みれん。
樹君の未練がとうとう発覚します。そして西島君の影がどんどん薄くなります。お兄ちゃんは相変わらずの存在感です。
「それよりもさ、樹って真面目に何か未練でもあるのか?」
「そんなこと言われてもね、心当たりが無いものは……あ」
「何かあるのか!」
「あるとしたらあれしかない」
樹が腕を組んで唸りながら言った。相当深刻な未練に違いない。
「遥ちゃんが女の子らし……冗談です嘘ですごめんなさい!!」
俺の一睨みで樹は空中土下座を披露してくれた。器用な奴だ。しかし、女の子らしくか。確かに樹は死ぬ前から俺にしつこいほど女の子らしくするように言ってたな。俺が女の子らしくなんて……考えただけで寒気がする。
「なあ、樹。俺がホントに女の子らしくすれば成仏できんのか?」
「え、何、女の子らしくしてくれるの!?」
樹の顔が花でも咲いたようにパッと明るくなった。
「何だよ、その嬉しそうな顔は。今の俺がそんなに嫌いなのか?」
「いや、別にそういうわけじゃないけど、遥ちゃんがそう言ってくれるのが嬉しくて」
言うだけでこんなに嬉しそうにするなんて……なんか複雑だ。
「……お前は俺の父親かよ。ま、でも試しにやってみるか」
「ホントに!?……あぁ、僕今すぐにでも成仏できそう」
「しろ。今すぐにしろ」
「ひどい!!」
口ではそう言っておきながら樹の顔は笑っていた。俺もちょっと嬉しくなった。これくらいで喜んでくれるなら、試しにやってやるのもいいかもしれない。
「よし、やってやろーじゃねーか! で、どうすればいいんだ?」
「いや、その時点でもう女の子じゃないから。そうだな、まず自分のことは私って言ってごらん」
「私? ……なんか変な感じする」
俺は物心ついたころにはもう自分のことは俺といっていた。それをいまさら変えるなんて、結構無理があるような気がする。でも、樹を成仏させるためだ!
「……私、頑張る」
「!?」
樹が鼻を押さえて俺……じゃなかった。私に背を向けた。視線を感じて振り向いてみると、そこには同様に慌てて鼻を押さえて私に背を向ける西島がいた。何なんだ、こいつら。
「? 樹? どうしたんだ?」
「いや、何でもない。大丈夫。グッジョブ!」
親指を立てて樹が力強く言った。何がクッジョブなんだ? まぁ、樹がだいじょうぶって言ってんだからいいか。
「次は、そうだな、僕のことは“樹君”って呼んで。後は、クラスの女の子の話し方聞いて同じように話してみればいいんじゃないかな」
「うん、分かった。では早速。……樹君」
樹がまた鼻を押さえて私に背を向けた。異様な気配を感じて振り向くと、鼻を押さえた手から本当に鼻血が流れ出ている西島がいた。……何あいつ。気持ち悪。変な奴だな。
「……この天然め」
「? 何、樹君。何か問題でもあんのか?」
まだ鼻を押さえたまま樹がぼそっと言った。ついでに、何なのこの子のギャップは、とかわけの分からないことを言っている。
「まったく、男子はよく分からん種族だな。まあいいや。樹……じゃなくて樹君、この後はどうすればいいんだ?」
「言葉遣いの後は、その乱暴な振る舞いが何とかならないかな」
「……努力する」
私はもともと喧嘩上等、かかってこれるならかかってこい! というタイプなので、生傷が絶えたことはないし、樹君のことも何度巻き込んだか分からない。おかげで私も樹君も腕っぷしだけは強い。さすがに中学に上がってからは減ったけど、その振る舞いは未だに残っている。ちなみに威嚇の仕方も喧嘩をしているころに浩紀さんから教わった。
「よし、というわけで、『遥ちゃん女の子作戦』開始だ!」
「おー」
私はあまり気乗りしない返事を返した。
次回から遥ちゃんの女の子作戦が始まります。そろそろ終わりに近づく……のかな?