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第九話: 歪む街区

静まり返った旧市街エリアに、ざらついた電子ノイズが断続的に走っていた。

 桐生が端末を操作しながら眉を寄せる。


「異常波形、増幅中……。でも、まだ出力は不安定。警戒を続けてください」


 都市型フィールドのビル群は、どれも時間が止まったように沈黙している。

 街灯は点滅を繰り返し、地面には演算の乱れを示すノイズのヒビが走っていた。


「……なんか、空気が変だ」

 山口が小さな声で呟く。


「錯覚じゃありません。データの流れが乱れています」

 桐生が即座に答えた。

「この区域、地形データの歪みが進行中です。空間演算の一部が破損している……」


 その時――道路の中央が波打ち、空気がねじれた。ノイズが渦を巻き、灰色の靄が立ち上る。

 やがて、その中から四足のシルエットが現れる。


「っ……出た!」

 颯真が息を呑む。


 現れたそれはほとんど人に近いものだった。

 だが、背中からは節のある八本の脚が伸び、滑るような動きで地面を這う。

 両目は冷たい琥珀色に光り、牙の間からはコード状の光線が滴っていた。


「……蜘蛛?」

 桐生の声に緊張が走る。


『DNAパターンの一部が一致。識別コード未登録。新種ヘリックス。ランクδ(デルタ)』


 二瓶が無言で前に出る。

 腰部のリンクデバイスが光を帯び、腕を構えたその姿は、圧倒的な自信と冷静さを感じさせる。


 しかし、その隣で久保の顔が引きつった。

「え、ちょ、マジで出るの……?」

 いつものやる気のなさは消え、恐怖で肩をすくめていた。

 上位ランク隊員が近くにいるから大丈夫――そんな甘い考えは音を立てて崩れていく。


「助け……上位隊員、誰か……」

 声は震え、目は恐怖で大きく見開かれている。


「久保さん、後方支援に回ってください! 撤退ではありません!」

 桐生が叫ぶ。

 しかし久保は目線を逸らし、地面のノイズを見つめたまま固まっていた。


 その隙に、ヘリックスの脚が一瞬で地面を蹴る。

 颯真は思わず手を止めた。

 人の姿がまだ残っているヘリックス――かつての試験者かもしれない存在を攻撃することに、心が強く躊躇する。


「……待て、二瓶。攻撃だけが答えじゃないはずだ。人として、救える方法は……」

 必死に他の策を打診する。


 二瓶は無言のまま、颯真を一瞥し、冷たく答えた。

「救える人間を優先する。こいつはもう手遅れだ」


 颯真の言葉は届かず、二瓶はヘリックスに攻撃を仕掛ける。



 一方、久保はその圧倒的な力に押され、身を小さくしながらも必死で後方に下がる。

 恐怖に目を奪われ、上位隊員への依存心が露わになっていた。


 山口は震えながらも桐生の指示に従い、簡易の防御構造を形成する。

 桐生は冷静にビーコンを設置し、波形制御の維持を優先する。


都市の廃墟を駆け回るδランクヘリックス。

蜘蛛の変異が肩や背中、腕に現れ、俊敏な動きで颯真たちを翻弄する。


 暫くの攻防の後、ヘリックスは一瞬の隙をつき、動けずにいた久保に向かって糸を吐いた。白く光る粘性の糸が、久保の顔に迫る。


 久保はただ立ち尽くし、恐怖で固まったまま逃げられない。


 その瞬間、颯真は咄嗟に踏み込み、腕を振り薙ぎ払う。糸は眼前で切れ、久保はかろうじて無事だった。


 しかし、振り返ってヘリックスを視界に捉えようとした時には、既に影の中に姿を消していた。廃墟の闇がその姿を隠す。


 二瓶は無言のまま腕を組み、苛立ちを隠せず、肩を僅かに震わせる。

 その冷たい視線は、逃がしてしまった現実への怒りを示していた。


 颯真は深く息をつき、握った拳を緩めることしかできなかった。

 ――ヘリックスは逃げ、都市型フィールドの影に潜んだままだ。


 桐生は端末を確認しながら、次の行動を思案する。山口は震えを抑えきれずに小さく息をつき、久保はまだ恐怖で足がすくんでいる。


 僅かな安堵の後、街区には再び静寂が訪れた。


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