第五話: 無力
颯真は、クロスリンク内の異常拡大を把握するため、一時現実世界に帰還していた。
大きく映し出された画面には、森や都市、仮想空間に広がる不穏な波形が表示されている。
解析結果のひとつが、颯真の視線を止めた。
残留DNA解析結果:ヒト由来のDNAを確認
試験者ID:T-0346 行方不明者リストと一致
胸の奥がぎゅうと締め付けられる。
自分が倒したヘリックス――その正体は、行方不明の試験者だったのか。
怒りや恐怖ではなく、深い絶望と罪悪感が全身を押し潰す。
思考は混乱し、立っている事さえままならない。
「……俺は……」
言葉にならない声が、静かな解析室に消えていく。
真壁が、低く落ち着いた声で告げる。
「颯真……奴らはもう人間じゃない。ID_001のせいで脳内変異が起き、暴走を止めても元には戻せない」
告げられた冷徹な事実が、なぜか僅かに慰めになる。
元には戻せない――だから自分を責める必要はない。冷静を保とうとする考えとは裏腹に胸の奥はぐちゃぐちゃだ。
また、端末に赤い波形が点滅する。
クロスリンクへ接続中の複数の試験者が通信途絶となり、行方不明者が増えている事が颯真にも分かる。
─今この瞬間もヘリックスは増え続けている─
颯真はクロスリンクへの再接続を申し出るも、混乱の中に適合率の高い人間を送り込む程、上の人間は無謀ではない。
通信障害により異常を検知する事が出来ない試験者達の信号が消滅する度、颯真は自分の無力を思い知る。
今の俺に正義を背負う資格はない。
警告:ID_001 再出現
影響範囲:一般市民が利用する仮想空間にも侵入開始
その警告は本来ならありえないものだった。
制御不能の1つのコードが、仮想空間とはいえ
地球規模の世界を侵食し、隔てられた空間を越えたのだ。
何故─どうして─?
そんな疑問に着手していられる程の時間はない。
政府は急遽、緊急事態を宣言。
侵入された一部の仮想空間は閉鎖され、多数の市民が閉じ込められる事態となる。
政府の思わぬ急対応の報告に、胸の奥の絶望と無力感を押さえつける。
【そんな場合じゃないだろ】
──ヘリックスを元に戻す方法を探す。
──取り残された市民を救う。
焦燥と苛立ちで手が震える。我慢できずログイン準備を整えようと、クロスリンクの端末に手を伸ばしたその瞬間――
「神谷颯真、こちらに来い」
無線から有無を言わせぬ冷静な声が響く。
颯真はクロスリンク端末に視線を落とした後、そのまま視線を上げる事無く呼び出しに応じる為、解析室を出た。
到着した一室
するとそこには、自分以外にも数十人ほどの人間が集まっていた。年齢や性別も異なるようだが、共通して全員の顔は暗い。
そんな中でもまた、冷静な声が響く
「全員、DNAリンク適合率の高い者を集めた救助部隊だ」
声の主は続ける。
──これが、【シグマ・プロトコル】の結成だ。
颯真の胸に恐怖と緊張、そしてわずかな希望が混ざり合う。
戦いは、次の局面へと移ろうとしていた。




