症状が、子供の頃からあった。基本的に無気力的に見えるので、殆どの人間には分からないが、幼なじみである3人には分かってしまうようだ。自分の気落ちしている状態に。その状態になると不眠症であったり、最悪リストカットまでしてしまうこともある。リストカットといってもそれほど深くはないが、その傷を見たことのある3人はそれ以来、篤彦の身をより一層案じるようになった。
(俺は結局、何がしたいんだろうな)
学校に通い、普通の学生生活を送る事は篤彦には無理だ。心の病はまるで良くならない。降りしきる雨の中、自分について考えていた。回りの雑音が気になるため狭い路地に入る。そして、自分の頭の中のことよりも気になる人物がその路地の中に立っていた。
その人は傘を差していなかった。全身びしょ濡れで右肩に女性を担ぎ、左手には真っ赤な何かを持っていた。顔は暗闇のため良く見えない。
「こんな所でェ何してるんだァ?」
そいつが聞いてきた。人をバカにしたような低い声で男性のようだ。
「俺よりもあんたの方が怪しいだろ。その女性はなんだ、何をした?」
この状況で強気に反論する人間は殆どいないだろうが、篤彦にはそれが出来た。何故ならこれから何が起きても、自分に失うものは何もないと思っているからだ。
「ヒッヒヒッ!随分とォ強気何だなァ」
「そんなことはどうでもいいだろ。さっさと質問に答えろ」
男はより一層歓喜の声を上げた。しかし、それは気の狂った狂人のイカれた声にしか聞こえない。
「気に入ったぜェお前の事がよォ」
男は担いでいた女を無造作に下ろし、右手に持っていた赤い何かを投げつけた。それは何かを撒き散らし、それが顔にかかりながら篤彦の腕の中に吸い込まれるように収まった。暗がりで良く見えなかったが、腕にある今ならそれが何か良く分かった。それは傷一つない綺麗な心臓だった。男は笑いながら説明する。
「それはァこの女の心臓でよォ俺が抜き取ってやったもんだ」
「ぬき…とる?」
あまりの異常事態に思考がついていかないが、一つ思い出した。心臓の無い死体の話。信正が言っていた話だ。信正が言っていた話だ。まさか現実に起こっている事だとは思わなかったが。そこまで考えて篤彦はその場にうずくまり吐いてしまった。今の異常事態が徐々に飲み込めてきて、篤彦の意思に関わらず無意識の内に吐いていた。
「ヒッヒヒ。子供には刺激が強すぎたかよォ?」
男がニタニタ笑っている。顔が見えないが分かる。人を見下す時に、あるいは優越感に浸る時に見せる最低の顔が篤彦には分かった。何故ならそれは、彼の半生で幾度となく見てきた笑顔だったからだ。だから逃げ出さなかった。普通の人間ならとっくに逃げている状況で、篤彦は相手に目を向け立ち上がり構えた。親友であり幼なじみの信正が空手の有段者で、静代は剣道の有段者。それに影響され篤彦もそれなりに格闘技を行っていた。信正にも静代にも勝てないが、そこら辺の不良くらいは一蹴できるくらいの強さはある。
「おんやー逃げねェのか?」
「逃げてどうなるよ。あんたがこんなことする人間ならどんな手を使っても俺を探し出すだろうよ。それで確実に殺しに来る、違うか?」
男は一瞬黙り、言葉を噛み砕いた。何を言われたか理解すると再び高笑いする。
「ヒャーハッハッハ!!最高だぜェお前はよォ!!この状況で動じてねェ。お前は昔の俺と似てるなァ」
「似てねぇよ。俺はお前みたいに人を傷付けないし、見下したり優越感に浸った汚ならしい笑顔も見せない」
「違ェよ!!自分の人生に絶望して自分の生き死にすらどうでもいいって思っている所が似てんだよ。俺とお前はなァ!!」
今度は篤彦が面を食らった。初めて会った人間に気付かれた事はなかったし、気づかれるとも思ってなかった。
「…何で」
「ヒッヒヒ。俺が今日初めて人を殺したように見えんのかァ?何人も殺してきたがよォお前のように俺に向かってきた人間はいねェ。何故か分からねェだろうが俺は分かる。死ぬのが怖えからさ。人間だけじゃねェ、生物ってェのは本能的に死の恐怖がある。絶対的に避けなきゃいけないものとしてなァ。だから死の危険があるときそれを避けるように逃げる。死にたくない、その生存欲に則ってなァ。だから俺に向かってこれる奴ァ二種類しかいねェ。一つは俺がどういう存在か理解した上で俺を排除しようとする奴と、お前のように死んでもいいと思っている死にたがりさァ!!」
その瞬間、篤彦の体を何かがすり抜けた。