第八話: 静寂の街区
クロスリンク内――都市型フィールド。
無人の街並みが人工の光に照らされ、風が抜けるたびにひび割れた標識がかすかに鳴った。
戦場の模擬を目的に設計されたこのエリアは、荒廃した景観をリアルに再現している。
AIオペレーターの女性音声が淡々と告げる。
『第三区画・旧市街エリアに小規模な異常波形を検知。第七チーム、現地での確認および安全確保をお願いします』
桐生が素早く端末を確認し、立体マップを開く。
「旧市街エリアで小規模の波形の乱れを検出。ここから北東へ二キロ。異常波形は弱いですが、念のため確認に向かいましょう」
その言葉に、颯真が眉をひそめた。
「小規模って……原因は?」
「まだ断定できませんが、波形の中に“ID_001”のパターンが一部含まれています」
桐生の声が少し硬くなる。
ID_001――クロスリンクを不安定化させた、解析不能のコード。
颯真の胸がわずかに重くなる。
(また……あのコードか)
その緊張を破ったのは、気の抜けた声だった。
「IDなんとかとか、どうでもよくないっすか? 上位の人たちが近くにいるんでしょ。だったら問題ないじゃん」
久保が欠伸混じりに言い放つ。
「上位隊員がいるのは五キロ先です。ここの異常は、私たちの任務範囲です」
桐生が冷静に答えるが、久保は「はぁーい」と気のない返事を返すだけ。
山口はそんなやり取りを見て、さらに不安そうに端末を握りしめていた。
「……とにかく、現地確認を優先します」
桐生の指示で、チームは旧市街へと向かう。
ぎこちない隊列。二瓶は前を歩き、無言のまま周囲を警戒していた。
その背中には“慣れている”空気が漂っているが、どこか他人を寄せつけない。
数分後、目的地の旧市街エリアに到着した。
崩れたビル群と、仮想的に生成された廃墟の街並み。
訓練用とはいえ、ここまでリアルな荒廃は不気味なほどだ。
桐生が指示を出す。
「颯真さんと二瓶さんは周囲の確認を。久保さんと山口さんは私と拠点形成をお願いします」
「了解」
颯真が頷き、二瓶と並んで建物の影へ向かう。
無言で進む二瓶。
足音一つ立てず、壁際を滑るように動く。
その静かな気配に、颯真は思わず見入った。
(……凄い。感覚の鋭さが違う)
二瓶は視線だけを颯真に向ける。
言葉はないが、その眼差しには確かな警戒があった。
その瞬間――耳鳴りのような電子ノイズが、微かに空気を震わせていく。
街全体がほんの一瞬だけ、歪んだように見える。
「今の……ノイズか?」
颯真が呟く。
二瓶は短く頷くだけで、静かに辺りを見回した。
風の音。遠くの電光掲示板のちらつき。
何も起きていない。だが――確かに、何かが違う。
桐生の通信が入る。
『異常波形が拡大傾向にあります。全員、警戒を維持してください』
静寂の街区に、再びざらつくようなノイズが走った。
まるでこの空間そのものが、何かを訴えているかのように。




