金と赤 もう会わないはずの女
50歳、タクシードライバー。
もう人生に期待なんてしていなかった。
雨の夜、金髪の女を乗せるまでは。
札束、逃走、黒いスーツの追跡者。
関わるには、面倒すぎる女だった。
それでも、何度も彼女は俺を呼んだ。
金か、人生か。
答えは出す前に、車は踏み込まれていた。
――行き先は、まだ決まっていない。
私は25年勤めた会社を辞めた。
今年50歳、腹の出たオジサンだ。
二代目のボンボン社長に使い潰されるのが嫌になった。
あの業界には、もう戻らない。
50歳からの再就職は厳しい。
稼げる仕事は限られていた。
タクシードライバーを選んだ。
タクシードライバーにも慣れ始めた頃の話である。
◆
雨に濡れた夜、歩行者がタクシーの前に飛び出してきた。
キィィッ——と濡れた路面を引き裂く音。
シートベルトが胸に食い込み、車体が止まる。
窓を開けて「バカ野郎!」と叫ぶ。
街灯に濡れて光る金髪ボブヘアの女は、後部座席に乗り込むなり、
「はやく出してー!」と息を切らしながら、
「やばいの……お願い、出して……」
そう言い残して、彼女は眠ってしまった。
ルームミラーで後ろを見ると、彼女のパンパンのカバンの隙間から札束が見えた。
こういう場合は、会社に報告する決まりだ。
会社の指示で、最寄りの警察署へ向かった。
◆
後日、彼女から指名が入った。
「あの時乗せてくれた運転手さんをお願い」と。
指定の場所へ迎えに行くと、彼女はもう待っていた。
彼女は少し笑って行き先だけ伝えた。
理由は聞かないまま車を出す。
信号のたびに、距離が縮まっていく気がした。
目的地に着くと、彼女は料金を払って降りかけ、ふと振り返った。
「はい、これ。私の番号。また呼ぶから。じゃーね!」
「……あ?」
◆
営業所での精算後、ポケットのメモを開いた。
裏には「雅」とだけあった。
何度もその文字を思い返した。
◆
その後、知らない番号が俺のiPhoneを鳴らした。
「あっ!出たっ!ねぇ、今夜いける?」
雅だった。
「時間と場所は?」
迎車で向かう。
「どちらまで?」
「はい、これ」
コーヒーを手渡される。
「運転手さん、五十嵐さんって言うんだ。そこに書いてある。五十嵐って」
「……」
目的地に着いた。
「じゃーねー、イガラシさんっ!」
笑顔で降りていった。
◆
しばらく雅からの呼び出しはなかった。
やがて、またiPhoneが鳴る。
「五十嵐さん、今日来れる?」
迎車で向かう。
走り出してしばらくしてから、思わず聞いた。
「なんで私の番号を知ってるんですか?」
「警察の人が教えてくれたの」
「……」
「ねぇ、五十嵐さん、今度おやすみいつ?今度ご飯食べに行こ」
◆
待ち合わせ場所に一時間も早く着いてしまった。
スマホのゲームで時間を潰していた。
「これ、なんのゲーム?」
突然、画面が金髪で覆われる。
スマホを伏せた。
◆
店に入りオーダーした料理を待つ。
「で、話って?」
あの時のことを聞きたかった。
「なんで俺に?」
「話せる人がいなくてさ。友達いないし」
「俺も」
「……じゃあ、友達だね」
「冷めるぞ」
「はーい」
「いつもブルーだな」
「これしかないの」
「……」
「じゃあさ、服買いに行こ、五十嵐さん選んでよ」
◆
「赤がいいな」
フィッティングルームから、真紅のワンピースを着た雅が出てくる。
「ジャーン!似合う?」
一瞬、言葉が止まる。
「ねえ、派手?目立ちすぎ?」
「金髪が言うかぁ?目立ってナンボだろ」
「みんなー、私を見やがれー!」
◆
「五十嵐さん、今日はありがとね。私、これから仕事なんだ」
「そっか、頑張ってな」
「うん、じゃーね」
あっという間だった。
「牛丼でも喰って帰るかな」
それから、彼女からの連絡はなかった。
◆
彼女のことを考えなくなった日も多くなり、
交差点を左折した、その時!
赤い服と、金髪が視界に飛び込む。
その赤は、ところどころ黒く汚れていた。
「バカ野郎っ!」
雅だった。
黒いスーツの連中が雅を追いかけてくる!
「五十嵐さん、飛ばして!」
「了解っ!」
メーターの数字が跳ね上がる。
金が積み上がっていく。
金か、人生か。
俺は迷わず踏み込んだ。
お読みいただきありがとうございました。




